生まれ変わりの国
アサツミヒロイ
生まれ変わりの国
人、人、人。どこを向いても目に入るのは、うんざりするほどの人ごみだった。普段あまり外に出歩かないケヴィンは、肩をぶつけ、足を踏まれ、ふらつきながら人を掻き分け歩いていた。どうなっても、スリにだけは気をつけなければいけない。ポケットの中の財布をぎゅっと握りしめ、なるべく足早に進む。
「さぁさ、紳士淑女の皆さまがた!どうか、どうかお見逃しのございませんよう!今人気急上昇中の若手俳優レナードの完全新作の舞台!本日夕方からが最終ステージです!脚本、演出も錚々たる…」
喧騒を横目に思わずため息が出る。急いで踏み出す足で、くしゃりと何かを潰したような音がした。道化のような格好をした客引きがばら撒いた、舞台のビラだ。足を避け、そっと拾い上げる。急に屈んだので後ろの人にぶつかられ、軽く舌打ちをされた。
今日はフェスティバルの初日だ。夜には通りを封鎖して大規模なパレードも催される。そして注目の俳優が初主演を務める舞台の最終日でもある。そのためにこんなにも人がごった返しているのだった。
自分も舌打ちのひとつでもしたくなるような気持ちを抑えて、くしゃくしゃのビラをポケットに突っ込み、目的地へ急ぐ。
重々しい扉を閉めると、外の喧騒が嘘のように静かになる。ここはまるで外界から遮断されたような、隔離されたような、突き放す冷たさのようなものも感じる。不思議な場所だと来るたびに思う。ケヴィンは少し怖いとすら思っていた。
「ああ、やっと会えたね。夢にまで見ていたんだ、君のことを」
ここは役所だと言うが、壁面をぐるりと囲う本棚と背の高い振り子の時計があるだけで、あとはこの部屋の主の机と、来客用のテーブルとソファしかない、広い割には殺風景なところだ。そして、役所にしてはケヴィンはいつ訪れても自分以外の人を見たことはなかった。
「また必ず会えると、信じていたよ」
「アベル」
「キミを、愛しているからさ!」
「アベル!」
芝居がかった台詞をオーバーアクションつきで並べ立てているのがこの部屋の主、アベルだ。美しい金の髪をさらりと靡かせながら、あは、と笑った。
「ノリが悪いな、ケヴィン。寡黙な男なんて今時流行らないぜ」
「流行らなくて結構」
ケヴィンが冷たく言い放つと、アベルは意外というように肩を竦めて首を傾げた。笑顔が消えて眉をひそめるその表情ですら、どこか絵になる綺麗な男だ。
「機嫌が悪そうだな、僕は喜んでいるかと思っていたけど?」
「怒っているさ、やっぱり君の差し金だったんだろう」
ケヴィンは先ほど拾った舞台のビラを、テーブルに少し荒っぽく置く。
「だって、ずっと会いたがっていたじゃない。探していたんだろう?」
「確かに探していた。ああ、彼で間違いないよ、一目見てわかった。君の目に狂いはなかった」
ケヴィンがそう言うと、アベルは得意げにふふん、と鼻をならして笑ったが、すぐにまたわからない、という顔をした。
「なら、どうして」
「会わせてくれとは言っていない!余計なことを」
「なんだ、会わなくてどうするのさ」
語気を荒げたケヴィンに、アベルは言い返すような口調で言う。こんなのは八つ当たりだと、ケヴィンは頭では理解していた。
「……私は、まだ……」
「……覚悟ができてなかった?」
ケヴィンはゆっくりと首を振る。力なくソファに座り込み、俯いてしまう。
「覚悟なんて、何もなかった。……どうしたら良いのか、わからないんだ。どうしたら私は許されるのか」
「許すって、何を?」
「私の罪を」
「君の罪って何さ」
ケヴィンはそれきり黙り込んでしまう。口元で強く結んだ手がまるで祈るようで、許しを乞うようで、立ったままのアベルは居心地が悪そうに肩を竦めた。
「……あの子は元気そう?」
「……元気だよ。若くて、輝いていて……私のことなど、わからない方がきっといい」
「君はそれでいいの?」
はあ、とケヴィンはひとつ息を吐くと、やっと顔を上げた。それでも浮かべる笑顔は苦々しいものだった。
「許されたいなんて気持ちはね、ただの私のエゴなんだよ。あの子が『あのこと』を忘れて元気に過ごしているのなら、わざわざ思い出させることもないだろう」
「……それで君の気持ちは晴れるの?」
ケヴィンは怒りの感情のままにここへ足を運んだはずだったが、静けさに包まれていざアベルを前にすると、もう怒りはどこかへ消えてしまったようだった。
「君は優しいんだな、アベル。私の気持ちなどは、どうでもいいんだ。……きっと私が忘れないでいることが、償いなんだよ」
「そうは思えないけど」
「……あの子の様子が知れてよかった。怒鳴ったりしてすまない。ありがとう。……でも、もう何もしてくれなくていいから」
「……わかったよ、君は頑固だからな。怒らせるのは怖い」
最後まで不服そうだったアベルだが、萎れたケヴィンを見てしまうと、わかったと言わざるを得なかった。
そのまま、ではまた、と言い残してケヴィンは部屋を出て行った。アベルはその背中を見送ると、ふう、とひとつため息を吐く。
「まあ、僕が何もしなくても、きっと君たちなら引かれ合うはずさ」
既に閉じられた扉に向かってアベルが独りごちる。
「縁のある者は引き寄せ合う、そういう風になっているのさ。ケヴィン、他でもないきみがそう望んでいるのだから」
生まれ変わりの国。
そこは人々やその周りの物にさえ、魂の宿る豊かな国でした。
この国では誰もが【前世の記憶】を持って生きておりました。
魂に刻まれた記憶は死してまた生まれ変わった後も残り、人々にとってもそれは当たり前のことでした。
その昔、この国で大きな大きな争いがありました。
きっかけはそう、小さな意地や見栄、野望などなど。いつも通りのことです。
けれどこの争いは止まることを知らず、
どんなに戦い続けても、どんなに祈り続けても、収まることはありませんでした。
たったひとり、英雄と呼ばれた兵士がすべてを壊すまで。
争いは終わりました。多くの命が消え、人々とともに生きた街も物も、すべてなくなってしまいました。
人々はそれでも、数少ない残された希望をつなごうと、次の世代にこの国を託したのです。
この争いの記憶をなくしてはいけないと、皆が思いました。
そのせいかはわかりませんが、戦争が終わってから産まれてきた子供たちは、
それぞれ前世の記憶を持っていたのです。
あの戦争から100年、受け継がれた知識と技術で、
この国は息を吹き返し、また美しい大地に戻ろうとしています。
けれど、悲しく、恐ろしい争いの記憶さえも色濃く残した人々の生活は、
やはりそう易しくはありません。
果たして、この国がどう変わっていくのか、
それはまだ、誰にもわかりません。
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