関西発 ヤマネコ登山部 活動記録

柴崎 猫

愛宕山編 上 ~奥嵯峨の静かな登山道を登る~

 JR嵯峨嵐山駅の駅の改札を出ると、改札の前は壁一面ガラス張りになっていて、青空と小倉山が目に飛び込んでくる。紅葉の季節はそれは綺麗な色どりの小倉山が見られる。今は5月…紅葉は無いが、新緑が眩しく心をドキドキとさせる、一味違った美しさを堪能する。




 駅前のコンビニで買い物をしてから、トロッコ列車の駅の横を北へ。今日、登る予定の愛宕山へ行くには阪急の駅からバスに乗るのが便利なのだが、俺には一つ用事がある。なにより、愛宕山へ行くまで、嵯峨野の観光地をのんびりと奥嵯峨へと進んでいくこの道を歩くのが好きなのだ。




 この辺りまで来ると日中は世界中から来た観光客でにぎわっているが、今はまだ朝早い時間。(コロナが騒がれるのはこの数年後の話だ。)それを少し左に折れると有名な竹林の道に入る、「京都嵯峨野に吹く風は~」と、歌っても関西人にしかわからんだろう…。ここも観光客で日中進めない程の賑わいを見せるが今の時間は、殆ど人混みは無くピンと張りつめた…京都の奥座敷本来の雰囲気を醸し出している。竹林を進むとトロッコ列車の踏切がある。…某有名人が線路の中に入って問題になった…もう、それは忘れてあげよう。さらにそこから進むと…、近くにひっそりとお寺が一件建っている。俺はそこにはいると、中の墓地へと歩を進める。




 小さな東屋でバケツに水を汲み柄杓を借り、その墓の前にくる。




「婆ちゃん。来たぜ」




 とつぶやく。持ってきたひとしきり墓の周りを綺麗にして花の水を変えて、持ってきた花を供える。線香に火をつけ備える。駅前のコンビニで買った和菓子を置き準備完了。俺は静かに、墓に手を合わせた…。




 刹那、パーンと、頭を叩かれる。




「いったいなー。なにするんだよ!」


「何するんだじゃないですよ。何、1人で静かな墓参り小説やってるんですか?私達完全にいない事にしてたでしょ?!」




 俺は頭をさすりながら答える。頭を叩いたのは三好楓という、女子大生だ。




「だから、寺の前にいてくれっていっただろ。」


「なんで、一緒に登山に来たのに、別行動したがるんですか?せめて、何するか言ってから離れて下さいよ。絶対女にもてないでしょ?いや、もてないの知ってるんですけど。慎吾君も何か言ってよ」




 楓の横で、楓の彼氏、高松慎吾は「ははは」と、苦笑いしている。ごまかしてるんじゃねーよ。畜生。




× × ×




 墓参りが終わると、俺達3人は近くの公園で軽い準備運動を始める。




「え?今のお婆ちゃんのお墓って、もしかして辰さんの奥さんですか?先に言ってくださいよ。私、普通に手を合わせただけでしたよ。」


「楓…、シンジさん最初にちゃんと言ってたから…」


「あれ?そうだっけ?」




 いや、別に知ってたら墓参り何か変わったのか?って話だけどさ…。手を合わせてくれただけで俺は充分だし。今日は、俺達3人で京都の愛宕山に登りに来た。3人とも神戸住まいだから電車ですぐに来られる。坂はキツくて登りごたえはあるが、距離は短いし、登山道はすべて愛宕神社の参道というカテゴリーに属しているので、安定していて登りやすく、登山素人でも充分登れる。なぜ、この3人なのかというと…。


 ヤマネコ登山部…なるものが発足してしばらく経つ。六甲全山縦走大会に偶然参加していて、さらに紆余曲折を経て集まった年齢、性別も様々な7名…で発足した登山サークルである。正直、場当たり的なりノリで出来てしまった感があり、今まで全員で集まったのは2回…それも登山でなく飲み会でだ。メンバー同士では、こうやってちょくちょく登ってはいるんだけど…。この2人もそのメンバーであり、もっかラブラブの大学生カップルだ。どう考えても、デートにお邪魔虫な俺…いや、違うんだ。聞いて欲しい。そもそも事の始まりは六甲全山縦走の途中にこの高松慎吾君が、一緒にアルプスに登ろう…と、言いだした事に始まる。彼は、歳は離れているが、気が利くし話も合うし実にいいヤツだ。登山部発足後も計画は少しずつ進んで、いざ登る山を決めようと言う時に事が恐怖の大魔王…楓女史に計画を知られる羽目になった(なんか、みんなで風俗に行く計画を彼女に知られたバカ男子団みたくなってるのは気のせいか?)。案の定「私も行く」コールが始まった。困った…。いや、一緒に行くのはともかくとして、彼女は俺達2人に対して、登山歴が浅い…。2人でちょっと挑戦的な山に登ろうって話してたが、彼女を連れて行くとなると話が一気に変わってくる。急遽、トレーニングもかねてどこへ行くか話あおうと言う事になり…今日の愛宕山登山となった。アルプスへのトレーニングならもっと高い所がいいんだけど、そこは関西在住…一番高い山でも2000mに達しないからどこ行ってもあまり変わらない。




 準備運動を終えた俺達は嵯峨野を北上する。




「俺、穂高に登りたかったなあ…」


「彼女に聞こえないように言えよ」


「なに、なに?登山の話?今度行く高い山の話だね」




 ああ、頭の悪い登山会話…これで、俺の出身大学より偏差値が10は高い国立大生なのが腹立つ。楓は楽しそうに慎吾の腕をつかんだ。




「ああ、楓も行ける所探さないと…」




 おおっと、結構皮肉を入れたな慎吾君。楓はいっさい意に介せず、うんうんと首を振っている。




「やっぱり、上高地から行くのが無難だろうな。とりあえず、蝶ヶ岳に泊まって大天井か燕を目的に…」


「そのコースなら頑張ったら、槍に行けませんか?」


「無理だ。日程的にキツいし多分かなりしんどい。」


「もう、どこの山の話をしてるか全然分からないよー。」




 慎吾はため息をつく。しかしなあ、ホントにどうするか…。そうだ。涸沢にキャンプして、この女を置いて、男2人だけで穂高に登るのはどうだろう?頑張れば一日で往復は可能だ。それなら、夜行バス使えば二泊三日(正確には三泊三日)…三連休でなんとかなるし現実的だ。ただ、二日目彼女一人でほぼ放置になるが…、とりあえず、提案してみるか…と、思った矢先…




「私、富士山がいい!!」




 え?俺と、慎吾は目が点になる。




「だって、今言ってた山なんて友達に言っても全然自慢できないけど、富士山なら皆羨ましいなーって絶対言ってくれるもん」


「か…楓…。富士山は、夏の富士山は人が多いぞ…。そりゃ、まったく進めないほどに…。その割に標高が高いから高山病とか…」


「でも、私、富士山がいい!!」




 あ、これ、もう話聞かないパターンやわ。高松を見ると、随分落ち込んだ顔をしている。


 富士山に一度も登らぬバカ、二度登るバカ…っていう言葉があるが、富士山は実は登山ファンの間ではあまり人気が無い。一つは今言った、世界中から観光客が登る為、ハイシーズンはとにかく人があふれてそれはもう、行列で一歩も進めない地獄絵図だ。御来光を見ようと山小屋に泊まろうものなら、一畳に2人寝かされるのは当たり前…場合によってはもっとひどい。見た目が美しい独立峰ってのも問題だ。景色がある程度の高さから全く変わらないからすぐ飽きる。ホントに絶景なのよ。周りに何もないひたすら遠くまで平野が続く富士山からの眺めは…でもさ…。俺も高松君も富士山を登って、そこから見えたご来光のすばらしさにそれは感動している。日本一の高さから見る朝日だ。一生に一度…見ておく分には十分にその価値はある。だが、この新たな山に登ってみよう的なテンションでもう一回行くのはなあ…。




「楓…悪いんだけど、今回はさ…」


「慎吾君」




 多分、楓をやっぱり置いて行こうとしてる慎吾君を俺は制する。




「いいじゃないか、富士山。久々に登りたい」


「シンジさん…」




 さて、富士山行くとなると、また予定が大変だ…仕事休めるかな…。のんきに「流石、話が分かるー」とか言ってる楓を横目に俺はそんな事を考えていた。






 落柿舎や二尊院といった嵯峨野おなじみの寺社を見ながら、道は進む。早めに開いてた和雑貨屋を楽しそうに覗きだした楓を見て慎吾君が声をかけてきた。




「良いんですか?富士山」


「ああ、まあ仕方無いだろう。こちらの要望を強制したら君達の仲にヒビが入りかねない。アルプスはさ。改めて今度は俺達だけで行くからって話を改めて持っていくしかないな。あるいは、彼女がもう少し登山の経験積んだら一緒に行けるかもしれんし」


「シンジさん…大人になりましたね。なんか」




 君…君まで俺をなんだと思ってたんだ?まあ、ずっとボッチで他人と話す事が殆ど無かった俺がこうやって、まがいなりにも休日に友人と呼べる人間たちと登山を楽しんでいる…。ヤマネコ登山部(この呼び方も俺、ちょっと嫌なんだけど)の面々には感謝は絶えない。




「誰が大人って?」




 雑貨屋から楓が帰ってくる。




「大人なんてこの人には一番似合わないって。裕美さんとどうなったんですか?あれから」




 来た…。この話をされるのが今回は一番嫌だった。裕美ってのは、同じヤマネコ登山部の一員で…まあ、詳しくはここでは書くまい。一つ書くとしたら彼女の存在が最も今の俺に影響を与えている…そんな女性である。うん。




「ほっといたら全然進展しないんだもん。女性に不慣れすぎるのよこの男。ちゃんと会ってます?」


「いや、会ってるよ。この前もちゃんと…」


「ちゃんと何?」




 俺は化野念仏寺の前を清滝方面に向かって登りだす。横に鮎と大きく書かれた茶店が見える。一度この鮎料理食べてみたいんだけど、この薄汚れた登山ルックでは多分嫌がられるだろう…と思いいつも通り過ぎる、だいたい…




「今、違う事考えて、話題を切ろうとしましたね?」




 楓に頭を掴まれ、俺は我に返る。




「はい…」


「信じられない。そんなんだから裕美さんにも…いや、今はいいや。この前、ちゃんと、裕美さんに何したんですか?」


「六甲山に一緒に登った時だ…。一応、告白…っていうか、交際を申し込んだ。」


「ほんとですか?やればできるじゃないですか」




 少し、楓が目を輝かせる。いやだなー。この後話すの。




「結婚を前提に付き合って欲しいって…」


「重!!」




 楓だけでなく、慎吾も思わず言ってしまったって感じで2人でハモって返される。え?重いの?ダメなの?この言い方。




「裕美さん、色々経験してますけど、まだ20代なんですよ。アラフォーの男にそれ言われたら引きますよ。普通!」




 俺、もう少し若いんだが…。まあ、彼らからしたら変わらんか。裕美にしたって。




「ま、待って楓。シンジさん。裕美さんそれで、何て言いました?」


「そうね。それが肝心だったわ…」


「か、彼女…結婚は出来ないって…」




 間…気まずい。固まってる2人…。




「つまり…フラれたんですか?」


「そうなる…」




 楓が慌てて慎吾と顔を近づけてひそひそ話を始める。




「何かあったのかな?」


「解らない…でも、あそこまでお膳立てが整ってたら、よっぽどの事が無い限り成功すると思うんだよなあ…。」


「よねえ。でも、そこをやってしまうのがこの人のような気も…」




 うるせえよ。聞こえてんだよ。俺にもわかんねえよ。悪かったな。失敗して。




「どうしよう」


「ひ、ひとまず。裕美さんに話を聞くべきだよな」


「私もそう思う。何かするのは、双方の言い分聞いてからだよね」




 か、楓が普通の事言ってる…。




「とにかく、めんどくさいけど、このバカで哀れな独身ぼっちを今は何とかテンション落とさないようにしないと」




 楓君、お前今すっげえ酷いこと言ったぞ?俺結構根に持つからな。話がきこえてたのをわかってか分からずか、慎吾君が無理に盛り上げにかかる。




「シンジさん!もうすぐ、登山口ですよね。楽しみですよねー。愛宕山!」


「そ、そうよ。楽しまないと。私、どんな山か全然知らないけど」


「あれです。あれです。上の愛宕神社で、おみくじ引きたいんですよ。ほら、明智光秀が本能寺に行く前に引いたってやつ。3回引いて、3回目に大吉でたぞー!ってやったんですよね。いや、アンタそれ絶対大吉出るまで引くつもりやったやろ?課金ガチャかよ?ってやつ。」


「慎吾君、何言ってるの?」


「うん。俺も何言ってるかわからない」


「あー、もうだから言いたくなかったんだよ。行くぞ!行って早く帰るぞ!」




 俺は、ずかずかと歩を進め、2人はしずしずとついてきた。








下に続く

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