ハイ・ロー・ゴースト・キャット②

 ここ、スタァライト・シティはかつて車両運送による物流の中心地として栄えた街だった。街のあらゆる場所に高速道路ハイウェイが入り組み、大量の交通量を処理するため設計された星型環状立体交差高速道路網『スタァライト』が大規模都市建築の中でも人気を博し、観光客も押し寄せた。それに伴って地域のサービスエリアS.A.産業は急成長を遂げ、やがて大規模S.A.を中心とするコミューンが形成されることになる。


 しかし、物流の主役が車両でなくなった現在はかつての百分の一という驚異的な利用者減少の煽りを受け、スタァライト・シティを訪れるのは今もなお一部で需要のあるトラック運転手か、「障害物の少ない都市規模の長距離コース」であることに目をつけたスピードジャンキーくらいである。


 グスタボ運輸のトラック運転手、マイクはスタァライトS.A.を訪れた本日初めての街外アウターからのマトモな客で、美味いコーヒーが飲みたいと廃れたエリアマップを頼りに『喫茶アウリン』の店の前まで来ていたが、中から聞こえてきた複数の悲鳴にドン引きしてしまい、結局このS.A.で細々と続くフランチャイズのチキン屋に足を運ぶことを決意した。


 アウリンの店長は貴重な顧客を失ったことを知る由もなく、コーヒーメーカー『バリスタくん3号』に豆を入れながら、顧客を逃す原因となった3人の少女達を警戒しながら見守っていた。


「あのなぁ、ただでさえオーパーツ級の身体を騙し騙しわっしの芸術的かつ天才的な整備手腕で動かしとるんやぞ。ええ加減おどれ自身で同時に処理できる限界は把握せぇよ……」

「すみません……」


 先ほどまで生首になっていた少女、サラは、俗っぽく言えばロボットだった。あるいはアンドロイドか。頭部と身体部で規格が違うらしく、ジョイントが外れやすいという欠陥があり、ぽろぽろと首が取れるのは日常茶飯事だった。次いで言うならマルチタスクの限界を超えた瞬間に引き起こされる神がかり的なドジもいわば「アウリンあるある」である。エンターもそれについて責める様子もないようで、


「まあまあ、サラも悪気があったワケじゃないしさ」

「悪気がのぉてもこんな芸術的なドジかませるんやから驚くわ」

「ずびばぜん」


 一度自宅に帰って白衣を着替えてきたエリは、サラの鼻からつーと流れてきたコーヒーをテーブルナプキンでふき取ってやる。エンターの方も一度着替えてからもうまた訪れており、実は先ほどからエンターキーが6つ増えていた。先ほどカフェイン漬けにされてイカれてしまったキーボードから取り外したものだ。3人とも、まだ香ばしい匂いがしていた。


「で、そういえばじゃ」


 サラのメンテ――エリはそう呼んでいるが、傍目には親が子の世話をしているようにしか見えない。申し訳なさそうに目を閉じるサラの前で、エリはいつも笑っていた――が終わったエリがエンターに向き直り、話題を変える。


「それで今日は何しに来たんじゃ? いつもやったらまだ業務時間なんと違うか。ええのんかポルノ作りは」

「違いますよエリさん! 確か覚醒……そう、ドラッグです、ドラッグ!」

「それや。運ちゃんにヤク引っかけて何するつもりじゃ」

「あんたら嫌なコンビネーションだね。悪い方向に、片方は悪気ないし。あたしの本業は街のなんでもプログラマだって。長距離ドライバー向けに入眠防止用の電子ドラッグ――合法なやつだからな――を売ることもあるし、そりゃたまにはエロいのもあるけど、小遣い程度だよあんなもんは」


 こんな閑古鳥泣いてるS.A.で街外者アウター向けの商売して儲かるかよ。吐き捨てるように言って、違いないわと笑うエリと、遠くで苦い顔をする店長。


「まあでも営業時間ってのは正解。今回ちょっとめんど――面白い依頼が入ってね。あんたら二人にぴったりだから手伝ってもらおうと思って」

「今なんちゅーた」

「いやですよぉ、エンターさん。私達二人がぴったりだなんて」

「や、そうやなくてやな」


 満更でもなさそうに顔に手を当てるサラに冷静に対処しつつ、エリは、


「わっしらにぴったりて、そりゃ小遣いになる依頼をちょくちょく回してくれるんは嬉しいがよ、ちょっと毎回クセが強いというかな……めんどいちゅーて漏れてまうくらいには厄介な仕事なんやろ、いつも通り。前回の開かずの金庫破りは酷かった。わっしの『施錠くん』の全パタンが順逆共にが通じんとは」

「いっぱい時間かかりましたけど、結局私が開けちゃいましたしね」

「教訓。まずは腕力を試すべし。徒労が多いの」

「私はいつも楽しかったですよ?」

「まあ、おどれはいつでも楽しそうじゃし……」


 エンターは「あんたと一緒にいるからでしょ」とはあえて言わず、


「その点については大丈夫。徒労ってことはないと思う。めんどいのはそうなんだけど、今回の依頼は脱走ペット探しだから」

「ペッ……」

「ワンちゃんですか!? ネコちゃんですか!? それともデカネズミ――」

「猫よ」

「やったぁ!」

「待て待てぃ」


 喜ぶ猫派のロボット少女を制し、エリは呆れ気味の様子だった。と、このタイミングで店長から差し出されたコーヒーに3人は「ありがと」「おう、サンキュ」「ありがとうございます」とそれぞれ口をつける。


「いつもバリスタくんに頼るのもよくないと思ってさ、豆の焙煎まで自分でやってみたんだよね。どうかな」


 サラは本人の希望からエリの改造により有機エンジンを搭載しているので共に食事ができた。味覚は勉強中なので、居合わせた人間の表情を真似て学習することにしている。今日は二人は曖昧な表情だ。曖昧な味だとサラは理解したので曖昧な顔をした。店長は悔しかった。


 コーヒーをソーサーに置いて、エリが続ける。


「ペット探しって、まさか『クーロン城』でか」

「そう」


 クーロン城。三次元的、階層的に居住建築とキャットウォークが入り組み、それら全てを有線ケーブルが繋ぐ、電荷クーロンの激走する超過密地区。その姿はさながら高架の城。ゆえに、誰が言ったかクーロン城。


 スタァライトS.A.を中心に広がったコミューンの母体であり、S.A.に隣接して高速道路の柱を軸に建造された、このスタァライト・シティという”街”の一番の”町”。その全貌は誰も知らず、栄光時代のオールド・テクノロジーの巣窟として雑多で混沌とした町並みが集積している。


 この喫茶アウリンにいるメンバーも住居はクーロン城にある。エンターに関して言えばクーロン城生まれのクーロン城育ちだが、それでも全容は知らないらしい。人が減ってもクーロン城自体は大きくなりつつあるとすら感じている。今でも新しい道がたまにのだという。


 そんな無茶苦茶で、ある意味自由過ぎる町で、逃げた小動物を見つけるなど――


「この言い回し使うんは初や。砂漠に落ちたダイアモンドを探すに等しい難しさ。ただでさえよぅわからん動物も確認されてるっちゅーのによ」

 町には町の生態系。住人は何かしらの薬品やら機械やらでいつのまにか変異した動物たちのことを野生と呼ぶ。野良とは言わない。


「確かそういう動物専門の探偵さんがいましたよね? ワンちゃんみたいな頭の方が」

「ああ、ホムソンな。あいつの嗅覚センサはわっしが作った。ほうじゃ、あいつでええやないけ」

「だったら彼に頼んどるっつーの。てか、あんたも手広くやってるね……」

「実際にようにしたら過負荷で失神しよったんで調整がムズかったからよう覚えとる。臭気を視覚化してやることでそれを解決したこの天才の柔軟な発想よ」


 得意げなエリ。サラが「さすが天才!」と嬉しそうに手を叩く。エンターは天才天才と投げやりに手を叩いて話を進める。


「そんな風に”どんなやつでもいる”ってのがスタァライト・シティの、クーロン城の特徴でさ。だから例えば、ペットって言っても色々あるわけさ。あんたらじゃないといけないような」

「腕力ですか? トラックまでなら受け止められますよ?」

「マジ? 今後の仕事で考慮しとくわ。でも違うんだな……」

「もったいぶらずに教えぇよ」

「愛玩ロボ、知ってるよね?」


 それは、愛しのパートナーが死んでしまうことを恐れた人々が起こしたブームで爆発的に成長したロボット産業だった。イヌ、ネコ、果ては人間まで愛玩ロボ化されたところで反対運動が激化したり、そもそも素人が扱うとメンテが上手くできなくて実際の動物より早くになってしまったり、いろいろな理由があって廃れたが、今でも一部のマニアが飼っているのだという。


 古い技術が集まるこの街らしいといえばらしい。エリはそう思いながらうなずいて話の続きを促す。


「今回逃げたのは電子ネコちゃん……ほら、ネコ屋敷の」

「コマツ先生ですね! たまに撫でさせてもらってます。あれ、あの人ってなまの猫が好きなんじゃありませんでした?」

なまて、言い方……」

「まあそうなんだけど。ものは試しってことで一台買ってみたらしくて。けど挙動が納得いかないもんだからって、の改善を依頼してきたんだ。あたしとしても面白かったから引き受けたんだけど……」

「ロボ猫相手なんやったらビーコンでもシグナル探知機でも使つこぅたらええんちゃうの。自立型にせよ安全装置は組み込まれとるはずや」

「そう、そこがミソでね……」


 待ってましたと言わんばかりに、エンターは人差し指を突き立てる。その向かう先はサラに向いて、


「あなたにしか捕まえられないの!」

「私ですかぁ!? でも、腕力じゃないんですよね?」

「おい、まさか、――」

「……ご名答」


 エリが天を仰いで絶句する。サラは未だ状況がつかめないらしく、困惑のままエリが天を仰いだ先を見たりしているので、エンターは補足に入り、


「初回のメンテのタイミングでバックドアから猫に入ってるAI人格――猫格?――に逃げられたの。幸いワールドネットに逃げたら焼き切れるよう保険はかけてたんだけど、ローカルネットの存在をうっかり忘れてて」

「『回覧板』じゃの」

 

 エリの言葉にエンターが頷く。回覧板――クーロン城に住む人間が使えるローカルネットのコミュニティで、地区で共有すべき事項の通知からイベント参加のお誘いまで、クローズドに行えるサイバー空間だ。


 エリは「天才は孤高だから」という理由でこのネットワークを使うことはないが、存在や仕組みは知っている。凝り性のエンターが改善に改善を重ね、匿名性と自由度を両立させた場所は、物理的なクーロン城と重ね合わせの、もう一つの”町”と言ってもよいほどのクオリティだった。恐らく猫の中身の方も、その水準に合わせて個性キャラクターまで作り込んでいる。


「有線でローカルネットワークに繋がれた瞬間、街全体を自分の身体だと勘違いした――というより、自機って概念を拡張したんだと思う。いやぁあたしって天才すぎ」

「人格に発信機は埋め込めへん、か」

「返す言葉もありません。次回から考慮するよ。……だから今回探すのはロボキャットじゃなくてゴーストキャット。それも、1《ハイ》と0《ロー》で記述された、ね。AIがあの場所に入り込んだら、もう探しだせるのはAIしかない」


 エンターがパンと手を合わせて、二人に頼みこむ。アフロが揺れ、カラフルなキーボードも二人の眼前で揺れた。


「お願いっ! AIネコちゃんを見つけてあげて!」

「ようし、なんだかよく分からないけど……頑張ります!」


 こうして、サイバー町内・AI猫探しが始まった。





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