第105話 師匠の家(16)


 どうやら、ルキフェは一階に降りたようだ。

 飛んでいるので、階段をみ外す心配はいらない。


 僕も【暗視あんし】の<スキル>は習得している。

 ルキフェの後を追って、ゆっくりと階段を下りた。


 ――いったい、何処どこに向かったのだろう?


 玄関のドアは閉まっている。

 外に出た訳ではないようだ。


(やはり、トイレじゃないのか……)


 僕は注意深く辺りの様子をうかがった。

 すると『転移魔法陣』のある部屋のドアいている事に気が付く。


 ――明りがれているのか?


かすかにだけど、赤く光っているように見える……)


 僕は恐る恐る、部屋の中をのぞいた。

 不思議な事に窓が開いているようだ。


 月明かりが煌々こうこうそそいでいる。

 そして、その部屋の中央には人影があった。


なんだ、ルキフェか……」


 おどかさないでよ――と僕が近づく。

 すると、なに可笑おかしい事に気が付く。


 中央の人影。それは確かにルキフェに似ていた。

 しかし、大人の女性の姿をしていたのだ。


 思わず足をめる僕に、


「警戒する必要はありません……」


 その女性はげた。

 漆黒しっこく礼服ドレスまとっている。


 髪の色も、瞳の色も、肌の色も――すべてがルキフェにそっくりだ。

 その腕の中には、ルキフェが人形のようにめられていた。


「安心してください……」


 眠っているだけです――と僕の心を読んだように女性は言う。

 どういう訳か、僕は彼女の事を知っている気がした。


「妹がいつも迷惑を掛けていますね」


 その女性は微笑ほほえむ。

 ルキフェの事ではないだろう。


(誰の事だ?)


 ――いや、決まっている。


 師匠ルナしかいない。


ルナからはなにも聞いていないようですね……」


 そう言って、女性は影から椅子イスを作り出す。

 そして、眠っているルキフェを座らせた。


「我が『眷属』をここまで『進化』させて頂き、ありがとうございます」


 女性はスカートを軽くつままむとカーテシーを行う。

 『眷属』という事は、彼女は<ヴァンパイア>なのだろう。


(師匠を『妹』と呼ぶという事は……)


「ご想像の通り<ロリモン>ですよ」


 今は大人の姿ですけどね――と言って笑った。


「『プルトーネ』とお呼びください」


 そう名乗った彼女の話によると――『魔界』から来た――という。

 皆は魔法で眠らせているため、起きる事はないそうだ。


(いったい何故なぜ、そんな手の込んだ事を……)


 そんな僕の疑問をさっしたのか、


「『召喚魔法』には、いくつか制約があるのですよ」


 と教えてくれた。

 彼女は『魔界』に住む<魔王>の一人だという。


 ――どうやら<魔王>は複数いるらしい。


 本来は力のある<魔族>は、こちらの世界に出て来る事は出来ない。

 今回は条件の一つを僕が満たしてしまったようだ。


 ――そう、ルキフェの『進化』である。


 <ヴァンパイア>の出現により、こちらの世界との結びつきが強くなったらしい。

 更に今夜は満月という事で、条件がそろったようだ。


(確か『吸血鬼』は招待されないと他人の家に入れないんだっけ?)


ルナには内緒ですよ……」


 と口元に人差し指を当て、彼女は妖艶ようえん微笑ほほえむ。

 姿は似ていても、ルキフェとは性格が異なるようだ。


「そんな事を言わずに、会えばいいのに……」


 僕の台詞セリフに彼女は首を横に振った。


「わたくし達はあきらめたのです――『お父様』に会う事を……」


 それをルナだけは求め続けました――とげる。


「つまり――それで僕を召喚した――という事?」


 当然、僕は『お父様』ではない。


「正確には『お父様』を探し出せる人間です」


 と彼女は言った。

 正直、僕にそれが出来るのかは分からない。


 また、師匠からはそんな事を聞いてはいなかった。


「あの性格ですからね――『お父様』に会うために力を貸して……」


 とは素直には言わないでしょう――とプルトーネ。

 彼女は「フフフッ」と笑う。


「どうか、ルナの力になって上げてください」


 そう言って彼女は、僕の手を取り魔法を掛けた。

 痛みや違和感はない。


 ただ、魔力を込めると『紋章』が浮かび上がる。


「それは『ロリの紋章』です」


 真顔まがおで言いはなつプルトーネ。


(とんでもないモノを付与されてしまった……)


貴方あなたと<ロリモン>がきずなを結んだ時、更なる『進化』をもたらすでしょう……」


 そう言った後に――代償も必要になりますが――ボソリと小声でつぶやく。


(やはり、彼女は師匠ルナの姉で間違いないようだ……)


「そろそろ、時間のようですね」


 とプルトーネ。用事が済んだので、帰る気らしい。

 『転移魔法陣』が三つとも光り、空間自体をゆがめた。


「待って!」


 僕は彼女の手をつかもうとしたけれど、ルキフェを押し付けられる。

 これでは動くに動けない。


「優しい方で良かった……」


 ルナが好きになる訳ですね――そう言って、彼女は溶けるように姿を消した。

 流石さすがに追い掛ける訳にはいかないだろう。


(せめて、窓ぐらいは閉めて帰って欲しかった……)


 窓を閉めると僕はルキフェをかかなおす。

 彼女は気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立てている。


(手の掛かる<ヴァンパイア>だな……)


 僕はルキフェを落とさないように部屋へと戻った。



 †   †   †



 翌朝、僕は昨夜の出来事を師匠にげられずにいた。


(やはり、言わない方がいいだろう……)


 僕がプルトーネの事を聞くと、師匠は『言いたくない事まで』話さなくてはならなくなってしまう。


(そこまで見越しての事なんだろうな……)


 完全にしてやられた気分だ。


「どうしたのじゃ?」


 考え事か?――と師匠。

 ゆっくりと朝食を食べている僕の顔を心配そうにのぞき込む。


「いや、疲れているだけだよ……」


 と僕は答えた。うそは言っていない。

 そうなのか?――と師匠。


 納得はしていない様子だったけれど、追及もしてこなかった。


「僕は――」


 君の願いをかなえるよ――そう口にするのは簡単だ。師匠達の『お父様』というのは、行方不明になった僕の叔父おじさんで間違いないだろう。


 当然、探す事に異論いろんはない。

 けれど、今の僕にはその能力ちからが無かった。


「どうしたのじゃ?」


 首をかしげる師匠に、


「僕は少しでも、師匠キミの役に立っているかな?」


 そう言って、僕は立ち上がる。

 そして、彼女のそばに立つと、優しくめた。


「な、なんじゃ! きゅ、急に……」


 困惑しつつも、本気で抵抗する様子はない。


「僕はこの世界に来る前から――ルナ、君の事を知っていた気がする」


 とげた。言葉にして初めて理解する。

 不思議な感覚だ。


 向こうの世界でも、彼女と一緒だった気がする。


(当然、錯覚だろうけど……)


「あっ! ルナお姉ちゃんずるい――私もっ!」


「オーホッホッホ! わたくしを差し置いて、許せませんわ!」


「兄さんはボクの兄さんだ……」


 そう言ってメルク、ルキフェ、イルミナが僕へと飛び掛かって来た。


(お、重たい……)


「ええいっ! 貴様きさまら、離れるのじゃ!」


 師匠の罵声ばせいが朝からひびく。


(今日から『ロリライブ』の準備だというのに……)


 ――こんな事で大丈夫だろうか?

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