第百三十一話・歴史に消える者達
side:???
「おい! 本気か!?」
「当然であろう! 先祖代々の領地を、なにゆえ成り上がり者の奴らに奪われねばならぬのだ!!」
おのれ信秀め! 成り上がり者の分際で!!
許さぬ。許さぬぞ!
「だが、いかがするのだ? 百や二百の兵を集めたところで清洲は落とせぬぞ。守護代様は我らと関わりとうないと、会うてもくれぬ」
「分かっておるわ!!」
勝てるとは思わぬ。だが一矢報いねば我慢ならん!
考えろ! なにか手はないか。考えるのだ!!
side:久遠一馬
結局、大和守家の家臣たちの借金は信秀さんが払うらしい。さすがに現時点で比叡山は敵に回せずと言ったところか。
それはいいんだけど、彼らもまたこのまま大人しくしていることが出来ないらしい。
「それで連中の狙いは?」
「されば、弾正忠家の直轄領の村を襲い、そのまま三河の今川方に行く気のようでございます」
有能な忍び衆が連中の動向を調べてきた。命令はしていないんだけどね。借金の問題が発覚して信秀さんが連中を呼び出した時から、一騒動あると考えて動いていたらしい。
「今回はウチじゃないんだ」
「屋敷は常に備えをしておりまする。軽々しく落とせぬこと承知でございましょう。さらに牧場村も工業村も小勢で襲える場所ではございませぬ」
さすがに警備を厳重にしているウチの屋敷は襲わないか。
それと逃げる先は今川か。史実の坂井大膳もそうだったけど、敵対勢力に逃げるしかないのかもね。
「八郎殿、悪いけど若様に報告して兵を出してもらって。オレは殿のところに行く。警備兵の初陣といこうじゃないか」
「それはよきお考えにございますな」
飛んで火に入るなんとやらってか。
まだ訓練が始まったばかりの警備兵だけど、少人数の謀反人を討つくらいならば大丈夫だろう。小さなことからコツコツと。実戦と実績を積ませないと。
警備兵のみんなも頑張っているからね。ここらで実績を上げると、みんな認めてくれるだろう。
「本当にこの村が狙われるの?」
「周囲の直轄領で一番裕福ですから。可能性は高いです。それに周囲にも兵を配置しましたので、どこが襲われても問題はありません」
信秀さんから警備兵の出撃許可をもらい、オレたちは清洲と那古野の警備兵七百名を、連中が襲いそうな村に分散して配置した。
逃走ルートと配置の選定はエルに任せていて、各村には指揮官たる武士と警備兵を配置している。
敵は領地を召し上げられた者たちの一族郎党を合わせても、六十人ほどだ。はっきり言って少ない。中には戦えない女子供もいるらしいから、実際に襲撃に参加する人数はもっと少ないだろう。
そもそも領地を召し上げられた者たちの中でも、こんなことをやろうとしているのはごく少数だ。家臣に止められた者や親戚縁者に止められた者も多い。
謀反なんてしたら連座で処分されかねないからね。
オレたちは村の入り口近くの家で待機だ。村人は比較的安全な場所に一纏めにして隠れてもらっている。
「皆殺しだ! あの成り上がり者に我らの意地を見せてやるのだ!」
「おー!!」
日も暮れて虫たちの声が響き、星空が見える頃、連中が姿を現した。
「村の入り口で大声あげるとは。気づかれたらどうするんだ」
「士気を高めたいのでしょう」
「抵抗する人は討ち取っていいから」
「はっ!」
エルの予測通りにオレたちの張り込む村に来た謀叛人たちを捕まえるべく、警備兵の指揮官に指示を出す。
すでに火縄銃も構えていて、いつ襲われても問題はない。
しかし、成り上がり者って、信秀さんのことか? 意地と言われても、やっていることはただの野盗だよね。
細かい指揮まで執るつもりはない。警備兵のみんなは日頃から訓練をしているんだ。オレたちが来たのは、オレ自身の実戦経験が少ないことを埋めるためだ。
この先の戦で無様な姿を晒さないための訓練でもある。
「撃て!」
指揮官である武士の掛け声と共に警備兵の火縄銃が火を噴き、謀反人たちの先頭にいた者たちのうち数名が倒れた。
その瞬間、辺りに立ち込める火薬が燃えた後の硝煙の匂いに、花火を思い出したのはオレがまだ平和ボケしている証なのかもしれない。
「なっ!?」
「待ち伏せだと!!」
「おのれ! 信秀め! 卑怯な!」
村に攻め込んできたのは、四十人もいないな。
一部の人が激高して騒いでいるが、皮肉にしか聞こえない。
当然ながら予期せぬことで敵は混乱している。胴丸を着込み槍で武装した警備兵たちは隠れていた場所から飛び出すと、訓練通りに連携して謀反人を討ち取っていく。
味方の警備兵は八十名。人数は倍以上だし、火縄銃の銃撃で三分の一は負傷しただろうか。
命中率以前に訓練が足りないのかもしれない。今後の参考にせねば。
「そこ! 前に出るな! 抜け駆けは懲罰だよ!」
「ジュリア。あまり口出ししないほうが……」
ここには警備兵の他に、エルとジュリアとオレたちの護衛もいる。最悪の場合は、オレたちも参加することを考えていたけど要らないみたいだ。
ただジュリアがいつの間にか、指揮官を差し置いて指揮してるのがなんとも。
みんな素直に従っているからいいけどさ。指揮系統の乱れは駄目だろう。というか、すでに上下関係が出来ているのか?
「追跡はかならず複数で行え! 周囲の村の兵にも連絡しな! 一人も逃すんじゃないよ!」
謀反人たちが逃げ出すのは早かった。そもそも火縄銃の時点で逃げ腰だったからね。
あの……、ジュリアさん。完全に指揮官になっていますが? 指揮官の武士の人。ごめんね。面子丸つぶれだよね。後でお詫びにお酒を贈るから。
君は悪くない。
「負傷者五名。死者なし。初陣にしては上出来かな」
結局、朝になる前に全員を討ち取るか捕まえることが出来た。味方の損害は軽微で、警備兵が一定の役に立つことを証明出来ただろう。
「土田御前様の助命嘆願は意外だったね」
「殿と示し合わせたのでしょう。謀反は根切りと言いましたから。断固たる力と慈悲を見せるバランスを取ったのかと」
男たちはほとんど討ち取られた。少数の捕まった者も処刑されたが、女性と元服前の男子は土田御前の助命嘆願により出家して寺社に入ることを条件に命を救われた。
信秀さんの怒りは相当なものでオレを含めた家臣たちはまさかの助命に驚いたが、もしかしてヤラセだったの?
旧主の信友さん? 彼は相変わらず我関せずと一切動かない。徹底しているね。
「今回の出来事もほとんど歴史に残らないんだろうな」
「それなりに大きな戦にならないと、そんなものですよ。謀反とも言えないですから」
歴史に残る戦いと残らない戦いがある。
今回のような小さな事件は残らないんだろうなと思うと、ちょっと複雑な心境になる。
残っても、領地召し上げに反発した者が、討ち取られたの一言で終わりだろう。
◆◆
『織田統一記』に領地整理のきっかけになる出来事が記されている。
織田大和守家の元家臣たちが、弾正忠家で立身出世をしようと家中に贈り物や根回しをしていたようだが、その原資が領民からの追加で税を取ることや、当時高利であった寺社からの借財だったことに織田信秀が激怒したことがきっかけであった。
当時の価値観では贈り物や根回しも特に問題があることではないものの、久遠家よりもたらされた知識などで中央集権化を進めつつあった信秀にとって、不要な税負担で領民の反発を招くことも寺社に借財が増えて領地を押さえられることも望むことではなかった。
結果として、大和守家の元家臣たちの一部は信秀の考えを理解出来ずに領地を召し上げとなり、一部は反発して討ち取られている。
後世の歴史家は、信秀による尾張掌握の過程で少なくない者が没落したのではと推測している。
それが信秀の謀略だと語る者もいれば、新時代に対応できなかっただけだと語る者もいる。
これ以降、織田家では領地について試行錯誤をしていくことになる。
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