第百二十五話・新商品と商いの拡大

side:久遠一馬


 伊勢守家領を視察した報告に来たけど、信秀さんの表情が芳しくない。


 結論から言えば大きな問題はないが、放置すれば停滞か緩やかに衰退する可能性が高い。そもそも武士の大半には、費用をかけて村を復興したり発展させるという概念すらあまりない。


 この時代は村単位で共同体として生きていて、年貢も村単位で納める。村を復興させたりするのは村の役目だという感覚があるらしい。


 そもそも一般的な領主では資金もないので、復興をさせろと命令すれば賦役でタダ働きをさせて、復興の原資を領民から搾り取るだろう。


 今ある領地を良くしようとは、あまり思わないのが戦国クオリティーらしい。史実だと信長さんですら手を付けなかった分野だからね。難しいのは確かだけど。


「分国法で領民を食わせることを領主の義務とするか?」


「それがいいかも知れません。己で出来ないのであれば殿に願い出ればいいだけです。一度は事情を考慮して指導し、二度目は指導を聞かねば処分すればいいかと」


 怒っているわけではないみたい。悩んでいる感じか。オレよりこの時代の武士の気持ちが理解出来るのだろう。あまり気が進まないようだが、分国法で定めたほうがいいのは確かだ。


「魚肥の生産が上手くいっています。米は難しくても麦・蕎麦・粟・稗など植えていけば、今よりは断然いいはずです」


 知多半島の漁業は上手くいってる。佐治さんと水野さんに大きな網を貸して鰯などを捕ってもらい、干して肥料や干物にしているんだ。


 今のところ肥料より干物のほうが需要があるけどね。牧場と農業試験村で使っても余っている。もちろん余った肥料は買ってウチでストックしてあるけど。


 その気になれば使う場所を増やしてもいいんだよね。一年はテストをするつもりだ。


 問題なのは領民を食わせて復興までやらせると、未経験なだけに出来ない武士が出てくることだろう。


「槍働きしか出来ぬ者は、領地が治められなくなるか」


「気長に見るべきでしょう。殿が本気だと分かれば、大半は従おうとしますよ。従う意思のある者は寛大に、ない者は領地を没収すればいいかと」


 信秀さんの悩みはそこらしい。


 これは改革だからね。ちゃんと相手の気持ちになり焦らないのが大切らしい。エルの受け売りだけど。


「岩倉は当面は様子見だな。最初に処分するのは大和守家の旧臣でよかろう。あの愚か者どもが。種籾まで取り上げようとした輩がおったからな。野心があるのは構わんが、うつけは要らぬ」


 伊勢守家の戦場になった村の土豪領主もあまり褒められたタイプではないが、こちらの指示に反発まではしなかった。山内さんが上手く話したようだが、ギリギリ合格ラインだろう。


 一方で信秀さんの怒りを買っているのは、大和守家の旧臣たちだ。


 領地から搾り取って献金すれば、信秀さんも重臣も認めるだろうと考えていたみたい。いわゆる集金力が自分にはあると見せたかったようだ。


 並の戦国大名ならそれで良かったのだろうが、信秀さんには怒りの火に油を注いだ結果になったけど。


「大和守様も大変ですね」


「あやつめ。わしの下に来て己は一切関わっておらず、復権の意思もないと念書を置いていったわ」


 それとこの件で評価を落として、かつ立場が微妙になっているのは、かつての主君の信友さんだ。


 一部では信友さんが復権を狙っていると、噂が出ているからね。ただ肝心の信友さんにその気はないらしい。意外に時勢に機敏らしく旧臣との関わりも断っているとか。


 元守護代の体裁を守るには十分な禄は与えてるし、信秀さん名義で酒や食べ物も時々だけど贈っているからね。


「あの方たちの領地は場所もいいんですよね。全部直轄地にしてはどうですか? 領民は喜び誰も文句は言えないですよ」


「戦に使える者だけ俸禄にするか」


 大和守家の元領地って場所がいいんだよね。長期的に見ると直轄領にするのが望ましい。混乱が出ないように、秋の収穫の前に片付けないと。




 上四郡の次は蟹江の視察だ。


 途中で津島の屋敷に立ち寄ったら、こっちは相変わらず酒造りの家臣たちで賑わっている。


 ただ見知らぬ顔もいくつかあり、最近になり信頼出来る商家から、人を受け入れることも始めたらしい。


 商売が拡大して少し人手が足りなくなったこともあるし、品質管理などのウチの商売のやり方を商人たちに教える意味もあるみたい。


 武士だけじゃなく商人も育てないと駄目だ。堺や博多の商人は手強いからね。尾張の商人も育てないと。


「金色薬酒か。効果はあるの?」


「それなりにあるネ」


 津島の屋敷では新商品の開発なんかも行っている。


 今回試作品として屋敷を任せてる、アジア風の容姿をしたアンドロイドであるリンメイが見せてくれた品のひとつは、金色酒を薬酒にしたものだった。


 オレは知らなかったが、史実でも蜂蜜酒にハーブなどを漬け込んだお酒があるとのことで、リンメイが独自配合のハーブや薬草を漬け込んだ金色薬酒を作ったんだって。


「へぇ。売る前に殿に献上するからよろしく」


 タダでさえ高い金色酒を更に高級な薬酒にするのか。この時代の薬って効果が怪しいのとか、飲みすぎると毒になるものでも売れるからね。これも売れそう。


「こっちは、ふりかけか。あの干しいわしを使ったのか」


 そしてもうひとつはご飯のお供のふりかけだ。古くは鎌倉時代からあったなんて聞くし、特に斬新なわけではない。


 こちらは大量に獲れる鰯などの小魚を干して粉になるまで砕き、干しわかめや胡麻を加えて塩で味付けした品らしい。


「安いから領民に売れるネ」


「あんまり高級品ばっかり売るのもね。賦役で銭を配っているし、領民にも買える商品は必要だからなぁ」


 ちょいと味見をしてみると結構美味しいね。日持ちもそれなりにしそうだし、内陸部にも売り込めるかもしれないな。


 あと以前作った水飴とエールは、津島では早くも店が出来るほど人気らしい。清洲や熱田でも売れているからね。ほどほどの値段なので、津島や熱田を訪れる商人たちもよく買っていくみたい。領内向けの商品だから大口の販売はしないけどね。行商人が商談のネタにするくらいならいいとは思う。


 干した小さな鰯を焼いたものを肴にエールを飲むのが、津島では流行ってるんだとか。美味しいのか?


「そろそろ熱田にも屋敷を構えたほうがいいネ」


「熱田か」


「ボチボチ人選をしてるよ」


 津島の屋敷はすっかり地域に溶け込んでいる。ただ問題なのは商いが日々広がって仕事が増えることらしい。ウチで扱う荷はほとんどが高級品で、津島の屋敷においてるからなぁ。


 屋敷にはウチの警備兵の他に、忍び衆や津島の兵もいるくらい警備は厳重なんだけど。そろそろ商いをする屋敷を増やしたほうがいいか。


 蟹江に港を造る前に熱田に屋敷を構えるべきか。蟹江の港の件は津島と熱田にはすでに内々に伝えていて、ウチが見込んだ商人には蟹江に店を出さないかと誘っている。


 もちろん津島と熱田を疎かにしないことも伝えていて、蟹江と津島と熱田で連携していく構想を説明した。


 将来的に織田の領地が広がれば本当にそうなるだろう。津島は元々美濃方面に河川で品物を運ぶ湊だし、熱田も川で那古野なんかに品物を運ぶ湊になる。


 蟹江だけでは足りないのは明らかだし、蟹江に南蛮船の港が出来たら津島と熱田は更に繁栄するだろう。


「ああ、熱田神社で祭りがあるらしいね。せっかくだから屋台とか出して、地元の人たちにお酒とか甘味を振る舞えないかな」


「それはいいアイデアネ」


 そういえば熱田神社で、もうすぐお祭りがあるらしいんだよね。銭を寄進しようかって話はしているけど、屋台でも出せれば盛り上がる気がする。


 この機会に津島と熱田の連携を強くするように、津島の商人も誘ってみようかな。


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