第14話 それぞれの成長についての話
最初こそ筋トレだけで躓いていた俺たちではあるが、1か月もすればかなり慣れたものだ。モネもサイカさんも意外とこういうところでは真面目なようで、2日目からは筋肉痛で悲鳴を上げながらも剣の稽古までキチンと参加し始めた。
モネも王女様に良いところを見せたいらしく、今では一番熱心に訓練に参加しているほどだ。
その甲斐あって、今はなんとか王女様の厳しい筋トレにも付いていけるようになった。それから──
「りゃぁっ!はっ!」
「はい、あと10回!」
今は素振りの真っ最中なのだが、これが意外と難しい。一番剣の鋭くなる角度で斬らなければならないらしいが、最初はその感覚を全然掴めず苦労した。
しかしそれもアルトの指南のおかげでまあまあ改善して、今では10回に5,6回くらいは上手く振れるようになった。……ような気がしなくもない。
しかし試合の方はまだまだ課題だらけだ。まずは上手く振れるように基礎を固めなければならないからこそ、俺は剣の稽古とはいえほとんどひとりで素振りだけしていた。
「はい、OKです。お疲れ様でした。……それにしてもヨウスケさん、この一か月でかなり成長しましたね。かなり見違えました」
「ははは、ありがとう、アルトにそう言ってもらえると自信が付くよ。でもやっぱりアルトには敵わないよな……」
「まあ、私は生まれてからずっと剣を握って生きてきましたからね」
「そうだよな、そりゃあ比べるのもおこがましいか」
荒れた息を整えながら隣を見ると、モネとサイカさんが簡単な試合をしているところだった。一見すると体格のいいサイカさんの方が有利そうだ。モネにはマスクというハンデもあるわけだし。
しかしこれが意外なのだが、大体この2人が試合をするとモネが勝っているところだ。どうしてかというと、先ほど言ったようにモネは王女様に良いところを見せようとかなり見えないところで努力していた。そのお陰で城の誰もが目を見張るほど速いスピードで腕が上達し、今ではアルトと本物の剣で勝負をしているほどである。まあ流石に勝ってはいないらしく、「また負けたぁーっ!」という叫びを毎日聞いているのだが。
モネをそこまでの強さに引き上げたのは努力だけではない。彼女は実は16歳らしいのだが、かなり背が低い。正直王女様と並ぶと背にそこまで差はないのではと思うほどだ。言動も幼いため絶対に16歳だと思われないだけなのである。
そしてモネは自身のその低い身長を最大限に利用し、体の動きを可能な限り俊敏にすることで相手に手を出させないようなスピード勝負の戦法で短期決着をつけるのが彼女のやり方だった。
俺もこの1か月でかなり強くなったとは思うのだが、モネには負ける。元々モネとストラさんのペアが戦闘能力としては一番高かったのだが、今では俺たちにぶっちぎりの差を付けている。
今もその速さに付いていけなくなったサイカさんが押し込められているのがわかる。サイカさんも持ち前の豪運を存分に発揮し上手く捌いてはいるものの、もう間もなく勝負が付くだろう。
サイカさんの能力は「幸運」。これは会議で聞いたのだが、パッと聞いた感じでは地味に感じるかもしれないが、実はかなり強い。この能力を見せてもらうために俺はサイカさんと何度かトランプのようなカードゲームをしたのだが、それはもうボロッボロに負けた。しかもポーカーのようなゲームをしたときなんかはロイヤルストレートフラッシュにあたる強さのものを何度も出していて、これはサイカさんにギャンブルで勝つのは無理だと一瞬で悟る以外に出来ることはなかった。
話が脱線したが、今の状況を説明しよう。技量に大きな差があるためサイカさんはモネの素早い動きに振り回されてはいるのだが、決着がなかなかつかない。サイカさんが上手く躱したり、「幸運」の能力を発動させ、「たまたま」そこにあった小石に躓くなどして振ってくる剣を避けたりしているからだ。
これにより、かなり剣の腕が上達したモネにもある程度抵抗することが出来ているらしい。この仕組み初めて聞いたとき、俺は能力も使いようだと感心したものだ。
それからは俺も治癒の力で他に何かできることはないかと模索を続けている。……が、未だに怪我を治す以外に使い道を見つけられていない。まあその能力のおかげで怪我を恐れずに立ち向かえるというのは大きなアドバンテージになるのかもしれないけど。
まあといった感じで今日もいつも通りに訓練をしていると、背後から鈴のようにコロコロとした美声が聞こえた。
振り返るとそこには木の盆を持った王女様が立っていた。慌てて会釈すると、上品にお辞儀を返してくれた。さすがは王族、堂々とした立ち居振る舞いである。
「またやってますの?サイカ様も大変ですわね。あ、こちら差し入れの果実汁ですわ」
思わず見とれていると、王女様がグラスを渡してくれる。中には綺麗な黄金色の液体がなみなみと注がれていて、とても美味しそうだ。思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「ありがとうございます、王女様。あの2人、なんだかんだ仲いいですよね」
「「仲良くない!」」
ぴったり同じ言葉を同じタイミングで叫ぶ2人。やっぱり仲がいいと思うんだけど……。
「はいはい、皆様に大事な話がありますので集合してくださいまし。もちろん、アルトも」
「はーい!」
王女様が手をふたつ叩きそう指示すると忠犬よろしくモネが素早い動きで王女様の前に走っていく。
俺もモネに続き、アルトも寄ってくる。サイカさんも肩で息をしながら王女様の前に移動した。
「まずは、この1か月の皆様の努力、しかと見させていただきました。……最初こそ心配したものの、本当に真面目に取り組んでいただき嬉しいですわ。短い期間ではありますが、皆様も本当に成長されました」
王女様が笑顔でそう告げ、微笑みを浮かべる。その言葉にモネがやったー、と嬉しそうに手を掲げる。俺としてももうこの人の笑みに恐ろしい思いをしなくなっていて、素直にお褒めの言葉を受け取ることができた。
それもモネが王女様の新しい一面を見せてくれたからだ。初日に声を掛けてくれたこととやストラさんの護衛の話など、ある意味モネには感謝しなければならないことばかりなのかもしれない。
「そして、そんな皆様を見込んで、ひとつお使いをお願いしたいのです」
「お使い?」
「はい、アデレア様を覚えていらっしゃいますか?」
確か、アデレアさんは俺たちの服を売ってくれた人だ。鮮やかな赤い髪と先代魔王の妹、という肩書が印象的な人、という認識だ。
アデレアさんがどうかしたのだろうか?
「実は今回の勇者選抜の運営からこちらの手紙が届きまして……」
そう言い王女様がアルトにその手紙を渡した。アルトは何も言わず頷き、中身を読み上げる
「前文は省略させていただきますね。……我々ミリア・グランツェル、先代魔王デルトアの両名が今代の勇者選抜委員会代表に就任いたしましたこと、各国の皆様に宣言させていただく次第でございます。さて、勇者選抜の儀を開始するにあたり、各国代表の異世界人の方々をお招きし、ささやかながら開会式をする運びとなりました」
「開会式!?パーティーかな!?」
「はぁ……、モネ、少しは落ち着かんか。話の腰を折られては日が暮れてしまうだろう」
「むぅー……。わかってるもん!ちょっとだけ気になっただけだもん」
まあなんとなく想像は付いていたが、モネが真っ先に反応する。流石に開会式はパーティーにはならないだろうことは俺でもわかるけど……。
やれやれとストラさんがモネを羽で制し話の脱線を防いだ。グッジョブである。モネは不満そうだけど……。
アルトも慣れたように笑って受け流し、サイカさんは肩を竦めた。
「ははは……。続けますね。……コーレダ帝国において1か月後、皆様にお会いできるのを楽しみにしております。また、開会式会場において乱闘などの騒ぎがあった場合、委員会が制止いたしますので、安心してご参加いただければ幸いです。……とのことですね」
なるほど、コーレダ帝国へ行けるのならば俺としては何も異論はない。というかこんなにも早くチャンスが回ってくるとは思っていたのでラッキーくらいの気分だ。
「オレは別にいいけど……。で、お使いって?面倒ならやらねぇぞ」
「ええ、開会式に出席するにあたり、式典用の礼服が必要になると思いまして……。皆様、アデレア様を覚えておいでですか?」
もちろんだ。俺やモネ、サイカさんの今着ている服もアデレアさんが作り、売ってくれたものなのだし。
まあ、俺としては服屋以外のもう一つの肩書、先代魔王の妹の方が印象強いけど……。
俺たちが頷いたのを見て、王女様が満足そうに続ける。
「良かったですわ。実はその礼服は既にアデレア様に注文してありますの。テーブルマナーの方もかなり上達されましたし、一着くらい持っていていいかと思っていましたのよ」
俺はその言葉に頷く。実を言うと俺たちはこの1か月、筋トレや剣の訓練だけでなく、テーブルマナーや作法などの練習もしてきたのだ。
驚くことに、これが一番上手かった……というと失礼かもしれないけど……のはサイカさんだった。
なんでも、「なんか知らんができる。ってかお前らなんでできねぇの?」と煽られ、それに特にテーブルマナーの悪かったモネがブチギレるという一幕があったりしたが、それはまた別の話。
「それで、皆様には細かい採寸と、アデレア様から試練を受け身体強化の能力を頂いて来て欲しいんですの」
身体強化の能力?急に聞きなれない言葉が出てきたが、感じからして俺たちが持っている能力とはまた別の種類の能力……、別の宝石なのかもしれない。
そう言えば、能力は試練を受けても貰うことができる、という話を前にアルトから聞いた気がしなくもない。おそらく試練とはそのことなのだろう。
「身体強化の能力は勇者選抜においては基本になりますから、ほぼ全ての国に委員会の役員が派遣されておりますのよ。アデレア様ももちろん役員ですわね」
「へぇ……」
まあ確かに、先代魔王が役員ならば妹も手伝っていてもおかしくはないのかもしれない。ただ、あの小柄な女性が魔王の妹というか、むしろ人間ではないことすらまだあまり実感が湧かないけれども……。
「それはいいんだけど……。試練ってどんな感じ?やっぱり危ないの?」
俺たちにとっては初めての試練だ。モネの質問も俺が心配していたことのひとつだった。少しは力を付けたとはいえ俺たちは実戦はまだまだ経験していない。先代魔王の妹からの試練となるとなおのこと心配だし、そこは確認しておきたかった。
「いえ、おそらく簡単に覚悟を問われるくらいのものとなると思いますわ。皆様には各自どうして勇者になりたいかだけご自分で纏めておいて頂ければと思います」
「おけおけ、マーガレットにいい知らせを持ち帰れるように頑張るね!」
「ええ、頑張って下さいね」
その言葉にモネが大きくガッツポーズをした。単純だなぁ……。王女様もモネの扱いがかなり上手くなっている気がする。修練をしていたのは俺たちだけではなかったのかもしれない。
その後軽く打ち合わせをし、明日街に出ることになった。この1か月ろくに城内から出ていないせいか、俺はひさしぶりに街へ出ることへの期待で胸を高鳴らせ、この日の訓練はお開きとなったのだった。
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