第7話

 ちょうどタルタラ遺跡に入ろうとしたアランたちの前に現れた、レオノーラ。

 もっとも、これは別に黄金の薔薇が雲海の邪魔をしようとして意図的にどうこうした訳ではなく……本当に偶然が重なった結果だった。

 拠点を設置していた雲海と同様に黄金の薔薇の方でも拠点の設置を終え、タルタラ遺跡に入ろうとしたところで、雲海の面々と遭遇したのだ。

 黄金の薔薇にしてみれば、まさか自分たちと同じ速度で拠点の設営を終えるとは思っていなかったといったところか。


「何だよ。言っておくけど、俺たちが先に入るぞ」

「あら、何故そうなるのかしら。別に私たちが先に入っても構わないはずでしょ?」

「それが構うから、こうして言ってるんだよ」


 とことん相性が悪いのか、アランとレオノーラの二人はお互いに一歩も退かない様子で言葉を交わす。

 そんな二人の間に、イルゼンが、そして黄金の薔薇からも二十代後半の男が割って入る。


「アラン君、ここで言い争っていてもしょうがないでしょう」

「姫様、彼の言う通りです。ここで無意味に言い争って時間を無駄にする必要はないかと」


 それぞれに止められ、アランとレオノーラはお互いに自分を止めた相手に視線を向ける。

 アランにしてみれば、自分たちを率いてる人物。

 レオノーラにしてみれば、お目付役とも呼べる人物。

 そのような者たちに止められれば、アランもレオノーラも、それ以上は言い争いが出来るはずもない。


「どうでしょう。黄金の薔薇と協力して遺跡を探索するというのは」

『なっ!?』


 イルゼンの口から出た提案に、アランとレオノーラ二人の口から揃って驚きの言葉が出る。

 だが、それも当然だろう。お互いに競争意識を持っており、どちらが最初にこの遺跡を攻略するのかという状況で何故、と。

 ……もっとも、本来ならレオノーラもイルゼンの言葉の意味を理解出来ていただろうが。


「どうせ本格的な探索は明日からです。今日はあくまでも、この遺跡がどのような場所なのかの様子見という意味合いが強いですしね。……黄金の薔薇は違うのですか?」

「違わないわ」


 イルゼンの言葉に、レオノーラは即座に言葉の意味を理解して、言い返す。

 そんなレオノーラを、イルゼンと一緒に止めた二十代後半の男が興味深そうに眺めていた。

 男が知っている限り、レオノーラは普段から冷静で高い判断力を持っているはずだった。

 にもかかわらず、何故か目の前の男……アランとやり取りをしているときは、その冷静さがない。

 いや、年齢相応の態度になっている、と表現してもいいだろう。

 実際には、それはアランがレオノーラを姫ではなく一人の人間として見ているからこそのことだった。

 これは、当然ながらアランが日本で生きた記憶を持っているというのが、関係している。

 貴族であれば、この世界に転生してから何度か見てきたが、姫というのは初めて見る。

 ましてや、日本にいたときはゲームや漫画、アニメといったものをこよなく愛したアランにしてみれば、姫というのはむしろ貴族よりも特別視をしないような相手で、だからこそ姫としてのレオノーラではなく、人としてのレオノーラに接しており、レオノーラもそれを半ば本能的に察していたのだろう。


「では、今日はお互いの実力を確認するという意味を込めて……と、そういうことで構いませんか?」


 イルゼンに視線を向けられたレオノーラは、何かを言おうとするものの、実際には言葉に出せない。

 心情的なことを言わせて貰えば、妙に自分を苛立たせるアランと一緒に行動するのは面白くない。

 だが、雲海というクランの行動を見る限り、レオノーラ率いる黄金の薔薇と同程度の力量は持っているのは確実だった。

 つまり、雲海と共に行動するというのは、その実力や行動を見ることにより、間違いなく黄金の薔薇の実力を上げることになり、利益となるのは確実だった。……もっとも、それは逆のことも言えるので、雲海が黄金の薔薇の実力や行動を見るといったことで利益を与えることにもなるのだが。

 それでも総合的に見れば、間違いなく損はない。

 それが分かっていても、即座に了承出来ない理由は……当然のように、アランの存在だった。


「姫様」


 部下の一人にそう言われ、レオノーラは少しだけ不満そうなままだったが、その不満をかき消すかのように黄金の髪を掻き上げながら、頷く。


「分かったわ。こちらにとっても利益が大きい以上、そちらの要望を呑むわ」

「おお、ありがとうございます。お陰でアラン君にも色々と勉強させることが出来ますよ」


 レオノーラの言葉に、イルゼンは心の底から嬉しそうに笑みを浮かべ、そう告げる。

 イルゼンの横では、アランが不機嫌そうにしていたが。

 自分と馬が合わないレオノーラと一緒に行動するということは、間違いなく面倒なことになるという確信があった。

 もっとも、イルゼンが一緒に行動すると決めた以上、アランが何を言っても意味はないのだが。

 雲海のメンバーに可愛がられているとはいえ、その実力は低い以上、雲海としての行動を決めるときにアランの発言力が低いのは当然だろう。

 自分の実力の低さが影響しているのだから、アランもそれは理解している。しているのだが……こういうときだけは、自分の実力がもっと高ければという思いを抱いてしまう。

 とはいえ、アランも別に毎日の訓練をサボっている訳ではない。

 それどころか、病気や探索といった意味では何らかの理由がない限りは、毎日のように訓練は行っている。

 それでもなかなか成長しないのは……やはり、純粋にアランの持つ素質が低いというのが最大の理由だろう。


「それでは、話も決まりましたし、行きましょうか。構いませんね?」


 レオノーラの言葉に、イルゼンを含めて全員が頷く。……アランも、渋々ではあったがレオノーラの言葉に頷いた。

 何故かレオノーラが指揮を執っていることは疑問に思わないでもなかったが。

 ともあれ、話が決まったということでその場にいる人々……雲海からは、アラン、イルゼン、リア、そしていつの間にか来ていたニコラスの合計四人が。

 そして黄金の薔薇からは、レオノーラと先程レオノーラを止めた男、それ以外に女が二人。


(もしかして、黄金の薔薇って男女比率では女の方が上なのか? ……まぁ、姫が率いてるんだから、可能性はなくないか。いや、けど遠くから見た時は男も多いように見えたけど)


 そんな疑問を抱いたアランだったが、ここで実際にそれを口にするのは嫌な予感しかしなかった為、取りあえずその一件は何も言わないことにする。

 今はよけいなことを考えるよりも、この遺跡のことを考える必要があった。

 あくまでも、今日行うのは遺跡の序盤……洞窟の部分を探索するというのが目的だ。

 その程度の探索であっても、この遺跡がどの程度の難易度なのか……そして、大体の傾向というのは、何となく分かるものだ。

 もっとも、それはあくまでも傾向というのであって、実際に遺跡に潜ってみれば全く違うといったことも珍しくはないのだが。

 そうして総勢八人のメンバーはそのまま洞窟の中に入っていく。

 当然それぞれが武装しており、アランも愛用の長剣を鞘から抜いて持っている。

 何か特別な謂われのあるような伝説の武器だったりはしないが、それでもアランが使い慣れている長剣だ。……伝説の武器があっても、アランでは使いこなすことは出来ないだろうが。

 それこそ、間違って自分を傷つけてしまうといったことにもなりかねない。そして……


(鞭、かぁ……お前は女王様じゃなくて王女だろって突っ込みを入れてやりたいけど)


 アランの視線が向けられた先にいたのは、鞭を持っているレオノーラの姿。

 それ以外には、金属……それも恐らくは鉄といったものではなく、何らかの魔法金属の類を使った動きやすさを重視した鎧を装備している。


「何?」

「……いや」


 アランの視線を感じたのか、レオノーラは少しきつめの口調で尋ねる。

 元々が気の強さもあって、鞭を持っているのが非常に似合っていると思うのは、決してアランの気のせいではないだろう。

 だが、それを口にすれば自分が酷い目に遭いそうな気がしたということもあり、賢明にも無言を守る。


(そう言えば、日本にいたときに探索者……じゃないけど、トレジャーハンター……いや、考古学者だったか? ともあれ、そういう人物が鞭を武器として古代遺跡に挑むって映画を見たことがあったな)


 日本にいたときのことを思い出しながら、それを表情に出さないようにしつつ洞窟の中を進む。

 幸いにと言うべきか、レオノーラと一緒に来た女二人のうちの片方は斥候の技能を持っているらしく、罠についての心配はいらない。

 ……もっとも、ここは遺跡に続く入り口である以上、当然ながらすでに罠の類は完全に撤去されており、その辺りの心配をする必要もない。

 遺跡の中には、わざわざ仕掛け直している訳でもないのに、一定時間がすぎれば再び罠が設置されるといったような場所もあるのだが、幸いにもこの遺跡にそのような罠の類がないのは、拠点を作る合間に周囲の探索者たちから話を聞いて判明している。


「こうしてみる限りでは、難易度そのものは高くないみたいね。……もっとも、遺跡の奥に行けば話は別かもしれないけど」


 レオノーラの言葉が洞窟の中に響く。

 洞窟の中にはモンスターや動物が入り込むこともあるのだが、幸いにして現在この洞窟でそのような存在を見ることはない。

 猪や熊といった動物であれば、それこそ探索者たちによって食料にされていてもおかしくはないが。

 ともあれ、特に抵抗らしい抵抗もないままに道を進み……やがて、周囲の様子が洞窟から明らかに人工物と思える、それこそ廊下のように滑らかな床に変わる。


「どうやら、ここからが本番のようだけど……ここから進むと、本格的に遺跡を探索することになりかねないし、そろそろ戻りましょうか。戻るのが遅くなって、あまり皆に心配をかけるのもどうかと思うし」

「そうですね。では、そろそろ……」


 レオノーラの言葉に、イルゼンがそう言った瞬間……不意に、アランの足下が光る。


「うおっ!」


 だが、アランも才能はないとはいえ、生まれてからずっと雲海と一緒にいたのだ。

 その程度のことに、咄嗟に反応出来ないはずもない。

 ただ、アランにとって不運、または計算違いだったのは、アランが跳んで地面……いや、この場合は床と表現した方がいいのかもしれないが、ともあれその床に着地した瞬間にその床も光り、そして何より跳んだ先にはレオノーラの姿があったことだった。

 そして二人はその光に包まれ……数秒後、光が消え失せると、そこにはアランとレオノーラの姿は完全に消えていたのだった。

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