第6話 いつもの月曜


spark!☆


閃光と共に、わたしは異空間に飛ばされる。


「ルーフィ、ルーフィ!」


藁を掴むように、彼を呼ぶ。



「僕はここにいるよ」


と、深山の泉のように彼は、涼やかな声で答えるので

そのことに、わたしは安心する。




「どうなっちゃったの?」と

空間を漂いながら。


暗黒の空間のようで、でも

ところどころに光が流れる

不思議な感覚のなかで。




「うん、君は未来に戻りたいと思った、だから。」




ルーフィは、ほほえみながらそういう。


「それだけのこと?ルーフィが魔法を掛けたの?」

と、わたしが尋ねると、彼は



「いや、僕はそばにいるだけさ。」

と、平然とそう言うルーフィ。


わたしは、ちょっとびっくり。

自分の力だけで、こんなこと...



魔法って、こんなこと?



「ねぇ、ルーフィ?」



「なに?」




「あなたのご主人様の眠りを醒ます鍵って、なんなのかしら」




つい、聞いてみたくなった。唐突だったけど。



「...そうだなぁ。お伽話ならお姫様のkissとか」

と、ルーフィは楽しそうに答える。



そうだ、君がしてみたら、なんて言うルーフィ。


「怒るわよ」

私は反射的にそう言った。




どうして?とルーフィはちょっと驚いて。



「だって、好きでもない人とそんなこと」

それに、ルーフィ、あなたがそんなこと私に言うなんて。


その言葉は飲み込んだけど。



ルーフィは、ちょっと理解不能、と言う顔で


「pardon,ごめん、そうか。君って可愛いなぁ。」




なんて、言う。

どういう意味かよく解らなかったけど、でも

ルーフィに可愛い、って言われて

なんとなく、嬉しかった。


空間を漂う、不思議な旅だけど

ふたりきりで誰もいない旅。

結構、ロマンティックかな。


なんて、私はにこにこしながら。..そう、わたしの生まれるずっと前にレコーディングされた「恋はみづいろ’77」のアレンジに

わたしが関わっていたなんて。

ちょっと素敵、どきどき!


「あ」



わたしは、あることに気づいた。



「でも、過去を変えたことにならないの?」




ルーフィは、平然と答える。


「ほら、書いたのはモーリアさんだもの。君は

ピアノを弾いただけで。それに、作家はよく言うでしょ?

天からアイデアが降りてくるって。あれは、ひょっとすると

タイム・トラベラーが来たんじゃないかな。

ノストラダムスの時は宇宙人が来るって言われてたね。」




...そっか。わたしって宇宙人?


「ねぇルーフィ」


「なに?」



「あの曲って大ヒットしたのよね、わたしにも印税こないかしら(笑)」



ルーフィは、にっこり笑って

「女の子だなぁ、そういうとこは。どうやって未来に送るのさ、印税。」




..そっか、残念だなぁ。

そう思っているわたしに、ルーフィは



「でも、あのメロディだって君の記憶にあった

誰かのメロディが、君っていうフィルターを通して出来たものさ。ショパンか、シューマンか知らないけど。

ひょっとしたら、モーリアさんの曲かも。

音楽ってそういうものさ。今度は、あの曲を聞いた人が

新しいメロディを思いつくのさ。素晴らしい事だよ、それは。」




ルーフィの言葉に、わたしは清々しい気持ちになった。

そうよ、わたしは音楽をクリエイトしたんだわ...。




flash☆その、空間の旅も

長いようで、一瞬だった。


そう気づいた時のわたしは

普通の月曜日みたいに

坂道を歩いて、路面電車に乗って。


仕事を貰っている雑誌の編集部に行くところだった。



「あ、あれ?」

時計を見ると、月曜の朝9時。


1976年に居た時間も、こちらではほんの一瞬....



「そう。だから時間旅行って4次元なんだ」


ルーフィの声が、リアルに響く。



「4次元って?」

わけわかんないよぉ。



「うん、時間軸が伸び縮みする。まあ、異空間を行き来する間。ほら、2回日曜日が来たみたいに。」



....そんなのってあり?じゃあ、朝ご飯の後の

ほんの一瞬の間にわたしは、1976年に行って来た、ってことなの?




「そう、だから4次元の旅なのさ。」

ルーフィは、ことも無げに言う。

ぬいぐるみの姿のままだと、ちょっとユーモラスだけど。



「でも、ルーフィ、そんな大きなぬいぐるみ抱えて

編集部に行くのはちょっと...」

と、わたしが言った瞬間


彼はマスコットになって、わたしのかばんに収まった。


「そのくらいのほうがかわいいぞ」って、わたしは

ルーフィのほっぺをふにふに、とつまんだ



やめろって、こら。魔法かけちゃうよ、って

マスコットのルーフィは笑った。



ふつうに見てると、女の子が

お人形で遊んでるみたいにしか見えないと思う。


だけど、彼は魔法使いさん。



よく、女の子がお人形とおはなししてるけど

ひょっとしたら、あの中にも

魔法使いさんがいるのかなぁ、なんて

わたしは思った。


路面電車の停留所に、昇りの電車が来る。

からんからん、と鐘を鳴らしながら。ゆっくりゆっくり。


いつものようだけど、ちょっと違う月曜日がはじまった。




路面電車は、海岸通りをことこと走って。

石畳のペイヴメント、お花屋さんの店先。


からんからん、と鐘を鳴らすと

にゃんこが、のびをしながら歩いて行く。路面電車は、坂道を上って

雑誌の編集部がある街角へ。


石造りの古い建物、ちょっと趣を感じる。

本を書く人が喜びそうな感じかな、なんて。


かばんを下げて、路面電車のステップを降りた。


からんからん、と

鐘が鳴って


路面電車は、走り出す。

石畳の道を。



わたしは、ルーフィと一緒に

編集部への石の階段を昇っていく。

建物の中なのに、石の階段って

最初は変に思ったけど、でも

いろいろ本を見ていくと、ヨーロッパの古いお城みたいで

それは結構貴重なのかな、なんて思った。


「ねえルーフィ、ここって古い建物だけど

なにか気配を感じる?」




ルーフィは、かばんの中で

「うん、でもまあ魔物とかはいないみたいだよ」

と、楽しそうに答えた。

「魔物退治とかしてみたい?」

なんて(笑)



「そういうのって面白そうだけど、物語としては」

と、わたしは答える。でも、現実に

自分が退治するのはちょっと怖いなって思ったりする。


編集部への石段はちょっと薄暗いけど

特に不気味、と言う訳でもない。


魔物はこういうとこにはいないんだろね、と

わたしはルーフィに話しかけた。



そうかもしれないね、とルーフィは静かに答える。


編集部の扉を開き、中に入る。

雑然といろいろな資料が置いてある。

ふつうのオフィスだけど、そういう感じがちょっと違って

綺麗な制服を来たオフィースレディ、はいない。


もちろん、通りに面した受付には居るのだけど

編集部は、人の出入りが激しいし

わたしのような外部の者が入りやすいように

通用口が開けてある。

雑誌社だから、締め切りが近いと

深夜もそうした出入りがあるからなのだけれど。


もちろん、わたしのように

たまに、のんびりと旅行に行って

原稿を書いている者には

無縁な話、なのだけれど。


いつか、作家になったら

そんな風に、忙しく原稿を書く毎日が

来るのだろうか、なんて夢半分に思ったり。



「そう、信じればできるさ」と、ルーフィは話しかける。

そうかしら、とわたしは思う。



「だって、君は音楽家になりたいと思っていて

その気持ちだけで、モーリアさんに認められた。

技術は、学べばいいけど

その気持ちって、勉強したって作れないんだ」




そうかなぁ、と思ったりする。

わたしに、そんな気持ちがあるのかしら。



「あるさ」とルーフィはにっこり。


だって、君は魔法使いにもなれるんだもの、と

ルーフィは、いたずらっぽく言った。その月曜日は、編集企画会議。

といっても、外部のわたしは

アイデア出しとか、そういう事はできるけど

企画の採否、には関われない。

でも、なぜか呼ばれるので行っている。

お仕事が増えるかもしれないし(笑)





編集長さんは、人の良さそうな

おひげのふとっちょさん。



まんまるで。

ちょっとフランス人形さんみたいに

かわいいとこがあったりして。

部員の若いひとにも人気がある

おだやかなひと。




いつものミーティング・ルームで

編集会議が始まる。



一生懸命なフリーライターは、企画書をいっぱい書いて

売り込んでいたりしている。けど

それが仕事につながるとも限らない。


わたしは、もともと

友達の友達がトラベルライターで

その原稿書きを手伝っていて

この雑誌社につてが出来た、と言うわけで


トラベルライター、と言う仕事も

なんとなくしているだけ、だった。



まあ、旅行を経費で出来て

それでアルバイトになるので

それはそれで楽しいかな、とも思う。



企画会議が一段落して、カフェ・ブレイク。

きょうは、お天気なので


みんな、それぞれに。

風にあたりに行くみたい。



わたしは、マロニエ通りのオープン・カフェで

ライム・スカッシュがいいかな。


爽やかな雰囲気が好き。おひるまえ、こもれびの中

ライム・スカッシュはいいかなぁ、なんて思って。


石段を降りていくと、編集長が

のんびりと下っていたので

ごあいさつ。



「ああ、君か。こないだのレポートも良かったなぁ。

なんか、面白い企画ある?」



編集長は、にこにこしていて

でも、いつも楽しい企画を考えているような

そんな人だった。


そばにいると、なんとなく和む感じのおじさん。



「はい、旅の企画と言うか...」



わたしは、タイム・トラベルがもしあったとしたら、と

前置きして


歴史上不思議に思えるような事が

時間旅行者の存在で説明できるのではないでしょうか、と言った。


例として、ノストラダムスや

ショパン&シューマン、それと

経験したポール・モーリアさんの話を

仮定として(笑)



SFかもしれないけれど、旅行だって

鉄道がない時代の人が想像したら

SFっぽいと思うんです、なんて


のどかにお話をした。



「これ、かわいいねぇ。」



気づくと、ルーフィは

かばんから顔を出していた。


編集長は、ルーフィのほっぺを

ふにふに、とつまんで

変形する顔を楽しんでいた(笑)


なんとなく、童心のある...そんな風に言われてるのかな、

編集長はにこにこしながらルーフィで遊んでいた。




「あの、編集長?」




「ああ、SFのおはなしね。うん。面白いね。

旅行雑誌のほうの読者さんコーナーに

エッセイみたいに載せてみたら。」



編集長は、軽快に。



わたしは、ありがとうございます、と言った。


編集長は、まだ楽しそうにルーフィーで遊んでいた。



ルーフィは、早く助けてくれ、と言いたげだった(笑)「これ、面白いねぇ。どこで売ってるの?」


と、編集長はルーフィがお気に入りみたい。


(なかにルーフィがいない、ふつうのぬいぐるみなら)


ターミナルのそばのお店にあると思います、と

わたしは答えた。


編集長は買ってくるのかなぁ(笑)


なんて思いながら、わたしは石段を降りて

マロニエ通りのカフェへ歩いていった。


自動車の通らない煉瓦の鋪道に、並木道。

下り坂の向こうには青空と、水平線。


白い雲が目映く見える午前11時...



カフェは、すぐそこ。


並木のそばに白いテーブルとウッド・チェア。


こもれびがきらきら。



きょうは、ほんとうに爽やかな日なので

ライム・スカッシュのスパークリングな感じがぴったり。


空の彼方まで飛んで行けそう。




「でもさ」

ルーフィは、まわりに誰もいないので

ことばで話しかけた。




「なに?なにか飲む?」

と、わたしが答えると


「うーん、カフェ・オ・レかなぁ、でも

誰かに見られると困るから。」


なんて(笑)


それはそうね。ぬいぐるみがカフェ・オ・レしてたら

変ね、じゃあ元の姿に戻ったら(笑)なんて


わたしも笑った。



non,non, impossibleなんて

ルーフィも笑った。



「そうそう、時間旅行の話を編集長さんにした時は

何を言うのかってどきどきしたよ」って

ルーフィ。




「でも、ホントの話したって誰も信じないだろうけど」

なんて、付け加えながら。風さわやかなオープン・カフェでスパークリング。

ライムの香りがとってもうれしいおひるまえ

わたしは、ルーフィと一緒にのんびりしてた。



「編集部に戻らなくていいの?」なんて

ルーフィはお兄さんみたい。



「うん、わたしはもう..だってフリーだし。」

そのあと、企画会議におつきあいしても

そんなに意味はないし。


わたしは、ふと思った。


「どうして、ルーフィのご主人様は眠っちゃったの?」




ルーフィは、それがわかるといいんだけど。と言って。

でも、わかったとしても目覚めてくれるわけでもないんだけど、と。


「ねぇ」

わたしは、唐突に思った。


「会ったこと無いけど、ご主人様ってどんな感じ?」

イケメンなのかなぁ(笑)なんて。

おとぎ話の魔法使いって、おばあちゃんばっかりだけど。



「見てみる?」

そう言って、ルーフィはなにか指先でふわ、と円を描くと

きらきらした銀幕が空間に浮かんだ。


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