第七十話・金色砲
side:久遠一馬
オレと信長さんは、金色砲を引っ張って那古野の郊外にやってきた。
信広さんに撃つとこ見せたいらしい。信広さんはともかく三河武士は撃たないと威力などを信じない気もするし。
「ここは……?」
「金色砲の訓練をしている場所です。さすがに城内では危ないですからね」
標的は土を盛り上げたところに廃材を積んである場所だ。一益さんと滝川一族に大砲の使い方を教え訓練していた場所になる。
「高価な金色砲で訓練を?」
「訓練は必要ですからね。弓も鍛練をしなければ的に当たらないのと同じです。まぁ、訓練で金色砲を幾つか使い潰しましたけどね」
一益さんが金色砲の準備をする様子を眺めながら説明すると、金色砲を訓練で使い潰したことに驚かれた。
火縄銃ですら実際に撃たせて訓練しているのは、オレと信長さんくらいだろう。ウチにはハーバー・ボッシュ法という技術があるから、火薬なんてタダみたいなものなんだよね。
「発射準備が出来ました」
「じゃあ、撃って」
一益さんたちもすっかり慣れたな。作業が早くなった。
「なっ……」
「なんという音だ……」
「まさか……」
前装式の大砲もこの時代では戦略級兵器だ。凄まじい轟音と共に標的の廃材を見事一撃で粉砕すると、信広さんたちは唖然として言葉が続かないみたい。
ちなみに標的に廃材を利用するのは、信長さんのアイデアなんだよね。派手で面白いってことで。今日は先日の清洲攻めの際に出た廃材を利用している。一部は町が燃やされちゃって、再利用出来ないものが結構あったからね。
廃材が破壊され周囲に飛び散る姿は、確かに派手で分かりやすい。
「かようなものがあるとは……」
「されど、かような武器がひとつやふたつあったとて、果たしていかほど使えるのやら。鉄砲とて高い割に使えませぬ」
信広さんの顔色が少し悪い。やはりこの人は大砲の価値を理解している。ただ、三河武士の中には否定的な人もいる。
まあ、当然か。武器の優劣で戦がひっくり返る時代じゃない。彼らにも経験があり、実績もある。
「初見のものを疑うのは必要でしょう。ですが、どんな武器にしろ使う人次第です。軽々しく使えないと口にすると、ご自身の価値を落としますよ。現に清洲は数刻で落ちました。犠牲も少なく最良の勝利でしたよ」
信長さんの表情も少し不快そうに変わる。三河武士の皆さんも、そういうことは頭の中で思っていても、口に出さない配慮をしてほしいね。ここには、上司と本家の嫡男様がいるんだよ。
もっとも彼らはそれで己の力を示して、認められたいのかもしれないけど。
「口を慎め。久遠殿は南蛮船を持つのだぞ。我らの知らぬ明や南蛮を知るのだ。第一あれは、城攻めや城の防衛に使うのであろう? 堀の外から撃たれれば籠城も出来ぬではないか」
「さすがは三郎五郎様。その通りですよ。ただひとつ訂正を。いずれ金色砲は増やします。そうすれば野戦でも使えるでしょう」
やっぱり信広さんは優秀だ。最前線を任されているだけのことはある。大砲の運用を早くも理解したね。
対して先の三河武士は面白くなさげに黙った。信じられないのかな? 理解して自分なりに受け入れる。少し時間がいるかな。実際に戦で見ることも必要かもしれない。
「増やせるのか?」
「すでに尾張で製造する準備をしております。仮に今川がいずこからか同じものを手に入れても、先に運用するこちらの優位は簡単には崩れませんよ。それに、自前で作るのと商人から買うのでは値が明らかに違いますからね」
信広さんのところにはいずれ、金色砲と扱える人を派遣しても面白そうだね。この人なら無駄にはしないだろう。
三河武士の皆さんは、オレの話した内容の意味理解しているかな? 尾張は金色砲や鉄砲を生産して揃えるだけの経済力や技術力があるってことに。
悪いけど三河武士がやってるような、略奪とその日暮らしの戦をするつもりはない。早く気付かないと、織田家に居場所がなくなるだろう。
三河は史実の偉人である竹千代君に将来は任せるべきか? どちらにしろ三河武士には変わってほしいのだけど。
side:織田信広
変わったのは三郎も同じか。
那古野城へ挨拶に行くと三郎はおらず、おそらく久遠家の屋敷だろうというので、こちらから出向いた。
屋敷の庭からはいかのぼりを揚げておるのが見える。家人に取り次ぎを頼むと庭に案内されたが、そこには驚くべき光景が広がっていた。
見たこともない南蛮人らしき大勢の女たちと共に、家臣やその郎党と思われる老若男女が、いかのぼりを揚げたり独楽を回したりして楽しんでおる。
なにより驚くべきなのは、その笑顔と飢えなど知らぬような立派な姿であろう。
連れてきた三河の者たちも、いずこまで理解したかは分からぬが、信じられぬと言いたげな顔をしておる。
三郎。腹違いの弟ではあるが、嫡男の三郎と庶子のわしでは身分がまるで違う。
案内された庭の縁側に座っていた三郎にわしは控えようと思うたが、先に三郎から声をかけてきた。
かつての三郎には他人には理解出来ぬなにかが渦巻いていたように見えたが、それがすっかり消え失せており、わしを兄と呼んだ。
三河者は知らぬだろうが、わしと三郎はそこまで親しいわけではない。そもそも話をしたことすら、あまりないのだ。されど嫡男の兄として、嫡男と親しいように家臣に見せるのは悪いことではない。そのあたりも配慮してくれたのかもしれんな。
三郎はすぐに三河のことを聞きたがった。家臣としての形を求めぬのならば、こちらも余計な気遣いは不要であろう。
三河の話を聞いている三郎の様子に、かつてのうつけと言われた面影はない。
「甘い」
偶然居合わせたことで出されたお汁粉と呼ばれる煮物は、食べたことがない甘さだった。
三河にも水飴や蜂蜜ならばあるが、決して安くはない。国人衆でさえ病になった時くらいしか口にできぬ代物だ。まして砂糖などは、誰も口にしたことはなかろう。
それを家臣ばかりか、郎党やその子にまで振る舞っておるとは。
違う。あまりに違う。岡崎の松平より久遠殿のほうが、すでに力があるのではないのか?
耳を塞ぎたくなるほどの、凄まじい轟音であったな。
悪巧みする幼子のような顔をした三郎に連れられ、見せられた金色に輝く武器。金色砲は凄まじいものだった。
重そうな玉を大きな金色砲で撃ち出す武器。これは戦が変わるぞ。野戦では使えぬかもしれぬ。されど、籠城が出来なくなれば野戦も変わらざるを得まい。
武器は扱う人次第か。
わしは今日ほど三郎が羨ましいと思うたことはない。当たり前のように、今までと変わらぬ戦をするばかりの三河者には、正直うんざりしておる。
しかも言うに事欠いて、初見の武器を使えぬなどと愚かなことを。
わしに恥でも掻かせたいのかと疑いたくなるが、そのような謀が出来るならば苦労はせぬか。
まあよい。父上が言う通り。当面は戦をせずに織田の力を見せつければいいのだ。
使えぬ者はいずれ消えていくであろう。
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