第四十話・後始末と林秀貞

side:久遠一馬


「おっかあ! おっかあ!」


「どいて。治療する」


 林通具を討ち取り戦いは終わったけど、ここからが大変だ。


 オレは信長さんに進言して、林通具たちが進行してきたルートをそのまま進み、彼らに襲われた村に来ている。


 こんな事態も想定していたのだろう。ケティとパメラの医者二人も同行していたので、怪我人の治療をしてもらっている。あとは焼かれた家の後始末だ。


「火を消せ! あと軽い怪我は水で傷口を洗って待たせろ」


 途中の村には林通具に従っていた兵の死体もあったが、それ以上に怪我人や斬り殺された領民たちがいる。


 オレも応急処置くらいは出来るから、怪我の軽い人の手当てをしていて、信長さんは兵たちに火の鎮火と、ケティたちの手伝いをさせるように陣頭指揮を執っている。


 特にこの村では、強姦されたうえに刀で斬られた重傷の女性がいて、ケティが真っ先にその人の治療を始めていた。村人たちは誰もが助からないと思うのか、すがり付くように泣く子供を悲痛な様子で見ている。


「ケティ。助かるのか?」


「大丈夫。急所は外れてる。傷口を縫合するから、室内で治療したい」


「それならば私の家をお使いください」


 その様子に信長さんもなんとも言えない表情で見ていたが、ケティが大丈夫だと言うと、信長さんも周りも驚きの表情に変わった。


 まあ傷口の縫合なんて、この時代の日本だとまだ一般的じゃないからな。


 さすがのケティも手段を選んでいられる状況じゃないのか、麻酔の注射まで使っている。周りで見ている人たちはまるで布のように傷口を縫うケティを、信じられないような表情で見守ってる。


「終わった。今夜は動かさないで。明日の朝一にまた来るから」


「よし。次に行くぞ」


 そのままオレたちは途中の村で治療をしながら、林通具の所領の村まで進む。




「こいつはひでえや」


 誰の言葉か分からないけど、村の状態が一番酷いのは林通具の所領だった。


 建物という建物はすべて焼け落ちていて、逃げた村人が戻ってきていたが、呆然としながらガックリと力を落としてる。


村長むらおさはおるか」


「はい。私でございます」


「怪我人はいないか?」


「はい。怪我をした者はおりませぬ。それだけは幸いでした」


「よし。そのほうたちはこのまま那古野城へ行け。これでは食べることも出来ぬであろう」


 林通具の屋敷らしい少し立派な家も、村にある小さな寺ですら焼け落ちているよ。


 季節は晩秋で夜は寒いし、林通具は村人の数少ない食料や来年に植える種籾まで、持っていけない分はみんな燃やしたらしい。


 どうしようかと少し考えていると、信長さんが全員を那古野に行かせることを即決して、勝三郎さんを彼らに付けて彼らを那古野に行かせた。


 英断だと思う。ここに置いても彼らには食べるものも、夜露を凌ぐ物もないんだ。


 場所的に織田弾正忠家の支配地域の中にあり、軽い扱いをしていい場所じゃない。とりあえず冬の前に家の再建はしてやらないとな。




「さて、なにか申し開きがあるならば聞こうか」


 翌日にはケティとパメラは多数の護衛に囲まれて、昨日治療した人たちのもとに診察に出掛けた。


 そんな中でオレは信秀さんに呼ばれて、林秀貞さんを呼び出す評定に同席している。


 この日いるのは相当な大物ばかりなのだろう。顔も知らない人ばかりだ。席順は一番端っこ。目立たないように大人しくしていよう。


 被告人といえる林秀貞さんは中央に座らされていて、信秀さんの小姓の人が一連の事態の流れを説明して、林秀貞さんに申し開きをさせるみたい。


「この度は愚弟の不始末大変申し訳ありません。某としての申し開きは一切ありませぬ」


「新五郎。なにもないでは済まされぬ。何故止めなんだ?」


「言うて止まる弟ではありませぬ。されど兄として血を分けた弟を討つのは出来ませなんだ」


 林秀貞さん。史実では晩年まで文官として、信長さんを支えていたはず。堅物なんだろうね。ひとつ間違えれば一族の首が飛ぶのに毅然とした態度だ。


 自分なりの信念は貫いているのかな?


「それほど三郎が嫌いか? この際だ、皆の者にもはっきり言うておく。わしの跡継ぎは三郎だ。合わぬ者は他家に従うなり、尾張を出ていくなり好きにしろ。感状と当座の銭くらいは用意しよう」


 秀貞さんの態度に両脇を固める親族や重臣たちは、少し怒りや戸惑いの表情を見せてるけど。信秀さんが跡継ぎの問題に言及すると静まり返った。


 まあ無理もないよね。数年前に美濃で道三に負けはしたけど、それ以外は大きな負けはない。誰もが信秀さんの力を恐れている。


「新五郎。そなたはいかがする? 父の代から仕えたそなたを、あのような愚か者と一緒に罰したくはない。合わぬのなら好きにするがいい。ただしいずれにしても、ケジメは付けてもらうぞ」


「許されるならば、このままお仕えしとうございます」


「本当にいいのか? 織田弾正忠家は二度と、そなたが望むような家にはならぬぞ」


「心得ております」


「あい分かった。林新五郎秀貞。そなたの領地は沖村を除き没収。三郎の家老職と与力もすべて外す。しばらく蟄居しておれ」


 多くの親族や重臣がいる中、まるでふたりだけのような会話は続き、林秀貞さんの処分は決まった。


 罪人が出れば一族に連座されるこの時代で、主君の命を狙った罪の連座にしては軽い気がする。ただ重臣の中には、少しホッとしたような者もちらほらと見られる。


 信秀さんはあくまでも、家中の融和を大事にしたのだろう。


 実際それは正しいと思う。あと数年待てば弾正忠家の力は、最低でも数倍に跳ね上がる。そうなれば林秀貞さんが後になってたとえどう思おうと、たいした影響はないだろうしね。


 評定の間から去る秀貞さんは、感情が見えぬほど冷静に見えた。もしかするとこれは、秀貞さんの想定内なのかもしれない。


 信長さんには付いていけない。刃向かう気もなければ深入りもしたくない。最低限の所領で時勢の流れを見たいと。


 秀貞さんは恐らく信長さんが、どこかでつまずくとでも考えているのだろう。


 冷静に見れば分からないでもない見方だ。信長さんが尾張から天下に飛躍するなど、この時点で確信してるのは本人とオレたちぐらいだろう。




◆◆

 林の乱。


 それは織田弾正忠家家臣、林通具による主君織田信秀暗殺未遂のことである。


 織田統一記にはこの一件で若き日の織田信長と久遠一馬が、林通具を討ち取ったとある。


 原因に関しては林通具の我欲による、身勝手な暴挙だと記されているが、その背景になにがあったかまでは記されていない。


 そのために原因は諸説あるがよく分かっておらず、信秀の後継問題が絡むというのは、当時の僅かな資料から明らかになっている程度だ。


 ただ他にも粗暴な林通具が信秀に疎まれたとの説や、信長と林通具の兄林秀貞との不仲が原因とする説、同じ信長の家老だった平手政秀との政治的な対立が原因との説がある。


 なお、この件に関しては、林通具が織田信友に宛てた内通の書状が何故か久遠家に残されていて、当時まだ仕官したばかりの久遠一馬が信長の命により、密かに動いていたのではと言われている。


 

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