第16話 私たちのクリスマスイブ(by菜瑠)
どうして、どうしてなんだろう。
……なんでこんな日に限って。
私はイライラしながらキーボードに指を走らせる。
今日はクリスマスイブ。なのになぜこんなにイライラしているかといえば、急にお客さんのところのwebサイトがおかしくなったとか言われて会社に呼び出されたのだ。
せっかく朝からクリスマス用の料理の仕込みをしようと思っていたのに。ローストチキンとかローストビーフとか赤ワイン煮込みとか、色々。肉ばっかりだけど。
今朝は起きるなり社用携帯に鬼のように電話がかかってきていて。確かにね、クリスマスセールの大事な時期だから、webサイトは急いで直して欲しいって、それはわかるけど。
普段そのサイトを担当していた部下の女の子は対応できないとかなんとかで、それでわざわざ私が呼び出されたのだ。もう、信じられない。
だから仕方なく、料理の仕込みを実璃に任せて家を出たのだ。ああ悔しい。今年こそは私がやろうと思ってたのに。
不機嫌になりながらも作業を終わらせた。別に難しい作業じゃないから一瞬で終わる。だけど朝から調子を崩されてイライラしていた。
「実璃ー終わったよ。今から駅行くから、ちょっと待ってて」
「はーい。お疲れ様」
速攻で実璃に電話をかける。実璃はちゃんと仕込みを終わらせてくれたみたいで、イライラしている私とは対照的に、とても穏やかな声だった。ああ、もう、ほんと好き。
今日は、実璃と久々のクリスマスデートだった。独身時代みたいに一日クリスマスの街をぶらついて、ランチを軽く食べてカフェでおしゃべりして、暗くなってからイルミネーションをちょっと観たら、混雑する前に家に帰って、二人きりで手作りのクリスマスディナーをいただく。そんな予定を立てていた。
高校二年生になった私たちの娘、純花は、今年はどうやら友達とクリスマスイブを過ごすらしい。『友達』なんて言ってるけど、どうも二人きりみたいだし、こんな日に一緒に過ごすなんて、きっと恋人に違いないと私は睨んでいる。
実璃に言ったら泣いちゃうだろうから、その予想については言わないでおいてあげているけど。
まあでも私も、寂しくないといえば、嘘になる。
あの小さかった純花が、もう恋人ができるくらい大きくなったんだなってことは、冷静に考えると感慨深い。
まあ、帰ったらクリスマスデートのことは根掘り葉掘り、聞いてやろうと思っている。うざいママだって自覚はある。一応。
「実璃、お待たせ」
駅に着いて、その場にいる一番素敵な女性に声をかける。どんなに離れていたって、私はその姿を一瞬で見つけることができる。
さっきまでのイライラは、実璃の姿を見た途端、一瞬で吹っ飛んでしまった。
実璃はデートらしく、今日は珍しく小綺麗な格好をしていた。それがなんだか嬉しい。
ちゃんとデートだって、認識してくれてるって、わかるから。
結婚しても、子供ができても。それでもずっとずっと、私を一番にしてくれる実璃。
私も世界で一番実璃だけを愛してる。
そう思ったら想いが溢れて。年甲斐もなく私は、実璃の腕に手を回す。
「なに、珍しいね」
「いいじゃん、たまには」
実璃もちょっと照れながらも、満更でもなさそうだ。
「今日はせっかくだし、ゆっくりしよう」
「うん!」
まわした腕を、さらにぎゅっと抱きしめて。そう、ここから始まるのだ。
私たちのクリスマスデートが、始まった。
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