第673話 シアとゼウ①

 獣神ガルムはシアとゼウが戦い勝利した者に、試練を与えると言う。


「ガルム様、も、もう一度伺ってもよろしいでしょうか? 余とシアが戦えと言われたように聞こえましたが……」


『なんじゃ、儂の言葉はしっかり聞いておらぬとならぬぞ。隣にいるシアと殺し合いをして勝った方に試練を与える』


「ば、馬鹿な!?」


 ゼウは聞き違いであってほしかったようだ。


『もちろん、後ろにいる者もいくらでも手伝っても良いぞ。おっとそうじゃ。そなたらは戦ってきた後であったな』


 ルバンカも十英獣も戦いに参加してよいと言う。


 ガルムの尾に先端へと神力が溢れていく。

 フワッとシアやゼウ、ルバンカや十英獣に一振りすると飛沫のようにガルムの神力が降り注いだ。


『これでスキルの時間的制約はなくなったはずじゃ』


 どうやら全力で戦えるようシアたちのクールタイムをリセットしてくれたようだ。


「……殺し合いを始める前に、ガルム様に伺いたいです」


「し、シアよ! 本気か!!」


『ほう、なんじゃ?』


「ガルム様の試練は何でしょうか?」


『何故聞くのじゃ?』


「ゼウ兄様との戦い方も変わってくるからでしょうか」


『そんなの単純じゃ。これまで神殿で体得した全ての神技を一連の連携の中で儂にぶつけることじゃ』


 シアは10連コンボ後に発動できる神技「豹神無情撃」と20連コンボ後に発動できる「風神天地翔」体得している。

 これを1つのコンボ連携の中でガルム相手に発動しないといけないようだ。


「なるほど……。それは厳しい試練ですね」


 獣神クウガや風神ヴェスと同じように戦う必要があることを理解する。

 それで言うなら、始祖アルバハルとも獣神ギランとも戦った。

 それだけ聞いてシアは顎に手を当て考える。

 慌てふためくゼウと違い、シアは随分と落ち着いていた。


「シアよ。落ち着くのだ。これもガルム様が試されているだけかもしれぬ」


『何を言う。獣人とは共食いせねば生きていけぬ。親兄弟であっても温(ぬる)い感情に流されるでないぞ』


 ゼウの言う戦い以外の方法を、シアが答える前にガルムが全否定した。


「そういうことのようだ。ガルム様の試練を望むならゼウ兄様覚悟せよ」


「シアよ、本気か!!」


「そこに下へ降りる階段がある。ゼウ兄様、シアは力をため、魔王を倒し、獣帝国を築かねばならぬ。去ってはくれぬか? ここで消耗してもガルム様との戦いに響かぬとは限らぬ」


 淡々とゼウへの説得に試みる。


『むむむ? なるほど、まあよい。待ってやっても良いぞ』


 ガルムは話し合いで解決するシアに対して、一瞬抵抗を見せたが止めることはしなかった。


 ゼウがシアとの戦いに抵抗を感じる中、少し後ろで様子を見ていたホバが何を思ったかズイっと前に出た。


「シア様、いい加減にされよ。階段を下りて去るのはお二方ではありませぬか!」


「ほう、なんだと?」


 突然の非礼な発言にシアは眉間に皺を寄せた。


「ホバよ、いきなりどうしたと言うのだ」


「ゼウ様も今の状況を分かっておられるぬと見える。よろしいか? 既に世界はゼウ様が次期アルバハル獣王国の獣王位に就き、獣人たちを先導するお方! ならば獣神ガルムの試練を望ましいのはどちらかなど誰が見ても必然ですぞ!!」


 ホバはアルバハル獣王国の獣王武術大会で10年に渡って総合優勝を決め、ルドに引継ぎ獣王親衛隊の隊長になり、軍を率いれば将軍もこなす。

 現在はゼウの私設兵の隊長も務める。


 もし、ゼウが獣王になれば、私設兵は獣王親衛隊と名前を変え、ホバが親衛隊の隊長だ。


「余が何を分かっておらぬというのだ?」


「……分かっておいでと思っていましたが、よろしい。シア様がギャリアット大陸で邪神教の教祖討伐を行っていた頃、ゼウ様は獣人の冒険者の保護を行い、その上で前人未踏のS級ダンジョンを攻略しました」


 ホバはゼウがどれだけ獣人から信任を得ているか説く。


 気性の荒いの冒険者や傭兵を生業にする獣人たちには、ゼウとシアなら、シアが人気があった。

 戦姫とも呼ばれ、苛烈な性格のシアは獣王家の血筋からも幼少の頃よりも一目を置かれていた。


 しかし、S級ダンジョンの攻略の最中、獣人の保護に動き、世界中の英雄たちと攻略を果たすとゼウの行動に視線が集まり出す。


「余が邪教徒を追っている間に人気取りをしていたと」


 シアはそのころ、冒険者や傭兵3000人で獣人の部隊を編成し、ミアの集めた武器や防具を使いギャリアット大陸でし烈な邪教徒の集団との戦いに明け暮れていた。


「それだけではありませぬ。ベク様無き今、王侯貴族のほぼ全員がゼウ様の側についておりまする!!」


「おい、全員は言い過ぎだ」


 ゼウが思わずホバの断言ようにツッコミを入れる。

 ゼウが5大陸同盟に関わり過ぎていることに反発する貴族たちもいることを知っている。


「余に信任がないのは今に始まったことではない」


 シアはアルバハル獣王国の王城で起きていることもルドを通して耳にしていた。


 ベク派が大勢を占めていた王城では、ベクが獣人に対して厳しい法を制度を制定するようになって、貴族たちは少しずつ距離を取るようになった。


 そこにきてシアの邪教徒討伐の知らせが王城に入ってくるのだが、貴族たちの多くはなびくことはなかった。

 バリオウ獣王家の血を引き、内乱を起こしたミアの娘であったからだ。


 だが、ゼウのS級ダンジョンの攻略はアルバハル獣王国で権力を持つ貴族たちを大変に感心させた。

 ベクが顕在であるが試練を超えた者を獣王にするという習わしを知っている。


 S級ダンジョンを命がけでゼウのために戦ったホバの語りは止まらない。


「当然、全世界はゼウ様が獣王になることを望んでいる」


 中央大陸への侵攻を企てるベクと違い、温厚で、義理堅いゼウの評価は天井知らずだ。

 邪神教教祖グシャラの企ての最中に行われた魔王軍の侵攻を守るため、ローゼンヘイムや中央大陸北部へと十英獣を率いて、最前線で戦った情報は世界中へ走り抜ける。


 5大陸同盟の盟主たちの要請を受け、ゼウの会議の参加が行われている。

 会議後の晩餐会やペロムスの結婚式でも、各国の代表は大国の次期代表になるであろうゼウと関係を結ぶため、話し合いの場が多く設けられた。


 アルバハル獣王国の民草も、王侯貴族も、全世界の代表たちも、次期獣王はゼウで疑わない。


「そうよ。命がけで余は戦ってきた。グシャラを捕まえるために1000人の命は当然無駄になったわけだ」


 シアはホバの語りに毒づき始める。


 命がけで戦ってきたのはゼウだけではい。

 ゼウが魔王軍と戦っている間にも、グシャラ、バスク、ファルネメスとの命がけの戦いが行われていた。


 しかし、人々の注目を集めるのは全てゼウであった。


「そうは言っておらませぬ。ここはゼウ様に……」


「ゼウ賢獣王の誕生を阻んだ悪獣帝となって名を残そう。まあ、忘れ去れるよりもマシなことよ!」


 シアは腕に血管が浮き出るほど力強くナックルを握りしめる。

 これでもシアはガルムの試練をゼウに譲るつもりはなかった。


「ゼウ様、覚悟を決めましょう! 我らは最後までゼウ様のために戦いますぞ!!」


「本気なのか……」


 困惑する十英獣と違い、ゼウは決断を決めきれぬと見えた。


「そういえば、最近夢を見て思い出したことがある。1つお尋ねしてもよろしいか」


「む? 何だ?」


「ゼウ兄様、私が訓練に出掛ける日程をレナに伝えたのは真ですか? 私の訓練の日程があのような形で漏れなければ起きなかった騒動でございますので、本当のことが聞きたいのです。いかがでしょうか?」


 シアの問いにこの場の誰もが口を閉じる。

 これまで見せたどの表情よりもシアの顔が憎悪に満たされていた。

 安易な回答は命取りになりかねないほどの殺気を全員に溢れさせている。


「シアよ。よく聞くのだ。ミア様が内乱を企てていたのは紛れもない事実だ。邪教狩りのために大量に集められた武器は、やもすれば王都を戦火に巻き込む恐れがあったのだぞ。その証拠に……」


「答えになっておりませぬが?」


 ゼウの言い訳をシアが制止する。


 シアの視界にあの時の光景が目の前に浮かぶ。

 母のミアは私室から身を投げ出し、幼少の頃より育てられた女中長は串刺しにされて殺された。


 シアの圧にゼウは目を瞑り、しばらく考えた後、覚悟を決めた可能に口を開いた


「レナにシアの日程を伝えたのは余だ。だが、シアよ。どうやら誤解をしているようだな」


「誤解。何を誤解することがあるのか」


「余はレナにだけ、シアの日程を伝えたわけではないということだ。獣王陛下にミア様が内乱の疑いありと進言したのだ。獣王陛下もどうやら知っていたご様子。すぐに決断し、親衛隊を動かしてくれたわ」


 おかげでシアの私設兵との戦いを避けられたと言う。

 

 レナはブライセン獣王国からゼウの妃になるため、移動してきたばかりで王城へ自由に動くことはもちろんのこと、ムザ獣王への謁見は容易ではなかった。

 そのため、ミアの行動を止めたのはゼウだった。

 結果、獣王親衛隊がミアの捕縛へと行動に移し、内乱の証拠がたくさんある状況で選択のないミアが自害したと言う。


 今度のシアは、ゼウの話を最後まで聞くことにした。


 答えを知りたかったのかシアは一瞬驚きに目を見開いていたが、だんだんと心を落ち着かせていく。


「どいつもこいつも……。余が何をしたと言うのだ! だが、ガルム様の試練さへ達成すれば、母上の魂も洗われるというもの。何もない余は何かになれるというもの。ゼウ兄様、さらばです!!」


「そうか。戦いは避けられぬか」


『そのとおり。例え、無抵抗でも慈悲をかけられると思わぬことだ。獣帝化(フルビーストモード)!!』


 まるで自らの憎しみを吐き出すように巨大な虎の獣へとシアは姿を変えていく。


「ゼウ様、お覚悟を! シア様は本気ですぞ!!」


『分かっている! 皆、勝利は目前ぞ! 獣帝化(フルビーストモード)!!』


 ゼウも戦いの覚悟を決めたようだ。

 シアよりもさらに巨大な四足歩行の獅子の獣へと姿を変えていく。


『ほほほ、どうなることかと思ったが、争え。そして、殺し合うのじゃ。覚悟無き者に儂の力は与えられぬぞ!!』


 獣神ガルムはケタケタと笑い転げる。


「レペよ! 補助を。皆もだ!!」


 ホバが矢継ぎ早に十英獣で補助のスキルや魔法を持つ者たちに指示を出す。


 シアとゼウの戦いが始まったのであった。




あとがき

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