第32話 1列車、抑止!

同じころ・・・・

愛紗は、止まったままの1列車「富士」のB寝台個室「ソロ」で

雨の音を聞いていた。


非・現実感。


「このまま、すっと、止まったままでもいいな。」

なんて、思ったりもした。


旅って、いつか終わってしまう。


現実に戻らなくてはならなかったりするから


止まったままの列車、いつかは終点に着くのだろうけれど

それまでの間を楽しめる、そんな感じで


この、列車抑止を楽しんでいた。


もとより、急ぐ旅の人は

新幹線で行ってしまうだろう。



由香や友里恵たちは、この列車を追って

新幹線に乗っただろうか。



などと思った。

でも、それは友人を案じての事で


気分としては、このままひとり旅を続けたい、と言う気も

あった。


由香たちは、愛紗と違って

現実的。地に足を付けて

着実に生きている。


そんな感じがした。


愛紗は、と言うと


なんとなく、幻想の中にまだ居たい。


そういう気分であったりもする。



そんな愛紗に、この旅は

とても楽しいものであった。


できるなら、このまま・・・・・。







一方の由香達は、新幹線にようやく乗れて

「ねえ、愛紗の列車、どうしてるんだろう?」



と、携帯端末で


1列車、寝台特急「富士」の

位置を調べた。


由香は「まだ、さっきのままみたい。用宗駅かな、そこで止まってる」



友里恵は「じゃあ、浜松で追いつくかな」



由香は「それは、お天気次第。雨が弱くなれば、走るだろうし」



と、言って。


雨雲レーダーを見た。


「まだ、しばらくは降りそうね。」




友里恵は「じゃ、浜松で下りられるかな?」


まだ、列車は静岡にも達していない。


雨の関係で、新幹線も速度を落としているからだった。


普段なら、新富士ー静岡は20分くらいなのだが、少し遅れている。




由香は「わかんないよ。そんなの。掛川を過ぎる辺りまで。」



友里恵も「そうだね・・・。ほんと。無難に豊橋まで乗ろうか?」



由香は「それもいいけど、新幹線が止まったらアウト」




友里絵は「なるほど・・・。」




由香たちの乗った新幹線が、静岡に到着する頃には

すこし、雨は小降りになったようだった。



「よし!このままいけー。」と、友里恵は思った。


乗客は少ない。



車内アナウンスが入る。



「既に遅れておりますが、後続ののぞみ号を先に通す為

今しばらくお待ち下さい。信号が変わり次第、発車します。」




ああ無情。



「ああーん、そんなのないよー。」と、友里恵が言ったので


斜め前にいた、年配のご婦人がにっこり、と笑った。


由香もちょっと恥かしくなって「すみません」と。






その、のぞみ号を待ったために、更に5分くらい遅れた。




由香は「愛紗の列車は・・・・と。あ、動いてるみたい。」



雨が小止みになったので、走り出したのだ。







愛紗の部屋のスピーカーから、ハイケンスのセレナーデのオルゴール。


大変長らくお待たせいたしました、ただ今、信号が変わりましたので

出発致します。


とのアナウンス。



ごとり、と

列車が動き始める。



ゆっくり、ゆっくり・・・。















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