第二百五十六話・武芸大会・その六

side:斯波義統しばよしむね


 美濃守の愚かさにはいい加減、顔を見るのも嫌になるの。


 織田が気に入らぬ。斎藤が気に入らぬ。わしのことは長年傀儡にされておる無能者とでも、考えておるのがよう分かる。


 弾正忠と山城守とわしを上手く使い、守護となる気なのは誰にでも分かるわ。山城守と弾正忠が見捨てるはずだ。


 なにひとつ自らの力で成そうとせずに、誰かを利用することばかり考えて上手くいくはずもあるまい。


 わしも気を付けねばならぬな。こやつの二の舞だけは御免だ。


 弾正忠には勝てぬ。戦の勝ち負けではない。人の上に立つ者として勝てぬのだ。わしでは弾正忠に成り代わり尾張を治めるとしても、上手く治めるのは無理であろう。


 ただ権威で国人衆を束ねたところで、裏切り裏切られる世ではいかになるかわからぬ。


 それに弾正忠は見せてしまったからの。領地と民を導く新たなる治世の方法を。世の中は変わるのかもしれんとさえ思えるほどに。


 だが悪いことばかりではない。少なくとも斯波の家を粗末に扱う気はないのだ。このまま織田と上手く付き合い家を残すしかあるまい。


 我ながら不甲斐ないとは思うが、織田がこのまま大きくなれば悪くないのではとも思える。


 いっそ天下でも狙ってくれれば面白いのだが。




「常陸の国の兵法者、塚原新右衛門様をお連れ致しました」


「ほう。あの鹿島新當流の塚原殿か!?」


 家臣の不手際で恥を掻いたことに不満げにしつつも、大人しくなった美濃守の姿に、少しホッとしておると驚くべき訪問者が現れた。


 弾正忠ですらも突然の訪問者の素性に驚きの声をあげるほどの人物だ。


「はっ。お初にお目にかかります。塚原新右衛門卜伝と申します」


 連れてきたのは久遠家の奥方だ。なんでも関東では戦で活躍して今巴の方との通称で呼ばれておる者。


 女にしておくのは惜しい武勇だと聞くが、まさかかの者があの塚原殿を連れてくるとは。


「ジュリアよ。そなたは武芸に縁があるのかもしれんな。まさかあの塚原殿を連れてくるとは……」


「付近の市にて狼藉者を捕らえる際に、助太刀をしていただいたよし、偶然お会い致しました」


 美濃守のせいで昨日から重苦しい雰囲気だったものが、今巴と塚原殿のおかげで一気に和んだ。弾正忠も昨日から隙を見せぬようにしておったが、思わず表情が緩むほどだ。


「よう参られた。ゆるりとしていかれよ。望むならば参加してもよいが?」


「ありがとうございまする。せっかくですが、某たちは観覧させて頂きとうございます」


「もちろん構わぬ。のう弾正忠」


「はっ。光栄でございますな」


 弾正忠も驚いておるところを見ると、仕込みではないらしいな。かの有名な塚原殿が来たとなれば武芸大会に箔がつく。


 なんなれば参加もしてくれればと思うたが、そこまではする気はないのは少し残念かの。


 もうこのまま美濃守は捨て置いて良かろう。


 わしも義理に見合う役目は果たした。美濃守、惨めなものじゃな。せっかく和睦の場をこのような華やかな場にしてやったものを。


 器の大きさを見せて山城守を快く許すくらいの器量を見せれば、皆の印象も変わったものをな。




side:久遠一馬


 会場がざわついてる。当然だろう。有名な武芸者である塚原卜伝さんが来たんだから。


 参加するのかなと思ったが、見に来ただけらしい。伝説にある通りの無駄な戦いを好まぬ人みたいだね。


「きぇぇぇ!!」


 あっ、また石舟斎さんが勝った。気合いの叫び声をあげた相手を静かな石舟斎さんが見事に打ち倒した。


 ロボとブランカはお昼寝タイムらしい。さっきから二匹で寄り添うように丸くなって眠っている。今日はずっと相手していて興奮していたから疲れたんだろう。


「殿。いかがですか?」


「慶次か、ありがとう。やっぱり出たくなったの?」


「いや、新介殿の応援に来たのでございますよ」


 人の出入りの激しい大会運営本陣に、牧場の子供たちが屋台で売っている冷やしあめを手に慶次が姿を見せたのは、石舟斎さんの決勝戦の時だった。


「塚原殿が見ておるので、皆、余計な力が入っておりますな」


「そうなの?」


 塚原さんが来たせいか、先程から今まで以上に皆さん気合い入ってるのは理解するけど。慶次が言うように余計な力が入っているかどうかまではオレには分からない。


 そういうの分かる人ってなんか羨ましい。


「もし塚原殿に勝てば世に名が売れまするゆえに。勝負したい者は多いでございましょうな」


「慶次もそうなの?」


「名を売るのはあまり興味がありませんな。武芸の腕は見てみたいとは思いまするが」


 血の気の多い人を集めた大会だからか。みんな獲物を狙うように塚原さんを狙ってるのかも。


 慶次は相変わらずだ。立身出世とか興味がないみたい。なんというか未知への好奇心とか強さに対する興味はあるみたいだけど。


「あっ、新介殿が勝ったね」


 剣の部門は石舟斎さんが勝った。事前のオッズも本命だったし順当な勝利なのかな。最後は結構苦戦してたけど、一瞬の隙を見逃さなかったんだろう。


「クーン?」


 試合が終わり石舟斎さんに対して会場から大きな歓声があがると、ロボとブランカが目を覚ました。


 二匹は何事かと辺りを見回して、慶次を見つけると遊んで遊んでと尻尾を振り始める。日頃からよく遊んでやっているからだろうね。


「殿は武芸にはあまりご興味がないようでございますな」


「まあね。合わないのかも。元々必要なかったから」


 季節は秋も半ばを過ぎて、少し冬の気配すら感じる頃。吹き抜ける風は少し冷たい。


 慶次がロボを抱き抱えてやると、ブランカはオレの下に自分もと来たので抱き抱えてやる。するとブランカの体温の温かさに思わず冬を感じてしまう。


 ちらりとこちらに視線を向けた慶次は武芸の話を振ってくる。興味自体はほとんどないね。元の世界だと格闘技の観戦すら興味なかったくらいだし。


「武芸がなくなるような世の中は困りますな。某は武芸はきらいではない故に」


「なくなることはないと思うよ。世の中は広い。武芸の備えはどんな世の中でも必要だと思う」


 慶次はオレたちの思い描く未来が、今の世と違うことに気付いているのかもしれない。


 某漫画のように戦好きではないが、今の世を今の世なりに楽しんでいる男だ。変わることに少し不安があるのかもしれない。


「自分で新しい世の中を作ってみるか? 慶次なら出来そうだけど」


「ご免でございますな。殿とて同じお気持ちのはず」


「だよね。その気持ちはよく分かる」


 ただ慶次は自由気ままな今の生活が気に入っていて、それはオレと同じ感じだ。


 自分で新しい世の中を作るなんてやりたくないよね。


 資清さんが聞けばどんな反応をするのやら。




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