第27話 ある、春の日(by 純花)
「
カーテンを開けながら、ママがテンション高く私を起こしに来る。ああもう、陽が差し込んで、眩しい。
「もう、やめてよ! 1人で起きれるんだから」
「だって今日はお花見だよ!? ひーくんたち、待たせちゃ悪いでしょ」
「だからってこんな早く起きなくても……」
時刻は7時で、待ち合わせは10時なのに。
「菜瑠は本当、イベントの日だけは元気だよね」
みーちゃんも、そう言って笑っている。聞けば、学生のときからいつもそうだったんだって。
「だって、せっかく空もこんなに綺麗だし……早く行かないと場所取られちゃうかもしれないじゃん!」
ママはそう反論する。
今日はお花見の日だった。幼馴染の
ちなみにママの言う『ひーくん』とは仁のことで、『ひーちゃん』は本当は『
仕方なくベッドからき上がって、着替えてリビングに行くと、とっても美味しそうな匂いがキッチンのほうから漂ってくる。みーちゃんが、今日のお弁当を作ってくれているのだ。
「純花の好きな煮豆も作ってあるよ」
「ほんと!? やったぁ!!」
ついつい喜んでしまう。私は豆類が大好物なのだ。
こっそりキッチンに行って、みーちゃんの後ろからこっそりお弁当の中身を覗く。
見れば煮豆のほかにも、グリーンピース入りのおにぎりがあったり、私の大好きなしらす入りの卵焼きがあったりして、テンションが上がってし今う。
ついついスキップしながらリビングに戻ってしまう。私もママのことは言えないかもしれない。
ママがうるさいので、予定よりも早めに家を出ることにした。場所は家から徒歩15分ほどで着く大きな公園。そんなに都会ってわけじゃないし、大丈夫だろうと予想していたけど、甘かった。
午前9時の段階で、そこは既にたくさんのブルーシートでいっぱいだった。
「場所、早めに取っとくね!」
なんて、ママは得意げに他の2家族に連絡を取っていたみたいなんだけど、行ってみれば既に、ひーちゃん家の家族がシートを引いて待っていてくれた。
「純花ーおはよう!」
「ひーちゃん!! 場所取ってくれてありがとうー!」
ついつい抱きついて、反動で私たちはくるくるまわってしまう。
ひーちゃんのママたちにも笑われてしまったけど、やっぱり楽しくなってしまうものは、仕方ない。
しばらく待っていると、仁のところの親子3人も現れた。
「あれー? みんな早いね」
「仁ー、遅いよー?」
「えー、待ち合わせ時間よりも早いもん!」
そんなことを言って笑い合う。
ひーちゃんたちが取ってくれた場所は、ちょうど大きい桜の木の下で、上を見上げると、薄いピンク色のお花と青い空とのコントラストが本当にきれいだった。
「ねー、あっち行ってみようよ!」
仁が目をキラキラさせて、公園の端の方を指差す。
そこにはなんと、大きい滑り台が!
それを見てしまえば、私もひーちゃんも、やっぱりテンションが上がってしまう。
今日はママが買ってくれた可愛いピンクのスカートを履いていたから、一瞬だけ迷ったけど。
「純花、行こー?」
そう言って、ひーちゃんが手を差し出してくるから。
もう、その手を取るしかなくて。
駆け出していく仁を、私たちも追いかけた。
大きな滑り台は、ローラーが付いていたり、くるくるカーブしているものもあって、スピードが出てすごく楽しい。
それからロープにつかまってびゅーんってなるやつに乗ったり、砂場に落ちたり、大きなブランコに3人で一緒に乗って漕いでみたりとかして。
お花見なんてもののことはすっかり忘れて、私たちはお腹が空くまでそうして遊んでしまっていた。
結果として、私たち3人はドロドロに汚れて、それぞれのママたちに叱られてしまったのだけど。
もうお昼だから、せめて手だけでもきれいに洗って、私たちはみんなでお弁当を食べることになった。
三家族が持ってきたお弁当をみんなで分け合って食べるんだけど、どのお弁当も美味しそう。
ひーちゃんのお母さんはクラムチャウダー?っていう貝の入ったスープを作ってきてくれて、それがすごく美味しくて。あったかくてすごく優しい気持ちになれる。
仁の家のお弁当には、パパの得意料理の唐揚げが入っていた。仁のパパの唐揚げは本当に美味しくて、スーパーで売っているやつとかとは全然違う。衣がカリッとしていて、ちょっと甘いのも私好み。しかも冷めても美味しい。
でも、やっぱり一番は、みーちゃんのグリンピースおにぎり。
ひーちゃんは、グリンピースのおにぎりは初めて食べたみたいで、すごく美味しいと言って喜んでいた。
ひーちゃんのお母さんも『お店のメニューに入れちゃおうかな?』なんて話すくらいで。
それを聞いたら私もすごく嬉しくなっちゃって。別に私が褒められてるわけでもないのに、なんだか得意な気持ちになってしまう。
やっぱり、みーちゃんの料理は世界一なのだ。
そんなことを思っていると、ママが。
「はぁ……やっぱり実璃の料理は世界一だなぁ」
なんて、ぼそっと独り言を言うもんだから。もう自分のことは棚に上げて、顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまう。
「ママ。そういうのは2人でやっててよね」
私がそう言ったら、みんなも笑っていて。
「菜瑠お姉さんも、みーちゃんも、本当ラブラブだよね。いいなぁ」
なんて、仁にまで言われてしまっていた。
「なに、仁。好きな子でもいるの?」
ママはちゃっかり仁にそんなことを訊く。
仁みたいなお子ちゃまに、そんなのいるわけないじゃない、って思うんだけど。
「い、いないもんっ。そんなのっ」
って、仁は顔を真っ赤にしていて。嘘だってことがバレバレだった。
そっか。仁は好きな人がいるのか。
別に興味ないし、誰だっていいけど。
「純花は? 好きな人とかいるの?」
今度はひーちゃんが、私にそんな話を振ってくる。
「うーん、私は『好きな人』とかそういうの、よくわかんない……」
「そっかー」
「ひーちゃんは、いるの?」
「うーん……私も、よくわかんない!」
ひーちゃんはそう言って笑うから、私も一緒に笑った。
しばらくして、桜の花びらがひらひら、と落ちてきて、ひーちゃんの髪の毛に付いて。
「あ、取ってあげる」
そう言って、ひーちゃんの髪に触れたら、なんだか甘い匂いがして。
お花の妖精みたいで、花びらを取るのがもったいない気がした。
なんだかそわそわして落ち着かないような、そんな気持ちになって。だけど胸の辺りはなんだか、ぽかぽかしていて。
そんな暖かい、ある春の日。
それがなんなのか、そのときの私にはまったく、わからなかったのだった。
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