第68話


「カイエル? どうしたの?」


アイシアの声にカイエルは意識を隣に座る愛しい人に向ける。


「ちょっとね。懐かしい話を聞いて、当時のことを思い出していたんだ」

「もう……『今は昔』の話よね」

「もうここには精霊が生まれることもないからね」

「─── リリィが精霊の森で【 魔力循環 】をしたのに気付かなかったら、と思うと恐怖でしかなかったわ」


あの日、森の入り口に立った孫娘の魔力が跳ねあがったのを見て、慌てて魔力を遮断させた。おかげで他人より魔力が多いものの特に問題はなく、周囲は『大賢者と大魔導師の孫娘だから』で納得している。

カイエルはリリィの魔力を森の中で感じとっていた。すぐに森の奥を確認すると銀色に輝く真っ白な木が生えていた。精霊の生まれ変わりであるモルディアが『精霊世界の木』だと気付いた。精霊は両世界を行き来できる。そのためモルディアが精霊国へ向かい、精霊国の国王に人間世界で育つ木のことを話した。精霊国は大騒ぎ。というのも、少しずつでも魔力循環をすれば、人間をも精霊に生まれ変わらせることができるものだからだ。精霊国に住む精霊たちに精霊国側へ移植してもらい、管理を徹底してもらうこととなった。


「そういえば、精霊国といえば……あちらへ行ったみなさんは元気かしら」

「陛下と父上、母上。そして先に向こうへ渡った前陛下と陛下の婚約者……」

「あとは三人だったかしら?」

「ええ、アイシアやカイエルと同じ、精霊の生まれ変わりの人たちですね」

「陛下は婚約者が元気になったことと、自分を思って一人で待っていると知って向こうにいったんだったね」

「その前の騒動が楽しかったけどね」


そう、すべて投げ出すにも順序というものがある。


「精霊の血に守られる時代は終わった。これからはみんなで協力し合い、国を発展させていくことが一番だ」


それはアイシアとカイエルが見つけた真実によって、世界に正当性を認められた結果でもある。

国民は二人に国を導いてもらいたいと願ったが、二人はまだ就学したばかりの子供でしかなかった。その次に目を向けられたのはカイエルの父のホルス宰相だった。


「あー、ムリムリ。陛下この人を一人で精霊の世界に放り出したらメチャクチャになるでしょう?」


御前会議に集まった貴族はその未来図を思い描き、宰相が『陛下についていく』と宣言すると、宰相の足の下で一人反対を叫ぶ陛下以外の誰からも引き止められなかった。


「いーやーだー‼︎」

「最後に譲位するまで待っていなさい」

「いーやーだー! ホルスまでくるなー‼︎ 私はフローリアと自由に生きるんだー!」


ドガッという鈍い音と共に陛下の顔面が床に埋もれた。その後頭部に磨かれた靴を乗せている宰相の「やっと静かになりましたね。では話を続けましょうか」と言ったときの笑顔をみて誰もが思った。『これも陛下の選んだ運命』と。


精霊の血を持たない人たちから新王として選ばれたのはオースティンという若い男だった。彼はアイシアのために真っ先に王都へ戻ることを宣言した庭師エバンスの息子だった。


「正しいことを率先してできる男の息子だ。エバンスにも打診したが、彼は王位より庭師の職を選んだ」


エバンスは王都へ戻ったのちも変わらず二邸に広がる庭や草木を愛でている。そんな彼は使者に打診されてその場で辞退した。その代わり、魔導具研究所の副所長で辣腕を振るっていた息子を推した。ちなみに所長はアイシアの父フランシスだ。彼は有能な腹心のさらなる飛躍を……顔で喜び心で泣いて手放した。


そして譲位を済ませると、元陛下はホルス夫妻と共に精霊国へと向かった。


「再会と同時にプロポーズ。翌日に結婚式……」

「さすがに展開が早いですわ」

「まあ、いいじゃないですか。フローリア様も『必ず来てくれる』と信じて待ち続けていたのだから」

「お二人共、精霊の祝福を受けて精霊に生まれ変わったそうですよ」

「両親も精霊として迎え入れられたそうです。無限の生命となったことで遺伝子を残す必要がないため、これ以上子供はできないようです」



精霊の生まれ変わり。それは自らの血に眠る精霊が目覚めることを意味する。それは精霊の記憶を思い出すのがほとんどで、カイエルは精霊魔法を思い出し、アイシアは精霊世界では稀有な聖霊魔法を思い出した。


「この血に流れていた精霊の記憶を引き継いだってだけよね。それも聖霊魔法って大半は魔導具になってるのよ」

「正確には、魔導具になっているのは聖霊魔法の威力を弱くしたものだよ。魔導具の『ひと夜の夢』がそうだね」

「カイエルが思い出した精霊魔法がなかったら……もしかすると世界を滅ぼしていたわね」

「フフフ……。そうならなくてよかったよ」


そうなっていたら、定められている天寿をすでに使い果たし、今では呼吸するだけで空腹が満たされるため絶食もできず、精霊の血で行動を止められるため自ら死ぬこともお互いを殺すこともできずに苦しんでいる二人が喜ぶ結果になっていただろう。

今はあの二人以外に精霊の血を継いだ者はいない。精霊に生まれ変わった時点で、その精霊の血族から精霊の血は消えている。あとは少しずつ人と同じ寿命か、十年ほど長生きになる程度であまり変わらなくなるだろう。

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