第232話 新水前寺駅

鹿児島駅、貨物ターミナルに着いた36列車。ED76-122。

真由美ちゃんのお兄ちゃんである。


西鹿児島のひとつ先、港のそばにある貨物駅は

昔ながらのスレート屋根、海がすぐそば。

岸壁に打ち寄せる波が、ちゃぷん、ちゃぷん。


「停止位置、よし!」と。

標識にある停止位置を確認。


きちんと止めるのは、実は難しいが、もう慣れた。


長く、重い貨物列車を止めるのは、慣性を体で感じる、そんな感覚が必要。


ブレーキ・ハンドルを非常位置まで送る。

計器類を確認する。


空気圧、電力。電圧。


36列車は、ここで終了。


お兄ちゃんは、ふたたび折り返しで鹿児島本線を戻る。



「真由美のやつ・・・いつまでも甘えん坊だなぁ」と、微笑みながら。

真鍮色に輝くマスターキーを抜く。

仕業表を持ち、携行品鞄の中身を確認。

ついでに、自分用の鞄も。

懐中時計を計器板から外し、仕舞う。


旅客列車ではないので、携帯電話とか、飲み水、食べ物とか・・・。

そんなものを隠す必要がないのは気楽でいい。


乗務員室扉を開いて、ステップをよく確認して

梯子を降りる。


バラストの感触が、足裏に伝わる。


プラットホームが無いので、結構な高さである。


編成が長いので、まずブレーキが緩む心配はないが

一応、転動防止措置を取る。



「ふう」これで一安心である。



これから、帰着点呼。それから休憩ーーー折り返し乗務だ。


「17時頃には着くな」と、思う。

貨物列車のダイアは、あるが

結構アバウトである。


なぜかと言うと、旅客列車がよく遅れるので

旅客を優先するために、貨物列車の

遅延は、割とある。


それが理由だ。




「遅延がないといいなぁ」


妹が待っている。そんなことを思うと。

ひとりで待たせてもいけない。


「一応、駅で待っていろとは言ったけど」


ひとりで、熊本のような都会を歩くのは、ちょっと心配だし

第一、真由美自身が心細いと思う。


そんなことを思うから。








同じ頃ーーーーー。

あの、指宿で愛紗たちに会った管理局長は。


「日生」と言う姓の国鉄職員の存在が気になって。


自ら、共済組合に出向いた。



誰かに調べさせて、何かが見つかった時に

問題になる事を気にしたのだった。



共済組合では、別に局長だからと言って

特別扱いはしない。



ふるーい、木の引き戸を開ける。


がらがらがら・・・・。「んちわー」と、局長。



組合職員は「おや、珍しい。何かご用ですか?」


同じ年代の職員は、顔なじみだし

遊び仲間。


一緒に釣りに行ったり、ゴルフをしたり。

よく日に焼けている。


局長は「奥さんのご機嫌、いかが?」


遊びにばかり行くので、よく、どやされる(^^)。



職員は、掌を横に振る。


局長はにんまり「ウチと同じだな」



職員は「恐妻組合ですな」



ふたり、はっはっは・・・と、笑う。




局長は、組合員名簿を探して、自分で探してみた・・・・。



・・・・・こんなにいるのか。



珍しい苗字だから、少ないかと思ったが

結構な数。



昔ながらの帳簿なので、探し出すのも容易ではなかった。

その代わり、偶然見つける、なにか、もあったりする。


・・・・?


・・・・なんだろう、これ・・・?と。


共済組合なので、家族の氏名が一覧になっている。


加入者だから。






熊本、午後3時。


市電、水前寺電停から降りた友里絵たちは・・・。

道を間違えて。

水前寺公園の裏に迷い込んでしまった。



「ひろいねぇ。見えるけど・・・・入り口が、ない」と、菜由。


真由美ちゃんも「すみません、あまり来た事なくて」



友里絵は「そうだよね、地元って。あたしも足柄山とか登ってないもの」


由香「オマエが行ったら金太郎ちゃんが跨るぞ」


友里絵「熊かい、あたしは」と、笑う。



真由美ちゃんも、笑顔。「くまモンちゃんは好きですね」(^^)。





愛紗は「あ、裏門があるよ」

日曜は空いているけど、平日は閉まっている裏門に着いた。

つまり、真裏。



表門が向こうに見えるけど・・・ぐるりと回らないといけない。


菜由は「まいったなー。」


友里絵「便所行きたくなった」


由香「・・・そこの電柱」



友里絵「犬かい、あたしは」


菜由は「ハハハ。木酢液ないぞ」



愛紗「門の向こうにある」と、見つけた。



由香「でも、閂が掛かってる」



友里絵は「うー。緊急緊急!」と、

閂を開けて。


無理やり。キコキコキコ・・・。



隙間開けて、とてとてとて・・・。と。


トイレに、緊急着陸!(笑)。


ドアを、バタン。


じょぼじょぼじょぼ・・・・・(^^;


「ふー、間に合った。」


さっぱりして出てきて「あー、カイカーン」(^^)


菜由は「薬師丸ひろ子かい」


由香「ファンにどつかれるぞ」


友里絵「はははは」





自転車で、麦藁帽子のおじさんが・・・・・。公園の中から


「あー、すまんなー。掛かりがおらんで」


裏門の掛かりがいない時間、なのだとか。



おじさんは「入るかね?」



「あ、それじゃ、ちょっとだけ・・・。」4時半閉園である。



ちょこっとだけ、見せてもらった5人。




「ホントの水前寺って、道路の向こうなんだって」と、由香。


「そうなんだ。ここは公園・・・と言うか、庭園なの」と、愛紗。


「あたしの縄張りだ」と、友里絵。


「マーキングしてきたからなあ」と、菜由。


真由美ちゃんもくすくす。



由香「イヌだろ、やっぱ」


友里絵「んー、猫派」





公園の中をぐるりとお散歩。


「芝生が綺麗だね」と、菜由。


「ほんと」と、愛紗。



帰りは、正門からしっかりと。


綺麗なゲートまであって、舗装されなおした大きな道路。

大型観光バスでも楽々ね、と・・・愛紗はなんとなく思う。

12mの観光バスを運転した時の記憶が蘇る。

後ろの左端などは、まったく感覚でしかないし

バックでカーブ、なんて時は、特にそうで・・・

自分の12m後ろが、後輪の外側にあって、どの程度大回りするかは

目視はできない。

ある意味、鉄道より難しいのである。レールがないから。

その為、かなりの熟練者でないと、よく後ろの角をぶつける。

カメラがついていると言っても、画像が歪んで映るし

それを見て運転はできない。



そんなことを、ふと、思い出したりする。


観光バスの駐車場には、バスの姿はないけれど・・・。



ひろい舗道を歩きながら。友里絵と真由美ちゃん。楽しそう。


「でもさー、いつまでもかわいい妹でいられないでしょ?」と、友里絵。


真由美ちゃんは「そうかもしれませんけど・・・今は、まだこのままで。」

と、青空を仰いで。

そうすると、すこし長めの髪がさらり、と。

風にそよいで、かわいらしい。


由香は「お兄ちゃんも、嬉しそうだもんね。真由美ちゃんといると」

と、にこにこ。



真由美ちゃんは「ふたりでいると、文句ばっかり言うんですけど」と、にこにこ。


菜由は「かわいいから、気になるのね」

と、にこにこ。


真由美ちゃんは「かわいくなくなったらおわるんでしょうね」と、けっこう真理を突いている(^^



愛紗は思う。そう、可愛がられているだけなら別に。

でも、それだと・・・・何も自分で決められなくなる。


「だれか」が、決めてくれないと安心できなくなる。


今の自分もそうだな、と思う。



・・・誰か、が必要なのかもしれないけど・・・。

それを振り払うために、故郷を出てきたのだった。



でも、真由美ちゃんのように、可愛がられて

そのまま、可愛いお嫁さんになって。

かわいい奥さんで、一生を終える。

そういう人生も、あったのかなー、なんて。思ったりもする。


愛紗自身を、真由美ちゃんと。

何が違うんだろうな、なんて・・・・ふと、思ったりもした。




路地を歩いていると、目の前に築堤が見えた。

豊肥本線である。


真由美ちゃんは「左に曲がると、新水前寺駅です。そこから乗れば、高森まで一本です


ね。立野乗換えもあります」


友里絵は「そっか。きょうはありがとうホントに。」と。


真由美ちゃんは「私も、熊本まで乗ります。上りに。」と。


淋しいけれど、明日は乗務なので・・・もう、お別れの時間。



由香は「お兄ちゃん、待ってるかもね」と、にこにこ。



真由美ちゃんは「はい。駅で待ってろと言ってました。まだ機関車は走ってると思います。」




築堤沿いに歩くと、道路に出て。


道路に、さっきの路面電車が走っている。


新水前寺、と言う電停の標識が見えた。



道路沿いに、駅の入り口がある。


面白い駅で、道路の上にある橋がそのままホームになっている。

単線なので、片面ホーム



友里絵は「小田急みたい」

由香も「ほんと・・・。」

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