#17 クスリの謎
「……"クスリ"を置いていった男と知り合った経緯か」
取り巻きたちが持ってきたお茶をすすりながら、エイラは素直に雪音の問いに耳を傾けていた。エイラは虚空を見上げながら、顎に手を当てる。
「た、確か……あれは一週間前ぐらいの深夜……零時回ってい、一時半ぐらいか……。居酒屋とかが並んでる四丁目の路地裏で、や、ヤツと出会った。……け……喧嘩の後だったな」
四丁目。駅の近くにあり、この町でも栄えている場所の一つだ。ということは、金剛寺はその辺りのビル群の中で企業に紛れて潜伏しているのかもしれない。
エイラは続けた。
「居酒屋のあ、ああ赤いランプが光ってた。その中、あの赤い髪の男はオレがいる路地裏に……ひひっ、オレが倒した奴らを踏んで歩きながら入ってきて、『お前には素質がありそうだな』って言ったんだ」
「素質……」
雪音は何かを考えるように顎に手を当てる。白夜も黙って考えていた。
エイラに接触してきた赤い髪の男――金剛寺。そいつの口から出たのは"素質"という言葉。
金剛寺は
エイラは続ける。
「お、オレは何となくだが、そいつから嫌な感じがした。だから持ってたナイフで斬りかかったんだ。……き、斬りかかった、はずだったが、気付いたらお、オレが宙に舞ってた。何も分からないまま、地べたに転がり落ちた。殴られたって……わ、わかった時には、アイツは倒れたオレを見下ろしてた。そ、それから意識が遠のいてきて、そこから先はもう分からねぇ。起きたら朝だった」
「……なるほど。その様子だと、お前が気絶しちまったから"クスリ"を渡せなかったってわけか」
「た、多分そうだな。一昨日来たときにはそん時のお返しをしてやろうと思ったんだが……す、すぐに撤退しやがった。ひ……ひひひ、た、たった一言、『飲めば楽しいことになる』と言って"クスリ"を置いていった。そ、それだけだ」
エイラの発言は終わり、聞けることも全て聞けたようだ。白夜は脳内で軽く金剛寺の情報をまとめる。
金剛寺は必要以上ノイズ候補者に干渉していない。たった一言二言だけ告げて、すぐにその場から去っている。できるだけ形跡を残さないよう立ち回っていた。
それは"異能覚醒薬"を使用し、例えば"スイレン"なんかに捕まった際、捕まったノイズの情報から自分を追跡されないようにしているのだろう。
白夜は金剛寺が"異能覚醒薬"を配っている理由が、"異能覚醒薬"の試用実験にあると考えていた。ノイズになった者を観察し、"異能覚醒薬"の効果を研究しているのだと、そう思っていた。"異能覚醒薬"を本格的に扱う次の行動に対する準備期間だというのは間違いない気がする。
しかし少し引っかかる。"異能覚醒薬"を配りノイズが誕生したとしても、その後金剛寺からの接触はない。実験するなら、少しぐらいノイズと接触しても良い気がするが。
いや、違う。白夜は"異能覚醒薬"による異能覚醒には適正があることを思い出した。
白夜たちは"異能覚醒薬"は飲んだ者に異能を付与するものだと、この廃病院に来るまではそう思っていた。
しかしエイラの取り巻きである、サングラス男の発言でそれは一部間違いであると知ったのだ。薬を飲んだ者すべてが異能に覚醒するわけではなく、適正がある者だけが異能に覚醒する。それが事実だった。
どうしてそんな間違いをしていたのか、それは"スイレン"が捕獲したノイズは皆"異能覚醒薬"を服用していて、"異能覚醒薬"を服用してもノイズになれなかった者はそもそも異能力の騒動を起こせず、"スイレン"に捕まる理由がなかったからだ。故に把握しきれなかった。
それを踏まえると、金剛寺はノイズとなった者の中でも、接触する者としない者とで選択しているかもしれない。
接触した者は何かしらの手段で隠し、接触しなかった者は異能騒動を起こして"スイレン"なんかに捕まる。それならば、"スイレン"が把握できる金剛寺の存在は霧のように薄いのに、水面下では活発に活動していることになる。
もちろんそれは杞憂かもしれないが、その可能性も考えておくべきだ。
白夜はそのまま立ち上がり、エイラへと告げる。
「助かった。邪魔したな」
「そ、そうか……」
エイラはどこか安堵した表情でそう返した。白夜がエイラに背を向けて歩き出すと、雪音も立ち上がってそれに続く。
これ以上エイラから引き出せる情報はなさそうだ。つまるところ、もうここにいる理由はない。白夜と雪音はそのまま廃病院の出口へ向かった。
しかし、口の中がどこかむずむすする。白夜はその途中で立ち止まって、エイラの方へ振り返った。
何だかんだ言って、エイラ達には世話になってしまった。このまま何も言わずに去るのも、少しばかり気が晴れない。少しとはいえ、共通していた死への恐怖に同情してしまったこともあって、白夜は大きな声でエイラに告げた。
「今後はあんま変なことすんじゃねぇぞ。その力を使って何かしでかしたら、次は本気でシメに行くからな」
「……ひ、ひひひ。おぉ、怖い怖い……。……気をつけてやるよ」
その返答に信憑性は高いとはいえない。だが忠告はした。これで今後、エイラとぶつかることがあっても思いっきり潰せる。
白夜の中で区切りがついたようで、心がちょっとだけ楽になった。
そのまま白夜と雪音は廃病院を後にした。二人で並んで"スイレン"の喫茶店への帰路につきながら、雪音は言う。
「この後どうしますか」
「四丁目に向かう……つもりだったが」
白夜は雪音の方を見てそう答えるつもりが、その横顔を見た瞬間に考えが変わった。
白夜が見た雪音の瞳はどこか憂いているような気がしたのだ。だから白夜は言葉を変える。
「何か用があるのか?」
「……いえ、ただ……」
肌寒い風が駆ける。もうすでに日は山の向こうへ隠れつつある中、雪音は静かに告げた。
「姉の、面会時間がもうすぐ過ぎるなあって」
山道脇の森がざわめいた。夜の不気味さがすぐそこまで迫っていたのだった。
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