第14話 初めての母の日(by実璃)

 5月第2週の週末。赤色の花たちで、そこかしこが彩られ始める時期。何があるかというと、母の日というやつ。


 今までは正直、親へのプレゼントなんてあまり考えたことはなかったのだけど。今年の私は、違った。


 とはいっても、あげる対象は自分の母親ではない。


 私がカーネーションをあげる相手は、愛しいパートナーの菜瑠である。


 去年の10月、私と菜瑠には新しい家族ができた。可愛い可愛い娘の純花だ。


 純花と私は血のつながりなんてないけれど、そんなことは全く気にならないくらい、可愛くて仕方がない。


 まあ菜瑠が産んだ子という時点で、実際私にとっては、父親が誰であろうと関係ないのだ。


 そして母になった菜瑠は、以前にも増して愛しい対象になった。


 あんなにワガママで飽きっぽい菜瑠のことだから、赤ちゃんの世話がちゃんとできるのか本当に心配だったのだけど、そんな心配は杞憂に終わった。


 菜瑠は本当に変わったのだ。泣きながら文句を言いながら、それでも私と一緒にやることをやっている。


 何にも知らない人からすれば、当たり前のことに思われるかもしれないけど、今までの菜瑠を知っている私は、心配になってしまうほどだ。


 だから私は、そんな立派なママ1年生の菜瑠に、母の日のお祝いをしようと思いついたのだ。



 

 当日の夜は、仕事帰りに市庁舎前の花屋で、予約していたカーネーションのブーケを受け取って、ケーキ屋で菜瑠の大好きないちごのケーキを買って帰った。


 そんな私を見て、同僚は『本当に、君んちはラブラブだよねえ』なんて言っていたけど、別にこれは、ふつうだと思う。


 ブーケの包み紙の間に、昼休みに書いておいたメッセージカードをしのばせて、準備完了。


 精一杯急いで、18時ジャストに帰宅すると、ちょうど菜瑠が純花にごはんをあげ始めたところだった。


「ただいまー。あ、純花、ごはんなんだ? 美味しそうだねぇ」

「実璃、おかえり。……ごめん、まだ純花のご飯しか作ってなくって」

「ううん、そんなのいいよ。料理、今から私がやるよ」

「ありがとう、お願い」


 最近の純花は、一時期よりもすっかり食べるようになって、それはすごく喜ばしいことなのだけど、菜瑠は純花用にいろんな種類のおかずをつくって、大人の分は忘れてしまうこともあった。


 それはそれで、菜瑠らしい気がして、かえって愛しく思うのだけど。


 冷蔵庫の中身を確認して、一応、菜瑠の許可を取ってから、ちゃちゃっと作れそうな親子丼とお味噌汁を作った。純花のごはんが終わってから、一緒に食べる。


「なんか実璃のごはん食べるの久しぶりだね。美味しい」

「あーそっか、最近残業多かったもんね。ごめん」

「まあ、あと1年弱の辛抱だし。来年からはよろしくね」

「はーい」


 来年の4月からは菜瑠が仕事に復帰して、私のほうが育休を取って純花の面倒を見る計画を立てていた。なんだかんだ、菜瑠はやっぱり外で仕事をしたいみたいだし、私は私で、純花と日中一緒に過ごす生活は楽しみだったりもする。


 夕飯を食べ終えて、おねむな純花を私がお風呂に入れて、菜瑠が寝かしつけて。一緒に寝落ちした菜瑠を起こして、お風呂に送り出す。


「わーーーー何これ! すごいっ! 可愛い!」


 菜瑠が寝ている間に、お風呂にカーネーションの花を浮かべておいたのだ。ブーケとは別に、色々な色の花を買っておいたので、可愛いお風呂になったと思う。


 興奮した菜瑠が裸で抱きついてきて、私に一緒にお風呂に入ろうと言うので、私は2回目のお風呂に入った。この展開を意図していたわけではないのだけど、久々の一緒のお風呂。楽しかった、うん。


 お風呂上がりに、準備しておいたブーケと手紙を渡す。サプライズは大成功と思われたのだけど。


「実璃のばか……」


 なぜか、そんなことを言われる。


「確かにさ、私はママ1年生だけど……それ、実璃もそうじゃん」

「あ、そっか」


 菜瑠が生みの親ではあるけれど、私だってちゃんと純花の母親であることには変わりはない。日頃ママと呼ばれてるわけではないから、ちょっと混乱しちゃうけど。


「私たち2人がママなんだからね。はい、実璃。プレゼント」


 そう言って、菜瑠は私に冊子を渡してくる。開いてみればそれは、手作りのフォトブックだった。私と純花のツーショットを中心に、三人の今までの写真がまとめられている。


「私、ちゃんと貯金してないから、こういうのしかできなかったけど」

「ううん……じゅうぶんすぎるよ……ありがとう」


 これを作るために、菜瑠がただでさえ少ない睡眠時間を削ったのだということは、想像に難くなかった。


「菜瑠」


 目頭の熱いものをこらえながら、ささやく。


「愛してる」

「……知ってる」


 ケーキを食べる前から、私たちは甘い甘い口づけを交わしたのだった。


 


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