第5話「斬り裂かれる」

 運もあったけど、何とか目論見通り三人がぶつかり合ってくれた。私はニールを抱えて駆け出した。怪我は治っている。このまま森へと入れば瘴気が私達の気配を隠してくれる。


 まずはここから逃げるのが先決だ。


 そして、柵の扉を開いたところで……私の身体はまるで縫い留められたように動けなくなってしまった。


「ふむ、準備は整ったわい……ご苦労さん」


 私が動けなくなると同時にザカライアの声が聞こえてきた。見ると、ザカライアとセシリーを中心に赤黒い魔法陣が地面に広がっていた。その中央には、私とニールに斬りつけたあの禍々しい剣が突き刺さっている。


「ちっ……時間切れかよ……。こっからだってのに、準備が早すぎだぞ爺。もっと遅くやれや」


「馬鹿かトラヴィス。あのままだとノールに逃げられとったわ。ギリギリで焦ったこっちの身にもならんか」


「あー……もう腹立つな。結局、俺の負けみたいなものかよ。最後だから勝って終わりたかったぜ」


 吐き捨てる様にトラヴィスは悔し気に呟いた。動けなくなった私はそのまま、ニールと共に地面に倒れてしまう。


 いったい何が起きているのか?


 視線だけを動かして見ると、トラヴィスの突進にやられたレックスとヴィンスが額から血を流しつつ倒れていた。レックスはその手に大盾を持っており、どうやらそれを使って彼の突進を防いだようだった。


 死んでくれるとは思ってなかったけど、怪我だけか……。それでもこの妙な術が無ければ逃げきれていたというのに。ここまでなのか。悔しさがこみ上げてくる。


「さて、レックスにヴィンス。二人を魔法陣の中央へ運んでくれ。剣を中心に対極にな」


「承知した」


「んじゃ、俺は弟君を……なんつーか、弟君は気絶してるだけ幸せっすね」


 動けなくなった私達はされるがままに運ばれる。運ばれた先は魔法陣の中央であり、ザカライアが魔法陣に対して魔力を注ぎ、セシリーがザカライアに対して魔力を注ぐ形となっていた。


 私とニールはそこに転がされると、魔法陣からなんともいえない不快なモノが私の中に流れてくるのが分かった。その不快ななにかは、私の手足、身体の中央、左目……それぞれに渦巻いていく。


「準備は整った。今より、ノールから勇者の力を分離し、剥奪する」


 ザカライアが魔力を込めるたびに、私の身体の不快感は増大する。どういうことだと問いかけたいが口が動かず喋ることができない。魔力も練れず、身体が動かない。身じろぎ一つできない私ができるのは、視線を動かすことだけだった。


「何も知らずに逝くのは不憫です……教えて差し上げますがこれは古の禁術。かつて勇者としての力を持ちながら相応しくなかったものから、勇者の力を取り出すために神から人へと伝授された術となります」


 勇者の力を……取りあげる?


「この禁術は勇者の血とその肉親の血、それをこの剣に吸収させ膨大な魔力を注ぐことで完成いたします。それでは……始めます」


 聞きたいことは数多くあるが、セシリーはそれ以上説明する気は無いようだ。口を一文字に結ぶと、この場に似つかわしくない優雅でゆったりとした動きで魔法陣の中央まで歩いてくる。


 そして、ゆっくりとした動きで赤い魔法陣の中央に突き刺さった剣を引き抜く。地面に突き刺さっていたというのにその剣には汚れ一つついていない。


 その剣の刀身は真っ赤に染まり、不気味な赤黒い光を放っていた。喋れないが碌なものではないのが見て取れる。身体の奥から震えるような恐怖が沸き上がるが、身体が動かない。


 そのまま、彼女は私の所に移動してくると私を冷たく見おろす。その瞳には何かを覚悟したようにも見えたが……同時に何か暗い情念の様なものも感じた。


「……神よ、我が行為を許したまえ」


 彼女はその言葉を発した瞬間、その剣を私の右腕に突き立てた。腕に激痛が走る……のだが……悲鳴を上げたいのに……悲鳴が上がらない!!


 そのままセシリーは、私の右腕をその剣を使って……まるで料理をするように切り裂いていく。私は視線だけを動かしてその様子を見せられていた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 右腕、左腕、右足、左足……次々にセシリーは私の身体を解体していく。そのたびに、身体に激痛は走るのに、私の身体は動かない。


 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で?!


 なんで私がこんな目に?!


 止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて!!


 叫びたいのに、声は上がらない。


 地獄の様な痛みの中、私の身体は分割されていく。それをセシリーはただ無言で行っていた。何を考えているのか、その表情からは伺い知れない。


 汗は身体中から噴き出し、痛みが絶え間なく襲ってくるのに気絶することすらできない中……私は……。私は……。私の身体が……。


 ただ黙って、身体から腕が、脚が離れていくのを見ていた。気が狂いそうなのに狂うこともできない中、私の身体が斬り裂かれていく中……一つの事に気づく。


 私の身体からは、血が一滴も流れていない。斬り裂かれた身体のパーツからも、私の身体からも、剣にすら血は付いていない。


 四肢が全て斬り裂かれた私は、荒い呼吸をしながらもまだ生きていた。そして、セシリーは私の顔に剣を触れさせる。悲鳴すら上げられない中、セシリーは私の左目を抉った。


 残った右目で、私は取られた左目を見る。血は付いておらず、ただそこに私の左目がセシリーの手に握られていた。


「……貴女の命は、貴女の肉親とこの魔法陣を介して繋がっています。あなたは弟が死ぬまでは何をされても生きています。儀式が終わるまで……生きてもらわなければならないのです」 


 私の視線を感じてか、セシリーは端的にそんなことを説明してくれた。私が生きているのはこの魔法陣のせいのようで……でなければとっくに……。


 痛みでぼんやりとした頭だったのだが、そこで私は冷や水を浴びせられたかのように意識が覚醒した。


 今セシリーは何て言ったの? 魔法陣を介して肉親と……繋がっている……って……ニールは今……どうなってるの?

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