第24話 【二人の過去】

 王都を出発して三日。

 陽に照らされて青々と輝く平原の道を、小高い丘に向かって馬車は進んでいる。


 先日のはぐれ魔物モンスターとの遭遇以来、目立った問題もなく順調な旅路。

 道程はその半分ほどを消化していた。


「サシャとミシャは、グレイマン……エミリアを『姉さま』と呼んでいるが、血縁者……というわけではないのだよな?」

 俺は先日から気になっていたことを、『大隊長』という言葉を避けつつ、そう尋ねた。


 エミリアは人族、サシャとミシャは猫耳テト族。血の繋がりがないことはわかりきっているのではあるのだが。


 馬車での旅も今日で四日目になる。

 それにも関わらず、俺は二人のことをほとんど知らなかった。


 単純に二人のことをもう少し知りたい、そう考えての質問だ。


「先日も少しお話しましたが、姉さまはワタクシちちの生きる意味なのですにゃ」

 サシャは淡々とそう答える。


「――生きる意味?」

 初めて聞いた時も少し引っかかったが、その言葉はいささか重すぎるように感じる。

 それとも、それほどの事があったのだろうか?


 サシャが再び口を開く。

「――貧乏な生まれの猫耳テト族は、貴族に身売りされることがあるのですにゃ」


 猫耳テト族はその愛くるしい見た目ゆえに、貴族などから人気があると聞いたことがある。


 中でも双子の女の子は抜群の人気があるらしいが――。

「二人もそうだった……のか?」


「そうですにゃ! ワタクシたちは三年前に両親に売られたのですにゃ!!」

 食いつくようにミシャが答える。


「ああ、でも両親に恨みはないですにゃ。ワタクシたち全員が生き残るためには、仕方のない選択だったのですにゃ」

 サシャはあっけらかんと答えた。


 そしてそのまま続けて、

「ただ誤算があったとしたら……貴族たちの中にはいかがわしい考えを持つ輩もいたということですにゃ。いや、ほとんどがそういう輩かもしれないですにゃ……ワタクシたちが身売りされた先で待っていたのは、まるで奴隷商のような売人と、品評会と称したオークションだったのですにゃ」


「……」

 俺はサシャの話に言葉が詰まった。


 一部の貴族が腐っているとラザリーに聞いてはいたが……どうやら俺の想像以上だったようだ……。


 オークションが開かれるほどの規模であるならば、そこにはそれなりの数の貴族たちが参加していたことがうかがえる。


 俺はそんなことを考えていると、ミシャが

「でも結局、ワタクシたちは身売りされなかったのですにゃ!!」


「――それはなぜだ?」


「ワタクシたちが出品されるオークション会場を、騎士団を率いた姉さまが取り押さえたのですにゃ!!」

 そう話すミシャはどこか誇らしげだ。


「ミシャ」

 サシャは、『騎士団』という言葉を使ってしまったミシャに釘を刺すように呼びかける。


「あっ……ごめんなさいにゃ……」

 誇らしげな顔は一転、ミシャはしゅんとした顔でそう話した。


 ――双子、と言ってもこうも違うものなのだな。


 どうやら二人は双子と言ってもその性格が異なるようだ。

 サシャは冷静なしっかりもの、ミシャは喜怒哀楽豊富な元気な子、といった印象を受けた。


「しかし、エミリアがそんなことを……いや、待てよ……もしや……」

 俺は三年前のある日、エミリアが騎士団長の任を突然解任されたことを思い出した。


 当時の俺にはその理由など知る由もなかったが、今の話を聞いて合点がいった。


 報復か――。


 グレイマン家はグランフォリア王国ではかなり名の知れた貴族。

 それこそ、騎士団長を任されるほどの名家。


 だが、そんなグランフォリア家であっても多数の貴族たちを敵に回して、無事では済まなかったのであろう。


 おそらくエミリアの騎士団長の解任はオークションを潰した報復に違いない。


 エミリアもオークションを潰したらどうなるのか……騎士団長の地位を捨てることになることはわかっていたはずだろうに……。


「おそらくヒュージさんのお察しのとおりですにゃ。最悪の現実に直面して生きる希望を失いかけたワタクシたちを、姉さまは自らのことを顧みずに救いだしてくれたのですにゃ」


「それ以来、そんな姉さまにご奉仕するのがワタクシたちの生きる意味になったのですにゃ!!」


「――なるほどな。つらい過去を思い出させてしまったのならすまない。そして、話してくれてありがとう」


「いえ、問題ないですにゃ。それにワタクシたちは、姉さまと生きる今がとても幸せなのですにゃ」

 そう話すサシャの表情は、これまでで一番穏やかなものであった。

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