第38話 脳のリーバースエンジニアリング

そもそも、ナノボットで人間を操作する――幻視や幻聴をみせたり――ことが


可能だとしても、それには必須条件がある。




脳のリバースエンジニアリングだ。


例えば、時計をバラバラに分解して、その仕組みを理解する。


これと同じように、人間の脳の仕組みを理解することが必要だ。


ただ、人間の脳は、時計と比べるまでもなく、とんでもなく高次なものだ。


世界中のコンピュータ工学者や生物学者が、数十年かかっても


人間の脳のリバースエンジニアリングに成功したなど、


僕は、見たこともないし聞いたこともないし、読んだこともない。


僕の知る限り、それに成功したなどあり得ない話だ。




もし、人工知能が、人間の脳のリバースエンジニアリングに成功していたら?


成功していなければ、ナノボットで人間を操作することなど不可能だ。


人類の力では到達できなかった領域に、人工知能は踏み込んだということなのか。




それに仮に、人工知能が脳のリバースエンジニアリングに成功し、


ナノボットを作成したとする。


そのナノボットを、ヒトの体内に――脳に達するほどの――どうやって、


送り込む?またこの疑問にぶちあたる。




食品や飲料に混ぜて体内に入れる?薬剤に混入させて接種させる?


どれも現実的ではない。現在、それらの成分検査は、とても高度だ。


たとえナノレベルでも検知される可能性が高い。


空中に散布して吸引させる?これも非現実的だ。


人間一人に十数億個ものナノボットを吸引させるには、


天文学的な数のナノボットを用意しなければならない。


おそらく、大半は無駄になるだろう。そんなコスパの悪い方法を、


人工知能がとるとは思えない。




とすれば、いったいどんな方法で――?




「藤原君、大丈夫か?」




どれだけの間、考えに耽っていたのだろうか?


僕が、顔を上げると、心配そうな宇田川先生の目と合った。




「ちょっと、考え事をしていたもので」




僕は、ぎこちない笑みを浮かべて答えた。




それでも宇田川先生の表情は崩れない。


その時、僕はふと思った。




目の前にいる彼も、本物ではなく幻視だったら?


僕の脳内にあるかもしれないナノボットが、見せている仮想の存在だったら?




僕は、そんな思いを払おうと、かぶりを振った。


僕は、自分の考えた仮説を宇田川先生に説明しようとしたが、思いとどまった。


実証されていない仮説など意味がないというのが、宇田川先生のスタンスだ。


仮説のオンパレードのような、僕の仮説など受け入れてもらえないだろう。




「では、僕は失礼します」




僕は、一礼をすると、宇田川先生の研究室を出た。


背中に彼の視線を感じながら・・・・。

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