第22話 y z
(さて、どうするかな)
中庭を出て考える。トランジスタの人形はもう見つけたからこれ以上何かしなければいけないことはない。
(そうだ、ジュールがちゃんとコイルのところに戻ったか確認しないとな)
そう思いコイルと会ったところに向かった。
アンペアの部屋の前を通りかかると、トランジスタがコンデンサと何かを話しているのが見えた。トランジスタが大切そうに三つ揃った人形を抱きしめている。
「エミッタ、見つかってよかった」
そう言ってより強く人形を抱きしめるトランジスタを気遣うように
「良かったね」とダイオードが優しく声をかけた。
嬉しそうに涙ぐんでいたトランジスタが、ふと不安そうな顔をした。
「エミッタ、失くしちゃった私のことを嫌いになってないかな?」
そう心配そうに言うトランジスタにコンデンサが笑いかけた。
「大丈夫よ、トランジスタ。エミッタは、あなたが心配して泣いてくれていたことをとても嬉しく思ってるわ」
「本当?」
いまだに心配そうな顔をしているトランジスタの頭をコンデンサが優しく撫でた。
「ええ、本当よ」
そう言うとトランジスタが顔を綻ばせ、大きく頷いた。
ゆっくりそちらに向かって歩いていく俺を見て三人が振り返った。
「エミッタが見つかってよかったな」
トランジスタが俺を見てぺこりと頭を下げた。
「救世主様、エミッタを探してくれてありがとうございます」
そう必死に涙を拭きながら言う彼女に俺は笑いかける。
「俺は何もしてないよ。コンデンサが見つけてくれたんだ、お礼ならコンデンサに言えよ」
そう言うとトランジスタがコンデンサにぺこりと頭を下げて
「ありがとう、コンデンサ」とお礼を言った。
「ふふ、いいのよ」
コンデンサに頭を撫でられているトランジスタを見ながら俺はダイオードに声をかけた。
「アンペアに会いたいんだが、今いいか?」
ダイオードが頷く。
「ええ。どうぞ」
俺はお礼を言うと公式の紙を取り出し部屋の扉をノックした。
アンペアの部屋に寄った帰りにコイルと会った部屋の前を通りかかったが、彼の姿は見当たらなかった。部屋の中に入ったのかと思い扉に耳をつけ聞き耳をたてたが、何も聞こえてこない。
(後でジュールがちゃんと来たかどうか聞いてみることにするか)
そう思いつつ、俺は回れ右をすると部屋に帰ることにした。
部屋に戻り、上着を脱いでベッドに倒れ込もうとしたとき、窓に小さな紙切れが張り付いているのが見えた。
(なんだ?)
怪訝に思い窓を開け、その紙切れを手に取る。
そこには、
『今すぐ公式を作るのをやめろ』
と書かれていた。
(この手紙は、例の犯人共からか……?)
俺は顔をしかめその続きを読む。
『物理地方の民たちは今まで化学地方の民たちを苦しめてきた。これは当然の報いだ』
その言葉を見て俺は考え込む。
(やっぱり公式が消えているのには、化学地方の奴らが関わっていると見て間違いないな)
手紙は
『君が我々の忠告を受け入れないのなら、こちらも然るべき手段をとらせてもらう』と言う言葉で締めくくられていた。
(完全に俺のことを脅迫してきたってわけだな。上等だ)
俺はこんな脅し文句でびびるような人間じゃない。大体、自分が命の危険にさらされることよりこのまま何もせずに物理という教科がなくなってしまうほうがよっぽど怖い。
手紙のフォントは機械で打ち込んだものだったので、筆跡から犯人を特定できそうにはなかった。
(ボルトたちに見せて余計な心配を与えるのも良くないし、これは俺が持っていることにしよう)
俺はその手紙を折りたたむとポケットの奥深くにしまい込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます