第百六十話・桑名の現状

side:とある桑名商人


「駄目だな。旧知の商人も厳しいとしか言わぬ」


「いかがする? 願証寺は織田に蟹江に湊を造るために人足を寄越すそうだぞ」


 服部友貞の打ち首が終わり願証寺と織田は和睦をした。謝罪の矢銭すら不要だと語った織田の評判は伊勢でも上がっておる。


 大湊もすでに交易が再開されており、未だに和睦すら出来ておらぬのは我ら桑名のみ。


 織田も久遠も桑名を恐れておる。そんな噂が桑名に流れておるが、半分は我ら商人の強がりで半分は事実であろう。


 尾張にも旧知の商人はおるが、織田と久遠への根回しを頼んでも首を縦に振る者はおらなんだ。


 理由は明らかだ。我ら桑名が反織田だと見られておるのだろう。それに蟹江に大きな湊が出来れば嫌でも敵対すると見られておるのだ。


 それならばと、今から捨て置いてしまえということであろう。


「銭では動かぬのやもしれぬな。いっそ織田に臣従するか?」


「桑名を捨てるのか!?」


「大店の本音は反織田、いや反久遠だからな」


 商人と武家は本質から考え方まで違う。商人は商いを第一として土地に執着せぬ。ならば桑名を捨てるのも選択肢のひとつにあるはずだ。


 わしは桑名でさほど地位があるわけでもない。一介の商人なのだからな。別に桑名がいかになろうと知ったことか。


 大店ともなると己の利が大きい故に桑名に執着するが、わしが付き合う義理などない。


 桑名が本当に困れば願証寺が仲介するかもしれぬが、しばらくは無理であろう。わしのような身分ではそこまで待てぬ。


「だが、いかがする気だ?」


「津島か熱田。出来れば蟹江に店を出して、そちらに店を移せばよいはずだ」


 無論、わしも心から武士に臣従などしたいわけではない。されど今のまま織田と敵対するよりはいい。


「桑名は終わりか?」


「知らぬ。北伊勢や畿内への湊のひとつとしては生き残れよう。されど尾張に商いを押さえられるのは変わらぬと思うがな」


 津島など川で内陸に品物を運ぶだけの湊だったはずだ。それが今では伊勢湾の品物は津島が中心になる。


 蟹江に湊が出来れば今より更に桑名の立場は下がる。いかようにもなるまい。


 新しき商いの中心になるところに行くしかない。我らは武士でも水軍でもないのだ。武力などなく、あるのは品物と銭だけ。


 織田には武力も品物も銭もあるのだ。勝てるわけがない。愚か者どもが銭で武家を、己らの都合がいいように動かそうなどとするからこうなるのだ。


「……よし。わしも行こう」


「まずは織田に接触せねばなるまい。門前払いになるかもしれんが、話を通さねばならんからな」


 事は慎重に運ばねばならぬ。


 大店らは織田への矢銭を、我らのような先の一件に関わりない者からまで集めようとしておるからな。出ていくと知られると邪魔をされるやもしれぬ。


 まったく。それほど銭が必要ならば、服部友貞に加担した者から財産を根こそぎ取り上げればよいものを。桑名の商人ならば従えと乱暴なことをするならば、武士と変わらぬではないか。


 結局、商人も武士も上の者の都合で決めるだけなのだ。


 ならばわしはやつらに付き合う義理はない。勝手に桑名と心中すればいい。




side:久遠一馬


 海水浴の翌日。あまり外に出ない女性陣なんかは日焼けでヒリヒリして病院に集まっていた。


 信長さんとか男衆は、鍛練とかでよく外に出ているからすでに日焼けていて慣れてるみたいだけど。女性陣はそこまで日焼けしていなかったからね。


「さあさあ、聞いてくれ! 先の戦の話だ。仏の名を騙る不届きな服部友貞は……」


 ちょっと近くに来たので寄ってみたら、待合室で紙芝居をしていた。


 今日の内容は浦島太郎だったらしい。


 忍び衆が織田領内にて紙芝居をして歩くんだけど、最近は少し進化してニュースも話すことにしている。


 最新のニュースは分国法と目安箱の説明と、服部友貞との戦の話だ。意外にみんな聞いてくれるし、紙芝居は大人から子供まで楽しみにしてるらしい。


 服部友貞のニュースは戦の様子や活躍した武将の話に、服部友貞を仏の名を騙る悪い坊主だと言い、世の中には坊主の名を騙る悪い人もいるから気を付けるようにという内容でもある。


 間違っても一向衆を批判してはいない。服部友貞が破門され、最終的には願証寺で首を刎ねられたこともちゃんと伝えて願証寺の顔も立てているからね。


 ただ、尾張の人は服部友貞が一向宗の坊主で、織田と長年に渡り敵対していたことはだいたいみんな知っている。


 一向衆にはそんな悪い人がいたんだと、分かるような話し方はしているけど、嘘は言っていない。




「では、これを計算してください、間違ってもいいからゆっくりやるのよ」


 続けて学校に来てみたら、学校を任せているアーシャが算数の授業をしていた。


 生徒の年齢や身分は割と幅広い。元服前の子供から二十代まで三十人ほど。半分が武士で半分は郎党とかか?


 知らない人も十人ほどいるから、学校を始めた意味はあるらしい。


 まあ最近は検地とかで信秀さんが文官を優遇しているからね。この日の授業は文官の基礎勉強だし。


 あと人気なのは礼儀作法と戦の講義らしい。


 学校は一応女性も受けられるようにしてある。ただ女性は今のところウチの関係者しか来ていないみたいだけどね。


 それなりの身分なら読み書きとか出来るからな。身分が下がれば読み書きすら出来ない人も多い。


 身分があれば学校に来るまでもないし、読み書きも出来ない人は学校に行こうとは思わないんだろうね。


 女性の地位なんて、未来と比べ物にならないくらい低いからなぁ。それでも織田は他と比べると女性の身分を認めてるほうだ。


 エルたちの活躍を信秀さんや信長さんが認めているからね。


 とはいえ女性全体の地位は上がってはいない。もう少し何とかしたいね。


 まあ、焦るべきじゃないな。学校の運営や授業もアーシャたちが試行錯誤しながら頑張ってくれているんだ。


 なにを教えて、どう運営するか。元の世界の歴史や知識からでは一概に決められない難しいことだね。


 学校の関係者の皆さんには感謝してオレも話し合いに参加する機会を設けよう。



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