第99話 宵闇の森(11)


 ――お前、結構『えげつない』事するよな。


 ツルギの視線が僕にそううったえている。

 彼は今、ロープを手近な木にむすび付けていた。


 僕も同様に、ロープを拾うと木にむすび付ける。

 当然、相手ははげしく抵抗――


「目がぁっ! 目がぁっ! 目がぁっ!」


 いや、それどころではないようだ。


(これで<魔族>の動きを『封じられる』といいのだけれど……)


 ただ、相手は魔法を得意とするはずだ。


 ――まだ、近づくのは危険だろう。


 僕は<魔族>の背中に『聖水』を投げつけた。


 ――ジュワッ!


 と再び煙が上がる。体内の<魔素まそ>が浄化されているようだ。

 その所為せいで魔法が上手うまく使えないのだろう。


「ぐはっ! こ、小癪こしゃくなっ……」


 相手の<魔族>は声を上げ、背中をじる。

 しかし、身動きは出来ずにいた。


 ネットかぶせ、ロープしばったのだから当然だろう。


(この状態から逃げられるようでは、僕達が困る……)


 また<魔族>は僕達の位置をとらえようと探しているようだ。

 僕は再びロープを取り出す。


 片方のはしをツルギへとわたした。

 僕達はお互いにうなずくとロープを持って走り出す。


 再び<魔族>の周りをグルグルと回った。

 しかし、そのかんに魔法を使われてはかなわない。


「食らえっ! 『聖水』だ……」


 僕はわざと大きな声を上げる。

 すると<魔族>は目をつぶった。


 攻撃にそなえ、身体からだ硬直こうちょくさせている。

 先程の『タバスコ』がトラウマになったようだ。


 僕は持っているロープはしをツルギにわたす。

 『身体能力の強化』の<スキル>を持っているのだろう。


 彼は近くの大きな木へと軽々と登る。

 そして、太く立派な枝にロープを引っ掛けて待機した。


 後はロープを引っ張れば<魔族>は宙吊ちゅうづりになるだろう。

 一方<魔族>はいつまでも『聖水』が飛んで来ない事に気が付く。


 恐る恐る目を開け、こちらを確認する。

 当然、僕はそのタイミングをねらっていた。


 今度は『酢』の入った小瓶こびんを足元につける。


 ――パリンッ! パシャンッ!


「うぎゃーっ!」


 <魔族>は悲鳴を上げて、飛びねる。

 今度はツルギがタイミングを合わせる番だ。


 ロープを引っ張ると<魔族>は――ぐるん!――と反転する。

 のあっ!――と<魔族>は間抜けな声を出した。そして、


「――って、くさっ⁉ な、なんだこれは……」


 と暴れる。ツンとしたにおいが鼻を刺激したようだ。


(殺菌作用があるけど、これは効かないのか……)


 ツルギは体重を掛け、ロープを引っ張ている。

 ぐとはならないが、逆さ吊りに近い状態だ。


 僕はかさず杭を地面に打ち、ロープを固定する。


「キキッ! <魔族>も大した事ないでちね!」


 と何故なぜかルキフェの声がした。

 ツルギの肩に『ちょこん』とつかまっている。


(いつのに付いてきたんだ?)


「口から緑の液体をいたり、爪とか伸ばしてくると思ったんだけどな!」


 アッハッハ!――と笑うツルギ。

 思考がルキフェと同レベルらしい。


「それ、ユーリアの前で言っちゃダメだよ……」


 僕は忠告する。


「ま、弱い<魔族>だったみたいだな」


 とツルギ。


「アタイは賢いので、ぐに分かったのでち!」


 ルキフェはほこらしげにしている。


(本当に賢いのなら、こんな危ない所には来ないよ……)


 一方で、それを聞いた<魔族>は暴れた。

 弱いと言われ、怒ったらしい。


 しかし、すでに身動きが取れない状態だ。


(ルキフェには、戻るように言いたいけれど……)


 僕達はそのまま二手に別れる。

 そして、はさちにする形で慎重に<魔族>へと近づいた。


「一応、聞くけど――」


 僕は時間かせぎを兼ね<魔族>に質問する。

 けれど――


「ハッ、貴様きさまら人間と話す事などない!」


 いずほろぶのだからなぁ――と返された。

 プランプランと揺れながら、強気に振舞ふるまう<魔族>。


 ――状況を理解していないようだ。


(それとも、なにさくがあるのか?)


「オレ様になにかあれば、四天王の一人である『雷鳴の――ぎゃあっ!」


 <魔族>は台詞セリフの途中で悲鳴を上げた。

 正確にはツルギが『聖水』をかけた剣で<魔族>を刺したのだ。


 ネットの隙間をうように、器用に剣を使う。


 ――容赦ようしゃない⁉


(まぁ、僕も人の事は言えないけど……)


 一方、ツルギは自分の攻撃が通用する事を知りたかっただけらしい。

 <魔族>から剣を抜くとルキフェを肩に乗せたまま、後方へと下がる。


 ある程度の距離を取ると、剣をかまなおした。

 そのまま、一気に決めるつもりのようだ。


 同時に【危険感知】の<スキル>が反応する。


「いや、待て! ツルギ……」


 僕は声を上げると同時に防御ガードの姿勢を取る。

 同時に後方へと飛び退いた。


 ツルギも同じく反応したようだ。

 ほぼ同時に、上空からすさまじい閃光せんこうが降り注ぐ。


 ――ドッゴォォォンッ!


 それが落雷だと気付くのに、多少の時間が掛かった。

 大きな音と共に地面が消し飛ぶ。


 <メッセージウィンドウ>が表示され、僕達のレベルが上がった事を告げる。

 同時にそれは<魔族>が倒された事を意味した。


 先程の<魔族>よりも強力な『魔力』を感じる。

 より邪悪じゃあくな『魔力』――と言っても過言かごんではない。


 ――非常に嫌な感覚だ。


(どうやら、素直に『勝った』と喜ぶには早いらしい……)


「まったく、遅いと思って来てみれば……」


 と上空から声がした。誰か居るようだ。

 ようやく視界が晴れてくると、そこに<魔族>の姿はない。


 代わりに地面がえぐれ、クレーターが出来上がっていた。

 声の主はゆっくりと、地上へと降りて来る。 


 まだ土煙つちけむりが完全に収まった訳ではない。

 僕は<錬金術>で作成していた『火酒かしゅ』を取り出す。


 それを相手に気付かれないように高くほうり投げる。


「人間なんかに苦戦するとはな……」


 と新手の<魔族>。

 肌の色は倒された<魔族>と同じ青だ。


 けれど、ひたいからは二本の角をやし、鬼のように見える。

 さらに背中には、蝙蝠こうもりのような翼もあった。


「こっちだ!」


 ツルギが剣をかまえて挑発すると、視線をそちらに向けた。

 ルキフェも無事らしく、彼の肩につかまっている。


 僕は【ファイヤーボルト】を『火酒かしゅ』に向かってつ。


 ――ボォォォンッ!


 炎が勢いよく上がり、新手の<魔族>をつつみ込んだ。


「逃げるよ!」


 僕の言葉に、


「ああっ!」


 とツルギ。ルキフェをかかえると一緒にしげみへと飛び込む。

 僕は準備していた『飛来具ブーメラン』を遠くへと投げた。


 ――ガサガサガサッ! バキバキッ!


 しげみをき分け、枝葉を散らし、遠くへと飛んで行く。


「逃がすか!」


 とは新手の<魔族>。

 『魔力』を放出して、燃えさかる炎を吹き飛ばす。


 ――残念ながら、炎はあまり効いていないようだ。


(髪の毛をチリチリにしたくらいか……)

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