第二百六十三話・武芸大会・その十三

side:久遠一馬


 四日目は模擬戦と川での操船を競い終わった。


 模擬戦は佐々政次さんが優勝して、操船は佐治水軍がダントツだった。


 佐々政次さんは小豆坂の七本槍と言われる七人のひとりで、史実の佐々成政の長兄にあたる人だ。この人は槍の試合でもいいとこまで行ったんだよね。


 辺りは夕暮れの頃になり、祭り囃子が聞こえる。清洲や那古野の地元衆が準備してくれたものだ。


 大小様々な問題はあった。模擬戦に関しては手ぬるいとの不満が結構あったね。旗を奪うルールは受け入れられたが、紙風船に関しては不評な意見も少なくなかった。


 とはいえ武芸大会そのものへの不満はほぼ聞かれなくて、大成功だったと言ってもいいだろう。


 美濃の問題も土岐頼芸と道三を和睦させたことで信秀さんは責任を果たした。ただ今後美濃にある織田領は、守護である土岐頼芸の下で仕える体裁をとることになる。


 利点は土岐頼芸と道三に大垣などの支配を認めさせたこと。欠点は土岐頼芸が傀儡になるんだろうが守護に復帰することか。


「上手くいってよかったなぁ」


 オレは大会も終わり那古野に戻ってきている。ウチの屋敷には家臣とその家族や郎党に、孤児院の子供たちや領民も集まってきていて大賑わいだ。


 家臣の奥さんたちとエルたちは鍋やバーベキューにおにぎりなどたくさん作っていて、集まってきた人たちに振る舞う料理作りで忙しそうだけどね。


「日ノ本をあまねく見渡しても、これほどのことが出来る者は多くはありますまい。六角家でも見聞きしたことがございませぬ」


 比較的暇なのは男衆で、早くも酒を飲んでいる。子供たちはロボとブランカと一緒に庭で遊んでいて、みんな楽しそうだ。


 オレは縁側に座り子供たちとロボとブランカを眺めていたけど、資清さんがお酒を持ってきてくれたので付き合うように一口飲む。


「考え方の違いだろうね。これまでの日ノ本は上を見るのにウチは下を見ているから」


 武芸大会の評判はいいみたい。資清さんですら楽しげで、武芸大会を成功させたことを誇りに感じている様子なんだから。


 そう。やったことはそんなに難しいことではない。六角家でもやろうとすれば出来るだろう。やらないだけで。


 普通は上を見て朝廷や幕府の権威に血筋などを掲げて領地を治めるのに、ウチと織田は下を見て領民の生活を安定させることで領地を治める。考え方もやり方もまったく違う。


「殿は本当に世を変えるご所存しょぞんなのでございますな」


「オレは平和な町でのんびりと、商いでもしながら暮らしたいだけだよ」


 歴史というカンニングペーパーのお陰かね。資清さんにまでだいぶ勘違いされている気がするね。


 歴史にもきっと勘違いされた内容が残るんだろうな。


 でも……、それはそれで面白いのかもしれない。


「あっ!? 花火だ!!」


 料理も出来上がり、男女も身分も関係なく宴会を楽しむのがウチのルールだ。ロボとブランカも特製のご馳走をもらい嬉しそうに並んで食べている。


 そして辺りがすっかり暗くなった頃、夜空に綺麗な花火が咲き誇る。


 武芸大会のフィナーレを飾る花火だ。これは信長さんや信秀さんにも秘密にしていたサプライズになる。清洲城からも見ているかな?


 花火を見る子供たちの笑顔と、それを見て少し涙ぐむ資清さんを見ながら、オレは次はなにをしようかと考えを巡らせていく。


 きっと明日はもっといい日になるようにと祈りながら。




side:織田信長


 武芸大会も終わり最後の宴。オレは親父に言われてそれに参加しておる。結局、親父はかずを最後まで呼ばなかった。


  親父やかずをよく知らぬ者は、かずの身分が低いので呼ばなかったと考えるか、親父が会わせぬようにしておると考えておるようだが実の所は違う。


 かずが堅苦しい面倒事を嫌ったので、親父が呼ばなかっただけだ。正直、親父はかずに甘いからな。


 それにしても美濃の斎藤に大湊の会合衆、それと長島の願証寺か。ようこれだけの者が最後まで残ったものだ。


 特に利政の印象は変わった。暗殺やらよからぬ噂が多かったが、見た限りだと決して愚か者には見えぬ。


 あの守護では今後苦労するであろうな。少なくとも此度の招きに応じて来た者は、皆がそう思うたであろう。奴は労せずに自身への印象を変えたか。


「三郎殿。娘をよしなに頼む」


「心得ております」


 しばし物思いにふけっておると、利政は自らオレのところまで来て酒を注ぎ始めた。


 その振舞ふるまいには、宴に参加した者たちも驚きの表情を浮かべておるわ。


 形式としては親父と同格の利政が、まだ嫡男でしかないオレの元に自ら来るなどつねならばあり得ぬ。オレですら驚かされたが、奴の魂胆は分かる。


 変えたいのであろう。下剋上の謀反人という印象を。


 たとえ一時、織田の風下に立つことになろうとも生き残りたいのであろう。


「これで美濃も尾張のように落ち着けばいいのですがな」


「山城守殿ならば叶えられるでしょう」


 ここまでされては返さねばならぬ。オレも利政に酒を注いでやるが、その時に奴から出た言葉に、この男が少し前までの親父と同格であったことをしんに理解した。


 美濃は荒れる。それは利政ではなく、この場におらぬ土岐頼芸が大人しくしておらぬからだとこの男は暗に語っておる。


「婚姻がなれば我が斎藤家は織田家と姻戚。共に力を合わせて美濃を落ち着かせることが出来ればいいのじゃがの」


 土岐頼芸の処遇がからむ織田と斎藤との和睦にて、娘を出すと言い出したのは利政からだと爺が言うておったな。


 しかも養女ではなく実の娘ということで、斎藤家ではだいぶ騒ぎになったと聞くが。


 下手をすれば臣従したと受け取られかねぬ条件にもかかわらず自ら申し出たのは、利政の苦しい立場があったのであろう。


 所詮、土岐頼芸に美濃は治められぬ。ならば傀儡として織田の力を利用し、織田領となった大垣や織田に近い西美濃以外を固める気か?


 時勢次第では大垣を取り戻すことも叶うであろう。


 これがこの乱世を生き残った男ということか。織田は今は上手くいっておるが、いずれ苦しい時が来るかもしれん。


 オレにこの男のようなことは出来るのであろうか。


「今の音は……」


「障子を開けよ」


 その時、障子が明るく光ると聞き覚えのある轟音が響いた。慌てる者もそれなりにおるが、親父はすぐに光った方の障子を開けさせた。


「おおっ!!」


「これが……」


「噂の織田の花火か!」


 慌てた者は大湊の会合衆と願証寺の高僧、そして美濃に三河の者らだ。花火を見たことがないのであろう。


 初めて見る花火に呆けた顔をしたり、信じられぬと言わんばかりの表情を致す者もおる。あの塚原卜伝ですら驚いておるわ。


「あやつめ……」


 親父から知っておったのかと言いたげな視線を向けられたので首を横に振った。オレも聞いておらぬが首謀者は考えるまでもない。


 ふと見ると利政はなにかを悟ったような顔をしておる。


 かずはこの男になにを悟らせたのだ?




◆◆

 第一回武芸大会。


 それは天文十七年秋に行われた織田家主催の武芸大会になる。


 武芸を競わせること自体は古くからあったが、領民参加型の武芸大会はこれが初ではないかと言われている。


 参加者は当時の織田領であった三河や美濃の一部からも訪れていて、来賓として長島の願証寺や伊勢大湊の会合衆の名などが残っている。


 この武芸大会。誰が発案者かはっきりしてはいないが、やはり企画と運営には久遠家が深く関わっていることは確かである。


 武芸大会の目的は、急速に拡大した織田家の家中統制の一環とも、諸国に織田の力を見せつけるためとも言われている。


 現在の国民体育大会や全国武術大会などのスポーツや武術の大会の源流はこの大会にあり、それぞれこの第一回からの歴史を誇ってもいる。


 皇歴二千六百七年(西暦千九百四十七年)には大会も四百回を数えることになり、第一回で活躍した者の子孫や織田家と久遠家などが招待されて盛大な大会となった。





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