お高くとまるイジメっ子は俺と同じ特撮ヒーローオタク
三原シオン
彼女は大の特撮ヒーロー好きであった。
石森爽真は虐められている
いくら傷付けられて腹が立っても、手を出すのは良案じゃない。
暴力を振るっても、問題は解決しないんだから。
殴り返したら、向こうも殴ってくる。
そしてまた殴り返したら、もっと殴り返される。
そんな連鎖……ただ痛くて悲しいだけじゃん。
大事なのは、負けずに相手に伝える事と、間違ってたと気付いてもらえた時に許せるキミ自身の『優しさ』なんじゃないかな。方法はひとつじゃない。いくらだってある。
綺麗事かもしれないけど、力に任せて想いを伝えるよりかは堅実的だよ。
俺は、そう思うな。
【マスクド戦士マジック 第四十一話『辛抱』】より抽出。
▲▲▲
どうして好きなモノがあるだけで、辛く苦しい思いをしなければならないのか。
理不尽極まりない世の中だ。
『オタクかよ。マジでキモっ!』
それが彼女から初めて掛けられた第一声、もとい罵声であった。
無論、第一印象は〝最悪〟以上の何者でもない。
何しろ、初対面でいきなり侮辱の言葉を浴びせてきたのだから。
彼女の名前は、
俺が属する二年B組を半ば牛耳っている女子生徒だ。
現状、彼女がその地位を独占しているのには根本的な理由がある。
顔がとにかく可愛い。
端正なのは勿論のこと、実年齢よりも若く幼い印象の顔立ちをしている。
ベタではあるが、芸能界入りも夢じゃない。
グレーに近いブラウン色(のちに妹から聞いたが『アッシュ系』と呼ばれているらしい)の長髪。結び目を耳よりも下で両サイド作り、ツインテールというよりかは〝おさげ〟に近い形に仕上げてある。
身なりに関しては、ブレザーのボタンは全部はずされ、リボンも乱れ、ブラウスのボタンも二つほど開けられるなど、瑞々しい肌を露出し放題。健全な俺には刺激が強過ぎる。
更にスカートも規定値より少し短い。なんと破廉恥な。
まさしく『ギャル』。そう呼ばれても疑われない、百人中百人が頷く風貌をしている。
以上の見た目のインパクトから白倉薺は、入学早々スクールカースト上位に君臨し、クラスの中心人物にも位置する存在となった。
ちやほやされれば、どんな人間だって付け上がりだす。よく出来た脳の構造だ。
このクラス内で一番偉いのは自分、意に背けば攻撃対象と見做す。
肥やされた横暴な態度は、さながら独裁者。響きを良くして女王様とでも称しておこう。
視認不可な支配力に大多数が意のままになっているおかげで、B組は俺命名『シラクラ王国』に侵略されつつあった。
王国ともなればクラス全員に否が応でも役割が振られる。非常にくだらない。
常に彼女の周りを囲む同種の存在感を放つ取り巻きは謂わば『兵士』、その中でも一際輝いている男子生徒が『隊長』格を担っている。
女王の側近らしくご機嫌を取り、過度なイジリにも平然とノリ良く返す。
だからこそ白倉は飽きず、彼の人柄も見込まれ、周囲に人が寄り集まる。
人脈というのは、ああいった場面で構成されていくのだろう。俺には到底できそうにない。
まずイジられた時点で真摯に受け止め、空気を静めるのが目に見えている。
ごめんな、流し方下手なんだよ……。
俺の事はさておき、役割の話に戻ろう。
『兵士』と『隊長』が登場した次は『平民』ポジションだ。
これらは白倉の周囲には集まらず、各々自由に暮らしている有象無象の生徒たちを指す。
女王の側近を希望したいが倍率が高く、諦めて娯楽に打ち込む男子。スクールカーストなる制度に特に興味を示さず、自分の信念を貫いて予習復習をしている女子と、様々にカテゴライズされている。
彼ら彼女らは、女王に目を付けられない摩訶不思議な術の保持者だ。
だからこそのびのびと高校生活を送れている。
話す機会があれば言葉を交わし、物の貸し借りも動じずに行う。
世間一般で言う〝普通〟。
出来れば俺もその枠に入りたかった。
もう遅い、手遅れだと知っているだろうに。
▲▲▲
「…………」
背後から鋭い視線を感じ、振り返ると白倉が不敵に口角を上げながらこちらを見据えているのを視界が捉えた。
彼女の席は窓側奥の隅に位置し、彼女を含め女二人、男三人の計五人近くでたむろっている。
急いで前に向き直り、さっき目が合ったのは偶然だと内心言い聞かせていると、椅子から立ち上がる〝最悪な音〟が耳に届いた。
はあ……始まるのか……。
頭は重力に従って下に傾き、不安が募ったばかりに重く長い溜め息が漏れる。
最早習慣付いた流れ……取り巻き軍団は含み笑いをしつつ、口々に『始まるぞ』と期待に胸を膨らませる低語を吐く。
足音が徐々に大きく、近付いてくる。声を抑えた笑いと足音が室内に響き、その緊迫した空気から汗が滲み出ているのが実感できた。
項垂れたままでいると、床を踏む上履きの音が目の前で止まる。
うん、微かな希望でスルースキルを発動したが効かなかった様子だ。
「モッキ~」
明るく語尾を伸ばしてはあるも、妙に威圧感の込められた呼び声が降りかかってくる。
可能であれば無視を決めたいが、その選択肢を取れば次に拳骨が来るのは確実だ。
下手な抵抗するなかれ……渋々と顔を上げる。
「な、何か用か……?」
変に敬語を使うと、後方のギャラリーたちのツボを余計刺激し兼ねない。彼らの腹部を守る為にも、俺は可能な限りの虚勢を張って返答する。
白倉は目を細め、先ほどと同様に口角を上げたまま見詰めてきた。
女王様に相応しい悪い表情だ……。
「ねぇ、いつもの見せて~」
着席する俺の目線まで屈み込み、両手で頬杖を突く。認めざるを得ない可愛い仕草だ。
「は、はいはい……」
反射的に了承の返事をしてしまった俺は、右横に掛けた指定鞄を取る。
彼女の前に置くと、徐に触り始めた。中身を漁る意図ではない、向きを変えているだけだ。
俺の鞄にはアクセサリーが付けられている。
興味を持っている意味ではなく、自らを喜ばせる為の材料として調達に来ているだけだ。
アクセサリーの種類は、ラバーストラップ。
キャラクターグッズの一種として絶大的人気を誇っており、デフォルメされた可愛いデザインが魅力的。厚さも四~五ミリ程度であるから、収納にも非常に便利だ。
それを俺は十個ほど付けている。
作品の名は……【マスクド戦士】。
腰に巻き付けた装飾品、通称『ベルト』から発せられる特殊な力によって己の肉体を変化させ、強固な鎧で身を包む、顔を仮面で覆った特撮ヒーローたちの総称だ。
正直コレクションの収集を誇りたい場面ではあるが、これのおかげで今の立場になったと言うと否定は出来ない。
だがそれでも外さないのは、俺にも維持があるからだ。
〝彼ら〟を否定する、ファンとして相応しくない真似を決して取りたくない。
笑い者にされたくないから外す……それは賢明な選択であって、同時に作品に対する愛へのプライドを傷付けてしまう。
今の今まで好きこのんできたのだから、恥ずかしいと思わず堂々と身に付ける……そう決心しているからこそ未だ行動を変えていない。
まあ、傍から見れば『バカ』の一言だ。
「うわ……また増えてる……」
気味悪がるも、物珍しそうにストラップをひとつひとつ丁寧に確認していく白倉。
増えているのは当然。昨日渾身の祈りで、俺の最も推しているキャラを出したのだから。
自慢気に言いたい衝動に駆られるが、恐らくこの手のやつは聞いたところで『ふ~ん』と引きながら反応するのがオチだろう。なので一旦口を噤む。
「ねぇ、これ名前全部言えるの~?」
「あ、ああ……」
「言ってみてくれる~?」
「え、なんでぐっ!?」
ごっ……と鈍い音が机の下から鳴る。
否定意見が相当気に障ったのだろう……脛を拳で叩かれた。その痛みは激しく、身体が強張るほどだ。
こいつ……苛つくと脛攻撃する癖そろそろやめろよ。
「おねが~い」
なおも猫撫で声で、手まで合わせてきた。もう一度断ったら次反対側だな、こりゃ。
「はあ……分かったって。言うぞ……?」
溜め息を吐いた俺は、この先を覚悟して口を動かす。
「マジック、テオス、データ、ノイズ、ハンター、
マスクド戦士シリーズ全十作のタイトル及び、主人公たちの名前を言い切る。
瞬間、嫌気が腹の底から込み上げてくるのが分かった。
彼らの名前をまるで『バカにしてください』と提供したようなもんだ。
しかも、そう思ってしまっている時点で俺も同罪に過ぎない。
バカにはしてません。いや、本当に……ごめんなさい……。
「…………ぷ」
悲しみに暮れていると、目の前の白倉が吹き出す。
と同時に、後方の連中も感情を抑え切れなかったようで決壊させた。
『あーはっはっはっはっはっはっはッ!』
下卑た嘲笑が、沈黙した教室中に盛大に響いた。
「腹いてぇ! なんであんなペラペラ言えるんだよ!」
「さすがモッキー! 俺らに持ってないもん持ってるぜ!」
「きっも~。誰か洗面器持ってきて~!」
背中に浴びせられる数々の罵倒……朝から鬱陶しく、健康そうで大変宜しい。
そう、俺こと
諸悪の根源は目の前の女王様こと白倉薺。こいつが一年のとき唐突に中傷してきた為に、俺の平穏な高校生活は狂わされた。
人権無視も甚だしい嘲笑や悪口の数々を現在進行形で受けている、まさに奴隷だ。
いや……奴隷も最近怪しいな。だとしたらピエロか……。それともサンドバック……。
もはや無機物でも例えられる自分の立場に瞳が潤んできた。
「あっはっはっはっはっはッ!」
大口を開けた白倉が喉彦を震わせ、整っている容姿をだいぶ勿体なくしている。
「モッキーまじキッモーっ!」
そしてお決まりのフレーズを聞かされた。
悔しいけど、相変わらず語呂が良い……。
因みに『モッキー』というのは、俺に付けられたアダ名だ。
最初は『キモイ』から始まり、その次に『キモ』、そして呼びやすく『モッキー』となった。
去年の初夏辺りから定着し、現在に至る。
悲しきかな、最近は呼ばれたら条件反射で振り向いてしまうぐらいの自覚を持ってしまった。そのうち本名を忘れそうな勢いだ。
「ねぇ、モッキ~」
「な、なんだよ……」
「いつまでこんなお子ちゃまな趣味続けるつもりなの~?」
「…………ほっといてくれ」
思わずふてぶてしい態度を取ってしまう。
それもそのはず、人の趣味をとやかく言うものではないからだ。
「…………は?」
だけど目の前の女王様のご機嫌を斜めにさせる要因には変わらず、今直ぐタイムマシーンで数秒前に戻って自分自身を説得したくなった。
「え、なにその態度……?」
白倉の表情が硬直し、そのフレーズ一発だけで教室内が険悪にピリ付くのを感じ取る。
「モッキーの癖に、なにアタシに楯突いてんの……?」
「いや、そんなつもりは……」
「あったまきた~。こりゃ、底辺くっそ野郎に目に物見せてあげないとね~」
言うとラバーストラップのひとつ……俺の大好きなヒーロー『マジック』を鞄から無理矢理引き離した。
「今からコレ、ゴミ箱にポイしちゃいま~す!」
「おい、ちょっと待て……ッ!?」
これまで怒りを買ってしまった際のペナルティは数々と受けてきたが、このケースは初だ。如何なる事態にも平静を装えるよう抑制できたはずの感情が自動運転し、動揺が始まる。
「か、返せって……ッ!」
「キモうっざ、近寄るな!」
咄嗟に腰を浮かしストラップ目掛けて手を伸ばすも、後方に避けられ俺の手は空振った。机をがたっと鳴らし、席を立つ。
「な、なあ頼む返してくれ。それ大切なモノなんだって!」
「は! こんなのが大切ってキモ過ぎ~。ぜぇったい返してやんな~い!」
梃子でも動かんばりにストラップを片手でぎゅっと握られる。
「さっき言った事は謝る。だから!」
「きっこえませ~ん」
最早何を言っても無駄。反感を買えばどんな罰が待ち受けているのか。クラス全体への見せしめも兼ねた嫌がらせだ。
「うぇ~いッ!」
「やっちゃえやっちゃえ~!」
柄にもなく取り乱し、息も絶え絶えになる。
現状盛り上がっているのは取り巻き連中のみで、他はしんと静まり返っていた。
白倉が投球モーションに入り、焦りが一層に増した。
「お、モッキー顔面蒼白ぅ」
「ゴミ箱ン中、必死に漁ってる姿撮ってネットにあげよう~っと!」
残された四人が一斉にスマホを構えだす。
過剰反応かもしれないが、俺はこの光景がとても不快だ。人の恥ずかしいところを録画するのじゃなく、自分の身を守る為に使おうとは感じないのか。ただひたすらにそう思う。
「それじゃ、行きま~す!」
「ちょ、ま」
「やめなさい」
ストラップが今まさに投げられようとすると、制止を促す凛とした声が響いた。
「…………マドカ」
引き寄せられるように顔を動かすと、白倉と引けを取らない整った容姿の女子生徒が腕を組んでドアの前に佇んでいた。
切れ長の目に、腰まで届く黒髪。丁寧にお手入れされ、日光で綺麗さが増している。大人びた外見に加え、他の女子たちと比べて少しばかり背が高い。
一言で表すなら容姿端麗。事実、クラスの男子何名かは見惚れている。
声を上げた彼女の名前は、
もっとも、去年辺りからその枠を申し訳なく感じているけども……。
そんな彼女は現在、男女ともに認める美しさを崩すほどの形相で白倉を睨み付けていた。
「なぁに、なんか文句でもあんの~?」
舌打ち後に、先ほどと同一人物とは思えない低音が出される。
緊迫する空気に、固唾を飲み込み見入ってしまう。
「あるに決まってるでしょ。散々人の好きな物を笑っておいて、殴って、最後にはそれを捨てる? ふざけるのも大概にしなさい……ッ!」
美声でありながら重く吐き出される言葉に、B組の女王様が僅かに押されるのを見逃さなかった。
「返しなさい……」
すっと掌を出したマドカが、棘の埋まった口振りで返却を要求しだす。
「…………」
しかし白倉は睨むばかりで応じようとしない。威嚇する猫みたいだ。
「返しなさいッ!」
『…………ッ!?』
三度目は無いと言わんばかりに、先ほどよりも音量を一気に上げた喝が入る。
取り返すのに夢中で教壇上に立っていた俺の視界には、白倉含め身を強張らせるクラスメイト全員の姿が映った。見渡した範囲で大体二十名近く、その数を一斉に反応させるなんて凄いとしか感想が出ない。
「…………ちっ」
その小さい反抗の音を鳴らしながらも、白倉はストラップをマドカに投げ渡した。
「はあ、気分わるッ!」
捨て台詞を残し、不機嫌を最高潮にして教室を去っていく。
ばんっと乱暴にも閉められたドアの音が鳴り響き、室内に残った全員が身を竦める。
反動で小さい隙間を作るのは、それほど強く閉めた証拠だ。
とにもかくにも、リアルファイトが行われずに済んで助かった。殴るだなんて、それこそ女の子同士の白熱した喧嘩なんか目にしたくない。
嵐が過ぎ去ってもなお緊迫したムードに押し負け、数名が震えている。かくいう俺も。
「…………なに?」
対象を白倉からギャラリーに切り替えたマドカの睨みに、驚きのシフトチェンジで先ほどの鬱陶しさが復活した。すげぇな……俺には出来ない早業だ。
と、思わず詠嘆しているとマドカが目の前に寄ってきた。
「ソウちゃん、はいコレ」
数分前の鬼の形相が嘘のように、年上お姉さんを彷彿とさせるいつもの優しい表情に戻っていた。えっと、本当に同一人物ですよね。ビフォーアフターが激しいんですが……。
「あ、ああ……」
透明感ある掌で優しく包まれた『マスクド戦士マジック』のラバーストラップを受け取る。
そうだ、お礼を言わないと。
「ありがとうな、マドカ」
「ありがとうじゃない!」
急に怒られた……なぜ。
「ソウちゃんはもっと感情的にならないと。さっきだって、怒鳴るか力ずくで反抗しても良かったんだよ!」
ご立腹の原因は、俺のチキンさを咎めての一声であった。
「いや、だってさ。怒るのって疲れるし、力ずくってのも穏やかじゃないかなぁって……」
おどおど答えると『はあ……』と溜め息を吐かれた。
「相変わらず優しいんだから……。ま、それがソウちゃんの良い所なんだけどね」
呆れられる一方かと思いきや、人柄を褒められた。つまりプラマイゼロも同然だ。
「でも、いざとなったらキチンと自分で起こること。私だってそう何遍も助けてあげられないんだからね!」
「わ、分かったって……」
とは返したものの、実際面と向かって怒るのは相当な体力を消耗する。
それに力ずくというのもナンセンスだ。
加減を間違えれば怪我を負わせてしまうし、双方にメリットは無い。
あの感触を味わうぐらいなら、心が傷付くだけマシだ。俺は、そう思う。
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