あの花の咲く頃に
彩女莉瑠
別れ
それは冬の足音が聞こえ始めた晩秋の夕暮れだった。
今年の春、ようやく小学2年生の担任を持つことが出来た新米教師の
「どうしたの?いっちゃん」
そう言う結唯の息は白くなっている。いっちゃん、と呼ばれた青年は終始俯いていた。
「いっちゃん?」
結唯は不思議そうに樹の顔を覗き込む。
外見に無頓着の樹の伸びっぱなしの黒髪が、その表情を隠している。しかし樹は強く下唇を噛んでいた。そして視界に結唯の姿が入ると、人目もはばからず強く結唯を抱きしめる。
「ごめん……」
「……いっちゃん?」
消え入りそうな樹の声は、しっかりと結唯の耳に届いていた。
「ごめん、結唯ちゃん……」
尚も繰り返される樹の謝罪の言葉に、結唯の頭はついていかない。
「どうしたの?」
疑問符を浮かべる結唯をきつく抱きしめる樹。
晩秋の橋の上。下からは浅い川のせせらぎが聞こえてくる。遠く山の
しばらく結唯を抱きしめていた樹は、その腕の力を少し緩めると軽く結唯の頬にキスを落とした。
「結唯ちゃん、僕、今はこんなだけど。だけど、絶対に助けるから。だから、それまで信じて待っていてくれる?」
要領を得ない樹の発言。だが結唯は薄く笑って頷くのだった。ゆっくりと結唯の頬を涙が伝う。樹はその涙をそっと拭うと、踵を返し、橋の上を緩慢な足取りで歩き去っていくのだった。
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