第百四十六話・混乱する伊勢

side:服部友貞


「たわけ者!!」


「申し訳ありませぬ。されど抵抗された以上は戦わねばならぬのは当然のこと。殿がなんとしても税を取り立てろと命じられました故に」


「わしが悪いと申すのか!?」


 まともに税を取り立てることも出来ぬのか!!


 津島の商人の船を沈めて、もし織田がそれを口実に挙兵したらいかがなるかわからんのか!?


「左様なことは申しておりませぬ。殿、まずは願証寺がんしょうじに行きお味方になっていただくしか……」


「分かっておるわ!」


 クッ。またあの欲深い坊主どもの顔色を伺わねばならぬのか。忌々しい!




「某を見捨てるおつもりか!」


 すぐに願証寺に出向くも、馴染みの坊主はあからさまにわしを見下した。


「余計な波風を立てるなと申したはずじゃが。王法為本おうほういほんの教えも知らぬのか?」


 王法為本などとそんな建前を今更。己らの利を失いたくないだけであろう。支配者に従い国を助けるのが仏の道など、誰も信じてはおらぬわ!


「我らだけではない。伊勢の皆がその方に迷惑しておる。せっかく畿内に先んじて明や南蛮の品が手に入るというのに。織田殿は我らがそれを奪うのではと疑うておる」


「なっ。先に某を愚弄したのは織田ですぞ!」


「頭を下げるのは嫌だ。だが利は寄越せ。身勝手なその方の相手をせぬ織田殿の気持ちがよう分かる。形だけでも頭を下げておれば、織田殿とてここまで邪険にはしなかったであろうに」


「断固たる態度を示さねば、織田は必ず伊勢に侵攻してきますぞ!」


「それとこれとは話が違う。今日この時を以ってその方を破門とする。以後二度と我らの信心教えの名を使うな」


「お待ちを! それはあまりにご無体な! せめて皆様に話す機会を!」


 なんだと……。願証寺の対応がこれほど冷めておるとは。


 嘆願どころかろくに誰も会ってくれぬまま破門だと!?


 散々銭を納めたワシを見捨てる気か!!


 いかん。このままではいかん。北畠家に行き、せめて取りなしてもらわねば!




「その方のせいでわしまで織田に疑われておる。詫びにでも来たのかと思えば、とりなしをしろと?」


「それは織田の謀でございますれば……」


「一向宗の後ろ楯を得て勝手をしたのだ。一向宗に頼むがいい」


「それが……、破門されました。今後は北畠の御所様に臣従する所存。なにとぞお願い致しまする」


「たわけが。破門された者など受け入れられるか! さっさと消えろ!!」


 遥々霧山御所まで出向いたというのに、北畠家の対応は願証寺以上に冷たいものだった。


 何故、何故誰も織田と戦おうとせぬ。わしの領地は伊勢と尾張の要所ぞ!


 クッ。こうなればわしだけで守ってやるわ! 早急に兵糧だけでも買い集めねば。




side:久遠一馬


「願証寺は返事が早いわ。すでに服部友貞は破門したそうだ」


「破門ですか」


 伊勢の各勢力で一番反応が早く、対応が満点だったのは願証寺か。近隣への影響力が大きい、願証寺の後ろ楯で独立していた服部友貞にとって破門は死刑宣告のようなものだ。


「荷留は勘弁してほしいそうだ。すぐに再開してやるか」


「一馬殿の荷は引く手数多でございますからな。一度止めた荷が再び伊勢に行くとは限らぬというもの。さすがは利に敏感な坊主ですな」


 どうも願証寺からは申し開きの使者が来て、織田の商いの邪魔をする気はないとはっきり言ったらしい。


 どうも事情が判明するまで、荷留をすると宣告したのがよほどショックだったらしいね。


 戦支度が進む中、信秀さんに呼ばれたオレとエルは、信長さんと政秀さんを交えて今後の方針を相談することになった。


 忍び衆の話では織田と無駄な対立をしていた服部友貞には、伊勢のほうが神経質になっていたようだしね。


 最近は堺の商人も津島に来る。止められた伊勢向けの荷がそのまま堺に流れるのは困るんだろう。政秀さんも予想外に早い対応の理由はそこだと見ているらしい。


「伊勢の水軍と北伊勢の国人衆の一部からは、荷留を回避するためならば加勢するとの話もきておる」


「もう金色砲は要りませんね」


 勝ち戦に対する周りの反応はオレが驚くほど早い。


 蟹江の賦役に人を借りる話も進んでいて、実現すれば礼金があちこちに入るはずだったからね。


 それが一気に敵対関係となり儲けが消える。しかも原因が織田嫌いでひとりで騒いでいた服部友貞なんだから、周りは寝耳に水だったのかも。


「一馬。本陣を南蛮船にしたいが構わぬか?」


「私は構いませんが、よろしいので?」


「あそこを攻めるには船が要る。ならば船で差配したほうがいい。そなたも手柄が欲しいならば前に出てもよいが」


「遠慮しておきます。皆様から手柄の機会を奪わないでほしいと言われていますから」


「ならば三郎と共に南蛮船の本陣におるがいい」


 最早、戦力比の計算すら不要なほど、圧倒的に形勢が傾いてる。オレたちの出番は南蛮船を出すだけかな?


 信秀さんは前線に出てもいいって言うけど要らないよね。火縄銃を佐治さんに貸すくらいで十分そうだ。


「市江島の領地はいかがいたします?」


「あそこは要所だからな。いかがするか」


 今のところ服部家に味方する人はいなさそう。六角家は少し遠いんで返事はまだだけど味方する意味もないし。


 問題は戦後の市江島と服部友貞の領地の扱いだ。


 この時代の市江島は陸続きではないから、守るにはいいが発展させるのは大変なとこだ。


 しかもこの辺りは河口付近だから浅瀬が多く、南蛮船も使えない不便な土地。本物の南蛮人の出島にするなら良さげな場所だけど、南蛮船の出入りが出来る港を新設する手間とお金を考えると向いてなさそうだ。


 それに土地が低いみたいで水害の心配もあるしね。手間を考えるとウチが手を出す場所じゃない。




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