第26話 満月の晩





それから、ふたまわりした

満月の晩。




神は、ルーフィたちに裁定を下した。


いや、待ってくれたと歓迎すべきだろう。

本来なら、それを断られている筈だったのだ。






「では」と、神は、めぐに契約通り、授け物をした。

遡って出生時、命を元通りにする、と言うのである。

時間を逆転させ、めぐは新たに生まれる。



つまり、時空の歪みが

生まれてから18年の、異なる世界を作っていた。






それが、元に戻る。



同時に、天使さんも天に戻る。





「それでは、術を」と、神は

平然と、儀式を始めると.....



草原はゆらぎ、夜闇に陽炎のような

空間が析出した。



時空の捻れだ。




天使は、めぐから離脱し

半透明の翼、金色の粉が浮遊し

きらきらと、閃光は神々しく。


柔和な微笑みは、やはり天の調べ...




「あ....」



草原に、子猫が。



天使を見上げ、黙って見つめていた。





天使は、その雰囲気を察した。




それは、転生した、あの悪魔くんだった。






人間界を去り、彼は悪魔としての生命を自失し

再び魔界の裁定を受けた。



いきさつを理解した魔王は、「それは、善行である」と

動物に転生し、人間界に戻るように命じた。



「最後の別れになるであろうが。せめてもの情けである」




愛する心は、魔王にも理解できるのだろう。








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それぞれの記憶



「でも、ルーフィ?」と、わたしは呼びかけた。


彼は、わたしを見て、微笑んだ。「なに?」



「めぐちゃんの、いままでの記憶ってどうなるの?

それって、淋しくない?せっかく、思い出を

重ねて生きてきたのに」と。



ルーフィは、少し考えて

「これまでの18年の人生に、魔物や天使さんの

記憶は、めぐちゃんにない筈だから。

時間旅行させて元に戻さなくても...いいのにね。」と

ルーフィは、思ったけれど

神様には、お考えあっての事だろうと思って。


黙っていた。

折角、命を助けてくれるのだから、と

そんな思いもあった。




でも、一応聞いてみる(笑)。


「あの、神様?めぐちゃんは、何も知らないのです。

今までの思い出を、残してあげては貰えませんか?」



お友達ができたり。

学校へ行ったり。

図書館へ行ったり。

いろんな記憶は、もう、戻らない時の

大切な、すてきな瞬間の積み重ねなんでしょう。




神様は、少し考えて「その娘には、能力がある筈だ。

天使が宿っていた事も、気付いているかもしれない。」


と、事も無げにそう言った。



「まさか....。」と、わたしは絶句した。



神は、その言葉を裏付けるかのように

「その娘は、もうひとりの君だ。ならば当然だ。図書館で

何度か、時間を逆転させている。」



そうか。


そういえば、ベランダから転落した坊やを助けた時。

屋上から墜ちそうになった人を助けた時。


必死になった時に、能力が現れたのね....。



それは、天使さんの力じゃなかったんだわ....。




その時、天使さんは

飛翔するのを止め、地上に舞い降りた。



神は、驚愕し「何をする。天に戻れなくなるぞ。」



天使さんは、子猫の姿の元、悪魔くんのそばに舞い降りて


優しく、猫の背中を撫で、胸に抱き留めた....。




涼やかな声で「わたしは、この子と共に...地上で生きます。

次に転生した時、人間になって。

そして、いつか、天に昇れるようになるまで。

一緒に生きたいと思うのです。」



天使さんは、生命が長いので

それは十分可能だ。




神は、無言で、厳しい表情をしていた。




天使さんは、穏やかな慈愛に満ちた表情で

「この方が、こうなってしまったのも、また

私の力足らずだと思うのです。どうか、

わがままをお許し下さい。その時が来るまで

裁定をお待ち頂けないでしょうか。

めぐさんが、きちんと能力を使えるまで

わたしが、お守りしたいと思うのです」



天使さんは、静かに、爽やかな夏の朝の風のように

答えて。


美しいメロディに聞こえる。





「きれいな声ね」と、わたしは感嘆。



「うん。それは至上の音楽だもの」と、ルーフィ。



ヨハン・セバスティアン・バッハのバロック音楽、「主よ、ひとの望みの喜びよ」を、ちいさな頃初めて聞いた時みたいな感動を、わたしに、その声はもたらす。




神様も、その声に感銘を受けたのか

「よろしい。思うがままにするがいい。

ただし、それまで天には戻れぬぞ。よいな?」



天使さんは、静かに子猫を抱いたまま飛翔し

めぐの元に戻る。


子猫は、めぐに寄り添った。







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休息



天使さんは、思う。



...めぐさんの、ルーフィさんへの気持ちは

まだ、そのままですもの。






めぐが、0歳に戻るなら

当然だけど、ルーフィの思い出も

消えてしまうから。


せめて、しばらくの間

思い出を、そのままにしてあげたいと

天使さんは思ったのだった。





「にゃご」




めぐの足下で、子猫がすりすり。



「あ、かわいいー」めぐは、にこにこ。



それは、悪魔くんが転生した子猫だけれども

前世の悪魔だった記憶を、たぶん、忘れている。

転生とはそういうもの。




それでも、その子猫が

いつか転生して、人間になって。

人間から、転生して

天界に行ければ。



天使さんと、一緒になれるかも、しれない。




猫の記憶のどこかに、前世の記憶が残っていれば、の

事だけれど。







めぐ自身は、ただ、猫をかわいがっている。



ゆびさきで、ふわふわの猫を撫でて。


猫は、ゆびにじゃれている。「にゃご」




「そう、あなたのお名前は、にゃご、さんね」と、めぐは

にこにこ。




「にゃご」猫は、返事をしたみたいに。




「ミルク、あったかなー」めぐは、子猫を抱いて、にこにこ。







「これでよかったのかなぁ」と、わたし。



「わからないけど、でも、とりあえずは...」と、ルーフィ。





天使さんのしあわせ、ってなんだろうなぁと

わたしは思った。


結局、ひとりきりでまだ、人間界に残ってる。


誰か、のために.....



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天使さんのしあわせ



天使さんは、それでじゅうぶん

しあわせ、だった。



どなたかが、それで

しあわせになってくださるのなら...



言うまでもなく天使なので(笑)

自身の欲などはない。


生物ではないので、自明の理である。

ほとんどの欲は、生命維持に起因する。

ただ、人間の場合は


心の中に4次元の空想が出来るので

際限なく、時間・空間の広がった欲ができてしまう。



それを、現実の、目前の3次元空間に

妥当に適合させる事が、認知であるが


たまたま、他の人と利害が衝突すると

争いになる。



言葉にすると単純で、そんな事で争う人間は

愚かと思ってしまうが



それは、天の視点である。




生命体として、争う事もあるのが

人間だ。それでいいのだ。




でも、天使さんにはそれがないので

猫に転生した悪魔くんが、しあわせに

なってくれる事を願い


お手伝いをしている、と

そういう事らしい。





いまは、無垢な存在になったにゃご、が

これから、どんな経験をして

やがて、転生していくのか?

猫のまま、なのか。



それは、今はわからない。






「向こうじゃあ、わたしたちを気にしてるかなぁ」と、わたし。



「だいじょうぶ。いつかみたいに、ほんの一瞬なんだよ、向こうでは」と、ルーフィ。



4次元は、時間が伸縮するので

向こうの、ふつうの3次元世界で一瞬、の間に

わたしたちは、長い旅ができる。



「そうすると、わたしたちの寿命って、どうなるのかしら」と、わたし。



「寿命って?」と、ルーフィは不思議な顔をする。




いつのまにか夜が明けて、朝のとばりが

訪れる。




「記憶とか、いっぱいあるし、時間が経つと

年取っちゃう」と、わたしはちょっとお肌の衰えを気に(笑)




ルーフィは、楽しそうに「それは、だから。

あっちに戻ったら記憶のひとこま、だもの。

思い出って、いつでもどこでも思い出せるでしょ、それは

4次元だから。いま、僕らはそんな時にいるわけ。

だから時間旅行なの。ここは空間も歪んでたけど。

いまは、空間歪みは無くなってきた」と、ルーフィ。






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