第26話 知らずのうちに探られて

 出雲様を前にした黒羽は、じっと彼女のことを睨みながら話をする。


「貴方ですか。あの狐の責任者様と言うのは」

「おぉそうかそうか。凛から聞いてはおったのか。なら話は早いかのう」


 降りてきたところから、数歩ばかりか黒羽の方に近づいて挨拶する。


「改め申して。儂は出雲と言う。向こうの方では狐の里の長をしておるものじゃ」

「そうですか。そんな貴女が一体私ごときに、如何用なもので」

「そうカッカするではない。敵意は無いし、儂は友好的な話がしたいと思うておるからな」


 いきなり現れたことには驚いたが、一体出雲様は何を考えて黒羽の前に現れたんだ……?

 おい待て。今の姿……、九尾だよな?


「てか出雲様?! こんな白昼堂々その姿を晒してたら色々とマズいんじゃないんですか!?」

「その心配をする必要はないて。人避けの結界を張っておいたから問題は無い」


 いや……それで済む問題でもないでしょうよ。それって人が入れないだけであって、外からは見えてるとかそんなんじゃないのか? まぁ流石にこの人もそう愚かではないから、その辺は対策してあるか。多分。


「それにしても、この学園とやらは面白いところだのう。凛の奴が楽しそうにしとる理由も頷けるわい」

「あ、あのー……」


 何しに来たんすかあんた。


「元々の予定とは変わってはしまったが、やはりこの選択を取って正解じゃったわ。ふぉっふぉっふぉ」

「出雲さまー?」


 話聞いてます?


「ここからの眺めもなかなか良さげだからのぉ……。海まではちと遠くて見えぬか……」

「「……」」


 これから黒羽と話をするのかと思ったら、俺らのことを完全にほっぽいて、この世界を満喫し始めちまったし。


「架谷さん……あれどうにかならないんですか? これじゃあなんの為にあの方が来たのかさっぱりなんですが」

「黒羽。今のあんた同様に、俺もこれまで何かと苦労かけさせられてんだ。断る暇さえなかったなんて言ったが、大体はあの人の適当ぶりから来たもんだ」

「貴方、そうとう不運なのでは……」


 とうとう黒羽からでさえ同情される始末であった。なんとなくだが、そっちの事情とやらも機会があれば聞いてみたいもんだよ。少なくともこっちよりかは整ってるんだろうな。

 しばらく呆気に取られていたが、出雲様もようやく本来の用事を思い出してくれたようで。


「とまぁさておき。今日はお主らの様子をちとばかしか拝見させてもらったぞい」

「っていたんすか此処に?!」

「まぁの。とは言うても姿も気配も消しておったからの。凛やお主では見つけられんよ」

「てかあんた仮にも里長なんでしょう……。こんなことしてる暇なんか無いでしょうに」

「仕事なんぞ部下に頼んできたわい」

「「……」」


 相当な自由心の持ち主だよこのお方は。ぜってー里の住民も手を焼いてるだろおい。出雲様が相当ぶっ飛んでいるせいで俺も黒羽も話についていけてねぇんだよ……。


「無論、先程の祐真殿らの話も聞いておったわい。何を話し、そして主が何を気にしておるかも分かる」

「……」

「儂らが祐真殿と、人間と共に暮らしておることに疑念を抱いておるのであろう……そんなところであろうて」

「まさしくですね。それを今、架谷さんから聞こうとしていたところですね」

「この際ちょうど良いて。儂の口から話すこととしようぞ」

「貴女には頼んでいないのですが」

「いいんだ。向こうの事情とやらもあるみたいだし。俺が話すよか、出雲様が話した方がよっぽど詳しい話が聞けると思う」

「……」


 黒羽は返答もなく黙り込んでしまったが、直ぐに無言で軽く首を縦に振った。


「儂等が掲げておるんわ、全ての種族との共存。とても気の遠くなりそうな話にはなりそうじゃが、出来ぬと言ってしまえばそれっきりじゃからのう」

「それはなかなか大層な夢ですね」

「まぁ今は夢でも良いて。叶えるんが夢というもんじゃろうよ。主も当然わこうておるじゃろう。儂等の世界における暗黙の了解を」

「えぇ。それはもちろん」


 出雲様の言葉に、黒羽は軽く頷いてから答えた。それからも出雲様からの説明は続いていく。


「儂らがこうしてこちらの世界に足を踏み入れられるようになったというのも、つい最近のことよ。それを思ってかこちらの世界に手を伸ばすモノらも少なくはなかった」

「その辺は、私共も貴女方も同じであった……と」

「しいては同じ目的を持つもん同士、仲良くできんかという話じゃ」

「あなたもそう言うのですね。言っておきますが、私は一人でも十分ですから」

「そう悲しいことを言わないでおくれよ」


 つかつかと黒羽のほうに近づきながら出雲様は言う。


「そちらのお考えがあるように、私自身にも自分なりの考えがあります。敵対するつもりはありませんが、仲良しこよし……というのは違いますね」

「お堅いことよのぉ。しかし主の顔は、なにやら違うことを言いたそうにしておるの」

「そちらの思い違いかと」

「おぉそうじゃ。ちょうどよいから一つ忠告しておこうかの」


 出雲様は黒羽の話を聞いているのそうでないのか、よくわからん。なんか話題がすり替えられようとしてるし。


「どうにもこの学園とやら……匂うのじゃ。儂等にも似た異形なるものの匂いが。たまたまなのか引き寄せられてかはわからんが、学園内にもいくらかそんなものを感じたわい」

「いきなりなんなのです」

「気をつけいということじゃ。まぁお主なら心配はないか」

「それはどうも。それよりもこちらには聞きたいことが……って待ちなさい!」


 黒羽の制止を聞くことなく、出雲様は屋上から飛び降りるようにして姿を消すのであった。

 取り残された二人はただただ唖然とする他なかった。


「随分と無責任というか、いい加減というか」

「苦労させられてるよ。でも嘘は言ってないってだけ言っておく」

「そのようですね」

「否定しないのか? あの態度を見ても」

「嘘をついているとは思えませんでしたので。少なくとも真意については理解しました」


 黒羽がそう返答した直後、屋上から出るドアが勢いよく開けられたのが、鈍い金属音でわかった。


「おぉーすっごい! 凛ちゃんの予感大当たりじゃん!」

「なんでお前らここに?!」


 出雲様が消えていってからすぐのこと。屋上に凛と橋本が現れた。


「帰ろうとした所に桐華さんが現れたので事情を聞いたら、そもそも祐真さんと会う予定はないと言われましたので」

「何をどうしたんだろーって言うから二人で探してた。暇してたし」

「でもってなんとなーくですが、屋上かと思いまして」

「……」


 畜生。適当に考えた嘘だったが、まさかこうもあっさりと打ち砕かれようとは。

 それにしても、出雲様がこの場にいなくなったことは幸いか。あの姿を橋本がみたら、別の意味で興奮するぞおい。むしろこうなることがわかっていたから逃げたのでは?


「しかし京子ちゃんまでいるとはねー。屋上に二人きりとか、もしかしてそういう関係だったりする?」

「「そんなんじゃない!!」」


 意図しなくとも返答がハモった。たまたまだからな。


「ふーん。まぁいいや。それじゃあせっかく人も増えたところで今から街の方行こっか! 京子ちゃんと架谷くんも一緒だよー!」

「あっ……待ってください桐華さーん」


 入口にいた二人は一目散に階段を降りていった。話についていけず、また二人。置いてけぼりとなる。

 この後なんといえばよかったものなのだろうか。そう悩んでいると、黒羽がため息を吐いてからこう言う。


「あの九尾にまんまと嵌められた気がします」

「その辺は俺も同じこと言いたいな。本当にいい加減で申し訳ない」

「貴方が気に病むことではありません。ですがあの方はともかく、狐村さんまであんな性格だとは思いたくありませんが」

「まぁ……その線はないと思うわ」

「何故そう言いきれるのです?」


 答えは単純。


「純粋なんだよ凛は。だから何をするにしたって真剣そのもの。黒羽と仲良くしたいって言うのも、そういうこったな」

「多少強引なところは似ていますがね」

「迷惑かけてすまんな。あれだけ言われて俺が言うのもなんだがその、無理に相手してやることもないからな」

「お気になさらず。しかしあの女狐にはやはりかないませんね」

「全くだ」


 俺と黒羽、どうにも話が合うらしい。苦労人という意味ではあるが。


「なら私はこれで失礼します。あの御二方には適当に誤魔化しておいてください」

「そうしておくわ。でも多分、玄関で待ち伏せされてっと思うが」

「……」

「そっからダイレクトで帰ろうとか考えないでくれよ」


 一瞬だけだが柵に足かけてましたよね。飛んでいくつもりでしたよね。でも流石に実行には至らず。


「わかってますよ。それでは」


 一人静かに屋上を後にして行った。案の定玄関で出待ちしてた二人に黒羽のことを聞かれたが、急用につき来れないとだけ言っておいた。

 どうやって二人を撒いたのかが、気になるところであるが。



 その翌日。黒羽から提出したアンケート用紙の修正を頼まれた。最初の質問欄。当初の回答が二重線で消され、一番左の項目に丸が付けられた。

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