4月6日(火) あなたのいない学校
今日は新学期1日前ということで、新2,3年生だけで入学式準備をする日でした。午前中だけね。私はもう、行きたくないと死にたいの一言(いや二言なのか)で、昨晩からいつまでも鬱々していました。
ちなみに昨日、私は用事があって家にいなかったのですが、保健医から電話が来ていたそうです。明日は入学式準備だけど忘れてないか、という内容だったらしいのですが、それは建前です。とても分かりやすく建前です。私のことが心配で、明日ちゃんと来いって後押しのためにかけたのだと思います。だって入学式準備があるよってことは元担任(もう元なんです。すごく辛いけど、もう、元担任。)の最後の学級通信にしっかり律儀に書いてありましたから。そう簡単に忘れるわけがないのに電話してくるなんて、ありえないんですよ。しかも私だけとか。
っていうか、私がその建前を理解できたから良かったけど、普通に受け取ったら、私だけ忘れると思ってたのか?舐めてんの??ってガラの悪い受け取り方をしかねないですよ(笑)。
まぁそれは置いといて。行きましたよちゃんと。べつに準備くらいなら普通に行きますよ。
学校が見えた時、1番最初に目に入るはずの元担任のあの車は、もちろん無かった。あの車があったら、今日も担任がいるから大丈夫だって安心できたけど、もう見ることはできないし、学校にも、もちろんいない。悲しくなった。
廊下を歩いていたら、献血の勧めや、未成年飲酒禁止のポスターが、あの日のまま同じものを同じ位置に貼ってあった。あなたがいてもいなくても、この学校の外装も内装も、空気も、変わらない。私にとっては世界の何もかもが違うけれど、周りの人にとってはそんなことは無くて、私が死んでも社会が動き続けるように、あなたがここにいなくても、同じく社会は動き続ける。そして私も生き続ける。
その事実が辛かった。私の心の中にはどこにも拠り所は無いけれど、学校は現存している。そのまんまの形で。
職員室の前を通ると、ドアが開いていて、中が見えた。入口に1番近い元担任のあの席は、空になっていた。私はてっきり、新しい先生が使うために知らない荷物が置いてあるだろうとばかり思っていたけれど、そこには誰の荷物も無かった。誰も使わない席となって、ただ机と椅子があるだけだった。そのせいで、ほんの一瞬だけ、あの席で私のクラスの提出物に目を通す元担任の姿が見えてしまって、誰の席でもなくなっていることを恨んだ。どうして元担任の席が今は使われていないのか、そこに大きな理由は無いってことくらい分かっていたけれど、恨まざるをえなかった。
こうして私が廊下を歩いても、職員室から出てきて「おっ!おはよ、めい。よく来れたな。」って声をかけてくれる人はいない。どこを探したところで見つからない。考えちゃいけないと、どれだけ思っても考えてしまって、泣きそうになった。涙腺がとにかく弱かった。でもこんなところで突然泣き出したらさすがに不審者すぎるから、どうにか自分を抑えて、入学式会場である体育館に向かった。
体育館は入学式会場であると同時に、あの時の離任式の会場でもあった。だからどうしたってあの日の記憶を呼び起こさせられて、また泣きそうになった。というかずっと泣きそうだった。いない。当たり前にように毎日私の前に現れた人はもう、毎日ここに来たっていない。
…新しく赴任された学校で、今どうしているのかな。どんな学年の担任になるのかな。うちの学校よりずっと大きい学校に赴任されたから、きっと私なんかよりずっと不幸で、自傷とかする子、もっといっぱいいるよね。そしたら私のことなんか忘れちゃうかな。私が死んでも悲しまなくなるかな。私が幸せに見えちゃうかな。
……死にたい。もう死にたいんだよ。だから死にたいんだよ。死にたいしか言えない。死にたいしか言わない。死にたいとしか思えない。死にたいとしか感じない。死にたいとしか望まない。やっぱり死にたいんだよ。もう殺してよ。誰か私を救ってくれよ。自分の手じゃ死ねないから、誰かが私を救って。もう、私には何もない。
思考は下向きになる一方で、私の頭の中は、死にたいのひとつだけになった。永遠と死にたい死にたいと脳内で連呼した。正気も生気も失った。ずっとずっと、ぼんやり死にたかった。進行の先生が、「今日、どんな気持ちで準備すると良いでしょうか」と問いかけたのに対して、「死にたい」と返事した。…心の中でね。
いきいき準備なんかしていられる精神状態じゃないし、話しかけてくれる友達なんかいないし。無心で適当に動いた。たぶん、目は死んでいたと思う。私の心、死んでたし。
途中で保健医が話しかけてきて、「ダンスのイベントあったんでしょ?どうだった?」と聞いてきた。……なんで、知ってるんだよ。きもちわる。どこで知ったの。そうやって私の知って欲しくないことも、どっかからダダ漏れになってるんだろ。やだなぁ。「どうだったって…べつにどうもないですけど。」私は、どうだった、って聞き方が嫌い。どうって、何が。なんて言えば良いの。分かんないから、嫌い。
「春休み、楽しかった?」とも聞かれた。楽しい、ねぇ。まぁ確かに、姉とプリキュアの映画見に行ったり、親友と遊びに行ったりとかしたけど、でも、担任がいない会えない担任じゃないって寂しさは、ずっとずっと心の中にあった。確かにあった。だから、楽しかったかって聞かれたら、そんなわけないんだ。楽しい時ももちろんあったけど、日中はネットに逃げて気を紛らわして、夜はそれもできなくて泣くしかないって日々が大半だったから、楽しいかと聞かれると、そんなわけ無いんだ。「…まぁ、楽しかったかもしれないですね。」と曖昧に言った。
心配されているのは分かっていた。善意で話しかけてくれているのも分かっていた。だけど、だけど保健医は、あの人とは、別の人間だ。私がずっと好きだった担任とは、違う人間だ。それを分かって欲しかった。私が頼りたいと、いつ言った?私が助けて欲しいと、いつ言った?こんな態度でごめんなさい。でも私は、保健医を好きで頼りたいと思ったことは1度も無かったから。どうしようも無かった。
2年生教室から3年生教室へ荷物と机、椅子を移動させた。
その時、机の上にプリントが数枚重ねて置いてあった。おそらく、春休みになってからチェックされて返されたプリントだろう。1番上に置いてあったのは、技術の授業で育てた、ほうれん草の観察記録のプリントだった。そのプリントの右上に、赤いボールペンで、元担任の文字で「めいさん?」と書いてあった。そっか。私、名前を、書き忘れたんだ。………その文字が目に入った瞬間、「めい?」と元担任に呼ばれた気がした。目の前のプリントに書かれた文字。そこに先生がいた。不思議そうにこちらを見て、めい?って聞いていた。呼んでいた。確かにその文字にいたんだ。私にはそう見えたんだ。見えてしまったんだ。ずっとずっと、担任として会いたかったその人の証が、すぐそこで私の名を呼んだのだ。私の名を覚えていて、私のことを考えていて、私だろうかと不思議そうに首をかしげて、それで呼んだ。そしてその声を紙に宿したまま、この教室に、1人で足を運んで、私の机の前に立って、このプリントを置いた。もう今はいなくても、少し前までは確かにこの学校に、この学校の教員として、私の担任として来ていたんだ。辛い時間があまりに長くて、元担任が担任だったのはずっとずっと前であるように感じていたけれど、ほんの少し前まで、いたんだ。
1番泣きそうだった。とてもとても泣きそうだった。いた。そこにいたから。今1番誰よりも誰よりも会いたいその人を見てしまったから。痕跡を見てしまったから。胸がいっぱいになって、ただ悲しかった。
クラスメイトが1人だけ、話しかけてくれた。唯一、元社会教師がイケメンだと分かってくれた、同じ自傷癖のある子だった。それなりに仲は良かったし気は合う子だった。「立ち直れた?」と聞かれて、「いやぁ無理だわ。毎日課題しようとしては泣いてリタイアしてる。それが今日まで続いて、まだ一切課題に手ぇつけてないのよ(笑)。」と言ったら、爆笑してくれた。
「まぁ無理だよねぇ(笑)。私もいうて半分も終わってないし。」
「えぇ?!それけっこーヤバくない?!私ほどじゃないけど。」
みたいな話をしたら、案外それなりに気が楽になった。だから人と話すのは良いことだけど、今日私に話しかけてくれたのは、その子だけだった。
男性が咳をする音が聞こえて、ハッとして振り返った。
元担任は冬から春にかけて、花粉症で咳が出るらしくて、ここのところはずぅっと咳ばっかりしていた。だからその音で、大体いつもどこにいるか把握していた。男性の咳の音が聞こえたら、近くにいるなぁとか、あそこの教室で授業してるんだなぁとか、ストーカースキルの高い私はいつも考えていた。
花粉症によるものだと知らなかった時、咳ばかりするから心配で、日記に「先生最近すごい咳してるじゃないですか。心配です。無理しないで休めください。」と書いたら、すごく喜ばれたことがあった。その時に花粉症によるものだと知った。
…咳をしたのは別の先生で、元担任じゃなかった。元担任じゃないことくらい分かっていた。それでも反射的に振り返って、ほんの一瞬期待してしまう私が、憎たらしかった。
下校している時、クラスメイトの男の子が2人、道端で喋っていた。私が前を通る時に、いかにもからかうような声で「こんにちは」と言ってきたが、反応する余力なんか無くて、ガン無視して通り過ぎた。後ろから、からかうように、バカにするように、クスクス笑う声が聞こえた。私、今年はいじめられるかもなぁ。と思った。
帰宅して自室に入って1人になったら、今日ずっとずっと堪えていた涙が溢れた。ベッドの淵に座って、下を向いて、黙って泣いた。太ももに涙が音もなく落ち続けて、小さな水たまりになって光った。
明日から新学期だけど、不登校しようと思った。課題だって一切手がつけられないままだし、もう誰が新担任でも関係無い。誰だったとしても、期待できないことは分かっている。だからもう、行かないことにしようか。どうでもいいんだ。もう。
戻るはずのない人
現れるはずのない人
それなのに
分かっているのに
待ち続けている
ずっと待っている
いないと分かっているはずなのに
ずっと期待して
待っている
死にたい
それだけ
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