第62話 第33.5局 師匠編⑦

「・・・弟子君。」


 無言に耐えかねたのだろうか。僕の横を歩く妹さんが、僕に声をかけた。


「・・・何ですか?」


 僕の声は、先ほどに比べ、ある程度の落ち着きを取り戻していた。


「もしも、もしもだよ。・・・今日、姉さんが元気にならなかったら、・・・弟子君はどうするの?」


 妹さんは、不安そうな顔で僕を見つめる。


 僕がここに来ることができたのは、今日が土曜日だからだ。月曜日になれば、僕は学校に行かなければならない。さすがに、学校をさぼるようなことがあれば、いかにのほほんとした両親であると雖も、黙ってはいないだろう。しかし・・・、


「決まってます。次の日も、その次の日も、師匠に会うだけです。」


 僕は覚悟をしてここにいるのだ。自分の予定があるからといって、師匠を見捨てることなんてできなかった。師匠が苦しんでいるのなら、できることは何でもしたい。たとえ、僕自身が犠牲になったとしても。たとえ、師匠の事情に深入りすることになったとしても。





 僕は、・・・・・・。





「・・・そっか。」


 妹さんは、安心したようににこりと笑った。


「・・・じゃ、じゃあ、私も、ぜ、全力で、きょ、協力しなきゃ・・・ね。」


 突然、妹さんの顔が赤くなる。


 どうしてそこで妹さんが顔を赤らめる必要があるのか、僕には分からなかった。思わず首を傾げて妹さんを見る。


「・・・だ、大丈夫、私のアパートの部屋広いし・・・一人増えても・・・う、うん・・・へ、平気・・・だから。ああ、で、でも、・・・今は少し散らかってて・・・。」


 妹さんの顔がますます赤みを帯びて行く。


「ちょっと待ってください。何の話ですか!?」


 私の部屋、とはいったいどういうことなのか。話がとんでもない方向に広がっている気配を察知し、止めにかかる。


「え?弟子君が私の部屋に泊まるっていう話じゃないの?」


 キョトンとした顔で、とんでもないことを言う妹さん。


「そんな話してませんよ!!」


「だ、だって、・・・もし今日、姉さんが元気にならなかったら、弟子君はずっとこっちに居るんでしょ。泊まるところとか探さなきゃだし。高校生だから、お金もそんなにないだろうし。それなら、私の部屋に泊まるのも一つの手かなって。」


 もじもじと手を動かしながら、妹さんはそう言った。その顔は、これ以上ないほど赤くなっている。


 しかし、現状、妹さんの言うことにも一理ある。僕が今日、成果を上げることができなければ、妹さんの言う問題が発生してしまうのだ。もちろん、師匠の家に泊めてもらうわけにもいかない。かといって、こちらに頼れる知り合いもいない。・・・妹さんを除いては。


「・・・お願い・・・するかもしれません。」


「・・・う、うん。」


 気まずい雰囲気が、僕たちの間に流れていた。

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