第19話 【ナタリー】

 洞窟の内部に入り、しばらく真っ直ぐに進む。


 すると、奥の方から男の話し声が聞こえてくる。

 話し声の元へと近付くと、そこはT字の分かれ道。

 話し声の主は小太りの男と髭面の男であった。

 二人はそれぞれの道の番をしているようで、槍を片手に立っている。


「しっかしよ、こんなところ誰もくるわけねーのに五人も必要なのかね? あと二か月もこんなところにいなきゃなんて退屈しちまうよ」

 髭面の男が不満そうにそう話す。


「さあな。だけど、国王さまからのご命令だ、逆らうわけにはいかないだろ」

 小太りの男も退屈そうにそう返す。


 目標のほかに五人いるということか。アンジュの探知どおりだな。

 しかし……国王の命令? どういうことだ?


「噂じゃこの女を生贄に使うんだとか」


「生贄? なんの生贄だ?」

 小太りの男は興味津々といった具合でたずねた。


 しかしその時、髭面の男の道から誰かが近付いてくる足音が聞こえてくる。


 それは洞窟に反響しながら、徐々に近付く。

 そして一人の神官風の男が姿を現した。

 金髪の長髪で中肉中背、中性的な顔立ち。


「あなたたち、その噂をどこで?」

 神官風の男は、二人を舐め回すように見ながらそう話した。


「し、神父さま!! あの女に面会にきた男が話しているのを耳にしました!」

 髭面の男は敬礼をして答える。


「そうですか。――ですが、あまり不確かなことは話さないほうが身のためですよ? あなたたちの代わりはいくらでもいるのですから」

 神官風の男はそう言うと、二人に向けて笑みを浮かべる。


 その笑みは、悪意のかけらも感じさせないほどの、純真無垢な笑み。


 そして神官風の男は小太りの男の道へと去って行った。


 ――なんだ、あの男は……それにあの笑い方、普通じゃない。


 それは二人の男も感じ取ったゆなうで、

「…………」

 まるで置物のように黙り込んでしまった。


 …………しばらくしても固まったまま動かない。


 ――何か情報を得られるかと思ったが……。

 仕方ない、まずは神官風の男が来た道から探ってみるか。


 そうして俺は髭面の男が立つ道へと足を進める。


 しばらく道なりに進んでいくと、突然として道の先が一際明るく輝く。


 あれは――?

 さらに足を進めると、そこには椅子や机、それにベッドまでもが配置された部屋が広がっていた。


 それはまるで、居室かと見まごうばかり。


 ただ一点、鉄格子で入り口を塞がれていることを除いて。


 なんだこれは? こんな場所に居室が??

 何のために?


 するとその時、ベッドから誰かが起きあがり、そのままベッドに腰掛けた。


 そこに居たのは赤髪の少女。

 その足には自由を奪うように鎖がはめられ、部屋の壁に繋がれている。


 起きあがった少女は、何をするでもなく、どこかをボーッと見つめている。


 あの赤髪……どこかで見たことが……。


 そして俺は気付いた。


 あれはナタリー……ナタリー・グランフォリア!

 リカルド国王の腹違いの妹だ。


 しかし、ナタリー姫がなぜこんなところに?

 それに顔からも覇気が消えている。


 王城内で、ナタリー姫はやんちゃで有名であったはず。一部の従者から『やんちゃ姫』と呼ばれるほどに。

 そのころの面影はかなり薄く、その変貌ぶりにナタリー姫だと即座に気付けなかった。


 しかし、これでグレイマン大隊長が『ヘミング峡谷』にいた理由に合点がいった。


 あの方とはナタリー姫さまのことか。

 あそこまで頑なに語ろうとしないことにも納得できるが……果たしてグレイマン大隊長はこの状況をどこまで把握しているのだろうか。


 捕らわれているとわかっていたのならば、グレイマン大隊長の調査部隊だけではなく、近衛兵団や戦闘部隊の精鋭を連れていないのはおかしい。


 そんなことを考えていると、俺の来た道から何者かの足音が響く。

 足音は徐々に近付き、そして一人の男がランプに照らされた。


 執事服に身を包んだ初老の男。

 その男の手には、料理の乗った盆。


 そして鉄格子の前で立ち止まり、

「姫さま……お食事をお持ちしました。こちらに置いて起きますので……」

 執事服の男はそう言うと、盆ごと鉄格子の前に置いて立ち去った。

 その瞳から涙を溢しながら。


 どうやらこの洞窟にいる全員が、ナタリー姫が捕らわれているこの状況を望んでいるわけではない……ようだな。


 しかし、どうしたものか。


 ここで鉄格子を破壊するのは簡単だ。

 だが、ナタリー姫を捕らえているやつらがどこの誰だかわからない以上、下手に騒ぎを起こすのは避けた方がいいだろう。


 それにナタリー姫の変貌ぶりをみると、ナタリー姫自身に何かされているのは明白。

 仮に精神を抑え込む薬などが使われていたのなら、下手に動かすのは危険だろう。


 ならばここは一度、戻って情報を整理するのが得策か――。


 そうして俺は、洞窟の入り口へと急ぎ引き返したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る