第二百八話・新たな仲間達

side:佐治為景


「殿。いかがされましたか?」


「いかにやら、小田原に行くことになりそうだ。北条駿河守殿の一行を船で送るついでに、織田家からも使者を出すらしい」


 清洲の殿から文が届いたが、これまた驚くべき内容であった。久遠殿の南蛮船と共に、当家の船も小田原に行くようにとのめいだ。


 それとは別に、久遠殿からは新造船と改造船を出してほしいとの要請が来ておる。


「我らは、せいぜい近場の外海までしか行ったことはありませぬが……」


「久遠殿は大型の南蛮船一隻に中型の南蛮船を三隻出すそうだ。我らは護衛と鍛練を兼ねて同行することになろう」


 殿は北条と同盟を結ぶ気か? 確かに今川を相手に考えるならば北条が同盟に最適であろうな。


 さすがに南蛮船と共に行くのは、当家の久遠船でなくば無理か。しかし、南蛮船を四隻も集めるとは。久遠殿の名は関東に知れ渡ることになるな。


「そういえば善三殿たちはいかがしておる?」


「はっ、船大工たちと仲良うなり、新造船の仕上げをしております。さすがは大湊の船大工ですな」


 それと先日、伊勢の大湊から船大工の一団がやってきた。いずれは蟹江に彼らの拠点を与えるらしいが、善三殿は先行して来ておった者たちと一緒に、南蛮式の改造船を造っておる当家で学びたいと言うたらしい。


 久遠殿に頼まれて彼らを預かることにしたが、上手くやっておるようでなによりだ。


「あの黒い塗料は見映えがいいな。改造船にも塗るか」


「それはよき考えでございますな」


 久遠殿の船は黒い故に威風があり堂々としておる。新造船には久遠殿の勧めで船が長持ちするからと黒い塗料を塗ったが、改造船にも同じ塗料を塗るか。黒ですべしつらえにしたほうが良かろう。


 端から見たら当家が久遠殿の傘下に入ったように見えるかもしれんが。久遠殿からの仕事で当家も潤っておるからな。


 それに、近い将来、織田の水軍は久遠殿に任されよう。そうすれば、結局は変わらんことになる。


 久遠殿の話では小田原に船を出すには南蛮式の航海術がいいらしく、いずれは当家に小田原と尾張を結ぶ船を任せたいとのこと。


 聞いた話だと遠州灘が遠浅でくせ者らしいが。他の商船と違い、沖合いを走れる船ならばなんとかなるらしい。当然儲かると言うし、断る理由もない。


 すでに戦のない世を考えるような御仁を敵に回すなど、間違っても出来ぬわ。


 他にも久遠殿の提案で冬に海苔を育てるばかりか、牡蠣かきも育てられるようで試しておるしな。やれることはやらねばならぬ。




「それにしても、我らが関東にまで行くことになるとはな……」


「まったく驚きですな」


 かつて関東は武家の中心だった。


 今では古き権威と新しき勢力の争いになっておるが、我らが南蛮船と共にそんな関東に乗り込むとは。


「ふふふ。先々の伝承でんしょうに残るかもしれぬな」


「伝承に、でございますか?」


「それだけの衝撃を与えられよう。苦労して南蛮の航海術を学んだ甲斐があるというものだ」


 伝承の主役は誰であろうか。清洲の殿か、あるいは那古野の若か。もしかすると久遠殿かもしれぬな。


 我らは伝承の主役にはなれぬだろう。だが、例え脇役でも確実に伝承に名が残ると思えば悪くはない。


 いかがなるか楽しみであるな。




side:久遠一馬


 湊屋彦四郎みなとやひこしろうさんが那古野に到着した。伊勢大湊の会合衆からウチの家臣に転身した変わった人だ。


 年は四十代半ばくらいだろうか。この時代の人にしては少し恰幅かっぷくがいい人だ。


「よろしくお願い致しまする」


 さすがに元会合衆。挨拶も堂々としている。


「湊屋殿は、商いで働いてもらうことでいいかな?」


「もちろんでございます。戦には若い頃に出た憶えがございますが、あまり期待されてもお役に立てるかどうか」


 どこまで信用していいか少し迷うけど、エルたちはゆくゆくは他の商人との交渉なんかを任せたいみたい。


 資清さんたちも頑張ってるけど、商いは専門外なんだよね。


「ああ、戦には出なくていいよ。商いでもちゃんと禄と褒美は出すから」


「はっ。これでも大湊では会合衆をしておりました。必ずやお役に立ってみせまする」


 役に立てるか分からないと言いつつやる気になっているけど、悪いけど戦には駆り出さないから。商いで頑張ってほしい。


 まあ、そういうパフォーマンスをするだけのやる気とコミュニケーション能力があるということだ。そこは評価したい。


「なるほど……。では、畿内には直接売る気はないと」


「武家と商家が一体なのが、ウチの利点であり欠点でもある。畿内の争いに巻き込まれるのは困るんだよね」


 そのままウチのやり方とか基本的な方針を説明していくけど、さすがに一流の商人だね。理解が早い。


「桑名はいかがするおつもりで?」


「執り成しを頼まれた?」


「はっ。期待するなとは言うておきましたが」


「あれは大殿のご裁断だから。オレはなんとも言えない。ただ、ウチとしても桑名は必要ない。ウチは畿内に関わる気はないからね」


 湊屋さんは、やはり桑名の商人に執り成しを頼まれていたみたいだね。まあ、オレが桑名でも頼むだろう。


 残念だけどウチは畿内に直接は品物を売らないから、畿内に近過ぎる桑名に関わる必要はないんだよねぇ。本当に残念だろうけど。


「桑名はどうなりそう?」


「東海道の湊ゆえ、生きていくのに困るほどではありませぬ。されど、これ以上の利を失えば、主な商人の顔触れが変わるくらいはあるかと思いますな」


「ふーん。先の戦に関わっていない旧知の商人がいるなら、尾張に引き抜いてみる? 清洲なら店を出せるように取り計らえるよ。人柄とかに懸念がないならば、いずれ蟹江の港にも店を出させてもいい」


「……桑名を揺さぶるおつもりで?」


「どう受け取るかは桑名の勝手だよ。先の戦でなにもしていない商人には罪はないしね」


 エルたちと以前から考えていた桑名に対する策のひとつが、商人の引き抜きだ。湊屋さんの初仕事にはちょうどいい気がする。


 桑名に罪はないとは言わないけど、必要でもない。長島の願証寺の力は削いでおきたい。蟹江の賦役に人足を派遣しているから、願証寺には相応の利は渡してるけど、代わりに利権と力を少しずつ削いでいく方針は変わらない。


 最終的には穏便に武装解除まで持っていければ儲けものだね。


「お任せを。某の知る者の中には、先の戦には関わっておらぬ者もおります。織田に従う者や波風を立てぬ者を引き抜いてご覧に入れましょう」


「必要な銭はウチで出すから。一時の銭で済むなら黙らせていいよ」


 どうやら湊屋さんは、ウチの意図をちゃんと理解してくれたらしい。自信ありげな笑みで答えてくれた。


 桑名の商人すべてを切り捨てる必要はないんだよね。使える商人とか友好的な商人には手を差し伸べないと。


 湊屋さんと大湊の丸屋さん以外にも、ウチの価値観を理解してくれる商人は欲しい。湊屋さんには頑張ってほしいね。




「ああ、今夜は歓迎の宴にしようか。肉は食べられる?」


「はっ! 肉も頂きまする!」


 一通り話も済んだので歓迎会を開こうかと言ったら、湊屋さんの表情が一変した。明らかに期待した表情で嬉しそうなのを隠せない様子だ。


 もしかして、食べ物に釣られてウチに来たなんてことはないよね? ウチの将来性に気付いて来たんだよね?


 ちょっと不安になるな。大丈夫か? この人。



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