天倉炯

1 少年

 私は、その店へと足を踏み入れた。

 どこか懐かしさを感じる古い紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。

 店は広いのか奥の方は暗くてよく見えない。

 手前から眺めていくと、新しいものから古いものまで様々だ。到底現代のものとは思えない綴られ方をしたものまである。

 タイトルは読めないものばかりだ。知らないところの言葉だったり、そもそも文字なのか不明なものだったり、はたまた霞んだりぼやけたりしている。

 ふと目に止まるものがあった。

 手に取ると、カレーの匂いを感じた気がした。




 友達いっぱい、楽しいな。みんなをなかす、いじわるタマネギ、真っ赤なお顔のにんじん、でぶっちょなじゃがいも、みんな、にられてあっちっち。おさらにかざって、かんせいだ。

 できた。カレーさんはお皿の中で仲良しさん。色んな子がいるけれど、みんなが揃うと美味しい味になる。

「はい、みんな書けたかな。書けた子から先生のところに持ってきてね」

 持っていくのちょっと恥ずかしいな。

「はい、先生」

「カレーライスをテーマにしたんだね。うん、よく書けてる。色んな子がいて楽しいね」

 よかった、褒められた。見せるの恥ずかしかったけど、書いてよかった。

 チャイムが聞こえた。

「じゃあ、授業はここまで」

「起立、気をつけ、礼」

「ありがとうございました」

 カレーのことを考えてたからお腹が空いていたんだ。

 今日の給食は何だろう。

「みんな給食は準備できたかな。じゃあ、当番さん頂きますしてね」

「手を合わせてください。いただきます」

「いただきます」

 あんなに楽しみにしていた給食だけど、食べたくない。だって、あいつがいるんだ。

 どうしよう。

 他のものは何とか食べ終わったけど、先生はお残しさせてくれない。

 みんなは食べ終わってごちそうさまをして、歯を磨いている。早い子は掃除の準備で机を前に動かしている。

 でも僕はまだ机で睨めっこしてる。

 僕は一番前の席だから後ろから机が迫ってくる。

 みんなは外にサッカーをやりに行ってしまった。

 教室には僕一人。

 食べたくない、けど、食べないと片付けできないし遊びに行けない。

 僕は泣きながらスプーンで掬ったそいつを口に入れた。

 アレルギーがあるって先生へのお手紙には書いてあったはずだ。

 でも、先生は忘れていたのか食べるまで許してくれなかった。

 遠くから誰かの笑い声が聞こえた。


 今日は飼育当番の日だ。

 うさぎさんにご飯があげられる。

 でも、あの中に入るのは怖い。だって、あいつらがいる。

 掃除もしないと行けないから、外からご飯をあげるだけではだめだ。

 勇気を出して扉を開けた。

 扉は二重になっていて、左右に扉がある。

 まずは安全な方からだ。

 うさぎさん、やっと来れたよ。

 でも、隣から声と音がする。

 なるべく隣とは距離を置いて餌やりと掃除をした。

 そして、ついにこの時が来てしまった。

 どうしよう。

 怖いよ。

 でも、やらないといけない。

 少し扉を開けてみる。

 バサバサッ。

 大きく翼を広げている。

 やっぱり無理だ、どうしよう。

 涙が出てくる。

 ごめんね、掃除もしてあげたいしご飯もあげたいんだけど。

 誰も助けに来てくれない。

 遠くからみんなの遊ぶ声が聞こえた。


 校長先生に本を貸してもらった。

 Qちゃんの本だ。

 走ること、挫折、復活。

 マラソン大会のことを思い出した。

 最後の最後、前を友達が走っていた。

 最後の力を振り絞れば追い抜くことができるだろう。

 思いっきり走った。

 でも、届かなかった。

 涙が止まらなかった。

 心の奥の方から涙が込み上げてくる。

 どうしてこんなに悔しいんだろう。

 もっと早くから本気で走っていればよかった。

 もっとたくさん練習しておけばよかった。

 悔しい。

 なんでこんなに悔しいんだろう。

 この子になら勝てると思ったのに。

 僕は、友達だと思っていたその子のことを、どこか馬鹿にしていたのかもしれない。

 涙の向こうにみんなの笑顔が見えた。


 誕生日会を開く事にした。

 みんな楽しんでくれるかな。

 ワクワクドキドキしながら、お母さんに頼んでお菓子やケーキを用意してもらった。

 でも、誰も来なかった。

 その後母親に連れられ買い物に行くと、誘った子が別の子とゲームセンターで遊んでいた。

 友達って何だろう。何だったんだろう。

 涙で何も見えなかった。


 僕は知りたいことがあると調べないと気が済まない。

 気になって、気になって、気になって。他の人の話より、テレビより、ご飯より、そっちが気になってしまう。

 最近はパソコンで調べるのが僕のブームだ。

 何でも簡単にすぐに調べられる。気になるゲームや音楽のこと。

 今読んでいる小説が面白かったけどもうすぐ読み終わってしまう。

 何か面白い本はないかな。

 色々と気になる。自分と他の人との違いも気になる。

 どうして違うんだろう。何かの病気だったらどうしよう。

 調べるうちに、目的が変わっていく。

 色々なドキドキが聞こえる。


 お母さんの実家は大きなお寺だ。

 大広間で一人で遊んでいると、二体の像が迫ってきた。

 仁王像とお不動様だ。

 怖かった。

 怖くて涙が出てきた。

 怖くて動けないから助けを呼ぼうとした。

 でも、声が出ない。

 台所では家族が楽しそうに笑っていた。




 その本は楽しくも悲しかった。

 幼心に感じた理不尽さや恐怖、そして未知の部分。

 知りたい。もっと知りたい。

 痛みや苦しみもあるけれど、もっと知りたい。

 他にはどんな本があるだろうか。

 本を戻すと、また店内を巡り始めた。

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