第8話 【リカルド国王】

 グランフォリア王国――玉座の間


 広々とした玉座の間には多数の兵士と文官が整列し、絢爛豪華けんらんごうかな装飾がそこかしこに施され、贅の限りを尽くされた玉座が主を待つ。

 前国王時代は質素なしつらいだったのだが、新たな国王の命により特別にあつらえられた。


「リカルド国王のおなーりー」

 玉座の間に入場したリカルド国王は、そのふくよかな体にきらびやかな衣装をまとい、光り輝く王冠を戴いている。


 そしてその後ろにはあでやかなローブをまとった黒髪の男――ローザンヌ・スローレン。

 リカルドの最側近でリカルドが唯一意見を求める相手だが、その出自は俺を含めた家臣たちの誰も知らなかった。


 リカルド国王が玉座に座ると、一拍の間ののち、

「「「「偉大なるリカルド国王に忠誠を!」」」

 家臣たちは皆、玉座にむかってひざまづき、片手を地面につきながら頭を下げながら唱和しょうわした。


 リカルド国王は、その光景に悦に入った表情を浮かべる。

 そして整列した家臣たちに向かって、

「『九鼎大呂きゅうていたいりょ』の件はどうなっておる?」


「はっ!」

 俺は立ち上がり、敬礼をする。


 そして一歩前に出て再び片膝をつき、

「王命のとおり、『九鼎大呂きゅうていたいりょ』は解体となりました」



 リカルド国王は俺の気持ちと対照的に、不遜な笑みを浮かべて、

「ご苦労。何の役にも立たないクズを排除できて清々しいわ。宝箱を迷宮ダンジョンに置いてくるだけの、誰にでもできる簡単な仕事のくせに高給を取りおって。そんなものはその辺の雑兵ぞうひょうにでもやらせておけばいい。それにそんな役立たずどもを放っておくからいつまでたってもヒストリア教国を潰せんのだ。――だが我は違う。我は今までの駄王とは違うぞ! 我がグランフォリア王国を改革してみせるのだ!!」

 そう力強く語ったリカルド国王は隣に控えるローザンヌに目を配る。

 するとローザンヌがリカルド国王に耳打ち。


 そしてこう続けた。

「それで次の策だが……低ランクの冒険者が集まる迷宮ダンジョンに高ランクの魔物モンスターを放つ。これにより、冒険者どものより素早いレベルアップにつながるだろう」


 確かに、高ランクの魔物モンスターのほうが多くの経験値を得ることができる。ただし、狩ることができれば……だ。

「で、ですがもし冒険者たちがその魔物モンスターを倒せない場合には――」

 倒せない場合には、低ランクの冒険者の行き場がなくなってしまう。そうなると、冒険者の成長を鈍化させることにつながりかねない。

 俺はそう口に出そうとするも、リカルド国王に制される。

「だまれ。もうすでに試験的に始めておる。これ以上ケチをつけるのならば、お主も……」

 リカルド国王を俺を睨みつける。

 それはまるでゴミを見るような冷たい瞳。


 絶対的な権力を前にたまらず口を塞ぐ。

「…………」

 握りしめられた拳からは赤い血が流れ、石が敷き詰められた床にしたたっている。


 俺以外の前国王体制で前国王を支えていた文官たちは皆、左遷・免職などでその地位を奪われた。リカルド国王にいわれのない難癖をつけられて……。


 しかし、俺だけはリカルド国王の体制下であっても、政治的に重要な役職を任されていた。

 前国王体制から継続して軍務・資源調達・冒険者育成・外交の役目を負っている。


 ――なぜ、俺だけが??

 リカルド国王が何を考えて俺だけを残したのか、その意図は俺にはわからない。


 ただ一つ言えるのは、これだけの役目を持った人間がいなくなれば、グランフォリア王国は一気に破滅しかねない。


 だからこそ、いまは上手く立ち回って、耐えて、耐えて、耐え抜かなくてはならないのだ。

 それがどんな苦痛であっても。

 全てはグランフォリア王国のために……。


「よろしい。これでグランフォリア王国の冒険者どもはより成長する。そしてヒストリア教国を潰し、この世界を我が統一する。我のことは世界を統べた大王として後世まで語り継がれるであろう! はっはっはっは!!」

 リカルド国王は高笑いをあげながら立ち上がる。


 瞬間、

「「「「偉大なるリカルド国王に忠誠を!」」」

 家臣たちは再び唱和しょうわした。


 そうしてリガルド国王はローザンヌを引き連れて玉座の間を退室していった。

 その顔に恍惚こうこつの表情が浮かべながら。


 ☆


 我は国王の執務室へと戻ると、守衛に扉を締めさせた。

 執務室にはローザンヌと二人だけ。


 ――こやつが美女であればよかったのだが、まあそれは仕方がない。美女は後ほど存分に楽しむとして、

「ラザリーのあの悔しそうな顔は滑稽こっけいであったな」

 我は跪くローザンヌに向かいそう話す。


「ええ、本当に滑稽こっけいでございました」

 ラザリーに似つかわしくないあの美しい顔立ちが、苦虫を潰したかのように崩れていく様は最高の見せ物であった。


「だが少しばかり反抗的だな。お主に言われたとおり、ラザリーだけは残しておいたが……もうあいつがいなくてもいいのではないか?」

 それにラザリーはあの愚王の息のかかった者だ。その存在からして我には不快である。


「いえ、いまラザリーがいなくなってしまうとおそらくは国政が回らなくなるでしょう。――そうなると、ヒストリア教国に付け込まれるおそれがございます」


「――ほう。ならばどうすればよい? お主なら何か良い考えがあるのであろう?」


「もちろんでございます。いま私の信頼できる人物を王都に呼び寄せておりますので、その者が到着し次第、ラザリーと交代させましょう。ですので、ラザリーの件は今しばらくお待ちくださいませ」


 仕方がないが、ヒストリア教国に付け込まれるよりはマシだ。

 この世界を統べるのは我。そのためには少しだけ耐えてみせよう。

「うぬ。――それと、ヘミング峡谷の様子も変わりはないな?」


「ええ、もちろんでございます。リカルド陛下に反抗した愚かなる者は峡谷にある秘密の独房で大人しくしております」


「そうかそうか。偉大なる我に従っておればよかったものを。このことはラザリーはもちろんのこと、誰にも知られぬようにな」

 あの大バカものは前国王派のやつらから信があつかったからな。

 万一、見つかってしまっては面倒だ。


「ええ。は冒険者の仕事を視察中に行方不明になったていにしておりますので、そこはぬかりなく」


「うぬ。やはりお主を雇って正解であったな。これで我の地位も盤石ぞ! はっはっはっはっは!!」


「リガルド陛下は何も心配することはございません。わたくしめに全ておまかせあれ……」

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