遥香の錬金術師(新版)
よろずの
序章 万の錬金術師
第1話 錬金術師、再誕
春。
それは、新しい生活をスタートさせるのには、気候、時期ともに絶好のタイミングだ。
多くの人たちが、サクラの花びらが舞い散る中を、新しい生活に胸を膨らませて、行き来する。
この光景が視界の片隅に映し出されるだけで、結衣はいつも幸せな気分になれる。
眩しく感じるその光景を、目を細めて眺める結衣は、自分もその中の一人だと実感できる瞬間だった。
入社10年目の32歳の独身であり、この4月から課長に昇進していた。
結衣が勤めているのは東証一部に上場している住友系の大企業である。
その歴史ある企業で、三十代、それも前半の女性が課長に昇進するのは、稀有な出来事だった。
だからと言う訳なのだろうが、結衣には悪い噂があった。
見た目が石原さとみ似の美人だということのやっかみからか、色仕掛けで昇進しているというものである。
当然ながら、それはあくまで噂であり、真実のカケラは、爪の先ほども無い。
それでも、結衣が昇進すればするほど、そういった類の噂は真実かのように語られた。
「それなら、二年目で主任に昇進していた
黒い噂を囁かれる度に、結衣はそう言い返したかった。
結衣と同じ会社で、入社2年目で主任に昇進し、4年目で係長に昇進する直前に退職した風変わりな男である。
残留していれば今年で5年目になるはずであり、来年には課長補佐、再来年には課長に昇進していたであろうという才能の持ち主だったと結衣は思っている。
再来年、つまり7年目で課長と言うことは二十代で課長になることになり、結衣よりもはるかに早く昇進の階段を昇ることになっていたはずだ。
が、この男は、『忙しいのは嫌いだ。』と言って、こういう誰もが羨む恵まれた環境を捨てて、大阪府警の警察官に転職して行った。
「このまま居たら、社長も夢で無かったのに・・・・。」
誰もが信じられない思いで、会社を辞めて行く彼を見送ったのだった。
この信じられないことをする男が、またまた信じられないことをやってのけた。
たった一年で、その警察官の身分をあっさりと捨て去るという暴挙に出たのだ。
ケガが原因での退職だと言われれば納得せざるを得ない面もあるが、それでも、この恵まれた環境を捨ててまで飛び込んだ世界を、たった一年で諦めたということを、そう簡単に理解できる人は少ないであろう。
そして、この信じられないことをする男は、この4月から定職に就かずに、新たな生活を始めた。
その方法はトレーダー。
つまり、株式投資だけで生活していこうというのだった。
実はこの男、誰もが羨む不労所得で生活する実力を、既に身に付けていたのだった。
萬野正義こと、よろずのが、この実力を身につけたのは大学生時代であった。
この男が大学で研究していたのは、兵家を中心とした諸子百家、つまり東洋法であった。
法学部に在籍しながら、西洋法には目もくれず、東洋法を独自で研究していた。
独自研究なので、当然ながらその成果の発表の場は限られていた。
そこでこの男は、その研究成果を、実地で試そうとした訳だ。
しかし、今の日本では、兵法を実地で試す場所、つまり真剣勝負の場所は数えるほどしかない。
少ない中でも、どれにしようかと迷った末に、よろずのは株式市場をその場として選んだのだった。
よろずのにとって、株式市場は研究成果の発表の場であった。
当然のことながら、最初は手酷くやられた。
それは、よろずのにとっての兵法は、まだまだ机上の学問でしかなかったことを教えてくれた。
しかしながら、1ヶ月が経ち、2ヶ月が経ちする中で、机上の学問は実学へと昇華し始め、よろずのに大いなる喜びを与え始めた。
そして、その喜びの変化に応じて、成果もうなぎ上りになって行った。
株式投資は、よろずのに対して、他にも大いなる恩恵与えてくれた。
その最たるものが、人、人材だ。
兵法では、人材こそが重要な要素になる。
その重要な要素を、よろずのに手に入れさせてくれたのだ。
赤松結衣をはじめとした多くの友人知人が、投資を通してよろずのとつながっている。
これが最大の財産なのだが、よろずの自身、まだ気づいていない・・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます