第640話 大地の迷宮RTA⑨魅惑の唄

【4階層・残り23:35】

・必要アイテムなし


 テミの占いで、この通路の先に広間があり、そこは「霊獣の住処」だと言う。

 攻略に時間の要する「霊獣の住処」は、タイムアタックにおいては絶対に避けたい。


 高さ10キロメートル、幅1キロメートルほどの通路と、広さが1辺10キロメートル以上ある部屋で迷宮は構成されている。

 通路は何度もT字路や十字路に分かれるし、部屋は無数に存在する。

 階段は各階層1つで、宝箱は10個っていうのが基本的な各階層情報だ。


「霊獣の住処」は各階層にたまに存在し、数百から千体を超える霊獣が部屋の中にひしめき合っている。

 宝箱も運が良ければその部屋だけで10個を超える。


(一方通行で、スコップはなしと。ごり押しで先に進むか)


 階段を降りて一本道が続く中、最初に到達する部屋なので、避けることもできそうにない。

 大地の迷宮の構造は頑丈な岩盤で出来ているのだが、スコップがあると、隣の通路に穴を開けて進むことができるし、下の階層への大穴を開けることができる。


 隊列を組んで、高速で移動する中、アレンはもっとも攻略に優位な最善策を考える。


「アレンよ。階段は恐らくその部屋の中じゃな」


 アレンのすぐ側にいるテミがさらなる追加の占い結果をアレンに提示する。

 霊獣の住処に入っても、戦闘を極力避けて、出口の通路を力づくで突き進むこともできる。


 テミは、階段を最優先で探しつつ、宝箱、店、霊獣の住処など、優先して探すもの、極力避けるものを占いながら、アレンに選択肢を与え続ける。


(低階層なら必要な時間消費だと思うことだな。階段降りた先の部屋が霊獣の住処か。階段が近かったと思うことにしよう。10時間で51階層に入らないといけないからな)


 アレンたちにはあらゆるバフがかかっているのだが、バフの効果時間は有限だ。

 ソフィーの神技「精霊神の祝福」によって、クールタイムがリセットされるがそれも1回だけだ。

 神技「精霊神の祝福」でソフィー自身のクールタイムがリセットするわけではないので、バフ満載で大地の迷宮を攻略するなら、「回復の泉」を丁度良いタイミングで利用することが必須となる。

 そのため、バフを最大限使用したいなら、51階層以降に存在する「回復の泉」の探索が攻略に必須だ。


【大地の迷宮攻略メモ⑤】

・バフは最初から全力で使用する

・ソフィーの神技「生命の泉」は3時間で切れる

・ルークの時の大精霊によって効果時間は3時間から6時間に延ばすことができる

・精霊神の祝福でクールタイムはリセットできる

・51階層以降、たまに存在する「回復の泉」は全てのクールタイムをリセットする

・ルークの時の大精霊と、ソフィーの精霊神の祝福によって、神技「生命の泉」を12時間延長できる


『……霊獣の住処に突っ込みます。皆、陣形を崩さないでください。指示後、宝箱を回収し、階段へ。金塊は邪魔なので基本無視で大丈夫です』


 鳥Fの召喚獣を使って、仲間たちに指示をした。


 スコップなしで4階層まで降りてきたため、せっかくなので宝箱の中にある攻略に有用なアイテムを収集するという。


「分かった!」


 タムタムに乗ったメルルが元気よく返事をする。


 霊獣の住処には、数百から数千の霊獣がいる。


 移動するアレンたちが通路から部屋に入ると、待ち構えたかのように霊獣たちが動き始める。


『シャラアアアアアア!!』

『グルオオオオオオオ!!』

『ヒュンヒュンヒュン!!』


 多様な霊獣たちが一斉に襲い掛かってくる中、ガトルーガが氷の大精霊に指示を出した。


「イルゾ様、私たちの行く手を阻む者たちに凍てつく裁きを!!」


『任せなさい!』


 ガトルーガの全ての魔力を吸収した氷の大精霊が両手を広げ、冷気を霊獣たちに浴びせていく。

 数百、数千の霊獣たちが全身を凍らせていく。


 しかし、数にものを言わせ、部屋中から霊獣たちがアレンたちに襲ってくる。


「ちょっと! ローゼンヘイム最強の男でしょ!!」


「おい、貴様、さっきからわざと言っているだろ!」


 魔力を吸われても元気なガトルーガが振り向き、セシルの嫌味に突っ込む。

 セシルは言いたいこと言って満足したのか、戦闘に参加するべく、魔力を練り、向かってくる敵をせん滅しようとする。


(声に出して言いたいことはあるよね。さて、セシルはロザリナの力を過小評価していると)


「セシル、この規模なら問題ないはずだ。ロザリナに任せよう」


「へ? え? いけるの?」


 アレンの作戦は「陣を動かすな」だった。

 

 これは基本的に戦闘への参加は不要で、陣を固め、タムタムの上にいる後衛たちの守りを優先しろという意味だ。


 セシルの視線がロザリナに向かう。

 この状況で動くのはロザリナだけだ。

 出発前に、アレンから、ロザリナが大地の迷宮攻略に加わっただけで、攻略の最新階層記録が5階も増えたということを思い出したようだ。


「ふう、仕方ないわね。そんな目で私を見ないでくれるかしら! 魅惑の唄!!」


 妖艶な踊りと共に、ロザリナは歌を歌い始めた。


「ぐぐぐ! 早くしてくれ!!」


 歌いきるまでの辛抱だと、ガトルーガが必死に回復した側から全魔力を氷の大精霊に与え、足止めを粘る。

 ガトルーガがまだかと言わんばかりに、ロザリナを見ようとしたところで、ようやくスキルが発動するようだ。


「ちゅっ♡」


 ロザリナが投げキッスをすると、霊獣たちの両目が一気にハートになっていく。


(これが、男性を魅了して海に引きずり込むと言われる人魚の力か。エクストラモードになって、スキルに磨きがかかってるな)


 半径10キロメートルという広大な範囲で、霊獣たちを魅了していく。

 氷の大精霊によって下半身を凍結された霊獣以外も、全てが動くことができず、ただただ上空にいるロザリナに釘付けになっている。


 空を飛ぶことができる羽や翼のある霊獣は飛行を止めた結果、高度を保てなくなったことにより、どんどん地面に激突していく。


(この部屋はデカすぎるな)


 部屋の一片は50キロメートルくらいありそうだ。

 ロザリナのスキルの範囲外にもたくさんの霊獣がいる。


「ソフィー、ジゲンにロザリナのスキルの効果範囲を広げるように指示してくれ」


「分かりましたわ。空間の大精霊ジゲン様、ロザリナさんのスキルの領域を広げて下さい」


『分かった』


 上半身だけの鎧の姿をした空間の大精霊ジゲンがソフィーの魔力を使い、力を行使する。


 空間の大精霊は、バフやデバフ、攻撃魔法などの効果範囲を2倍に膨らませることができる。

 距離で2倍なので、最大で面積で4倍、体積で8倍という絶大な効果を生む。


 ルークの契約した時の大精霊がスキルの発動時間を倍にする効果と並んで有用なバフスキルだ。


 効果範囲が2倍になったため、ロザリナと直線距離で20キロメートル以内の霊獣にまでスキル「魅惑の唄」の効果が届く。


『グオオオオオ!!』


 しかし、この霊獣の住処は50キロメートルもの広さがある。

 効果範囲の範囲外の遠くから加速しながら大天使級の霊獣(Sランクの魔獣相当)が突っ込んでくる。


 大きく飛び上がり、こちらに牙を向けてくるが、ロザリナのスキルの効果範囲に入った瞬間、体全身の力が抜けたのか、顔面から床石に落下する。


 霊獣の住処にいる全ての霊獣がロザリナのスキルによって動きを止めてしまった。


「ふふ、激しい殿方は嫌いなの」


 石板に顔をこすりつけ地面に這いつくばる霊獣を見ながら、ロザリナは笑みを零す。


・魅惑の唄の説明(スキルレベル7)

 【スキル使用者】ロザリナ

 【スキルの種類】スキル、デバフ

 【消費魔力(霊)】35000

 【エフェクト】扇子を振り、踊りと共に魅了する歌を唄う。最後に対象に投げキッスをする

 【効果】対象を魅了する

 【範囲】7キロメートル

 【成長性(効果範囲)】星の数×スキルレベル×100メートル×2(エクストラモードの場合)だけ効果範囲が広がる。知力と幸運が高いほど、魅了の成功確率が上がる

 【持続時間(秒)】1時間

 【発動時間】3分

 【クールタイム】1時間

 【必要スキル経験値】スキルレベル2になるまでに1000必要。以降、レベルが上がるごとに10倍必要

 【その他】仲間と認識している者には効果がない。


 ※ロザリナは腕輪で発動時間及びクールタイム25%に削減中

 ※足輪によって、さらにクールタイムを25%削減中

 ※ルークの大精霊「タイム」によって、発動時間は減らしている


「よし、階段はあっちだな。宝箱を回収するぞ。霊獣が踏んでいるものまで探す必要はないぞ」


 アレンは迅速に仲間たちに指示をする。


 仲間たちは四散し、動けなくなった霊獣を後目に、宝箱を次々と回収していく。


「アレン様、スコップが2つもありましたわ」


「よし、ツルハシに貴重な素材もいくつかあったようだな。下の階に降りるぞ!」


「ちょっと、まだ宝箱あるわよ!」


 宝箱探知スキルのあるロゼッタが、宝箱に興奮して、部屋の隅にある宝箱を指で指し示す。


「そんなに遠くのものは取りに行かなくて大丈夫です」


 アレンはセシルと違い、迷宮攻略に1ヵ月以上いるでしょうとロゼッタを諭し、階段を降り進んでいく。


(よしよし、前半の加速要素になったな)


 このフロアだけで20分も使ってしまったが、以降の階層で挽回しようと考える。


 その後、店舗で強盗すること2回、霊獣の住処を回避すること1回で、ようやく20階層まで到着する。

 アレンはミニ土偶の腹にある時計を確認する。


(ここまで20階層まで4時間弱か。まずまずだな。ここの階層ボスは8割の確率で「爆炎草」を落とすからな。避けるわけにはいかなくなったな)


 過去に来たときは20階層を20時間かけていた。

 メルルたちの活躍により、どの階層までに何を手にいれないといけないかアレンの頭に入っている。


 最高のタイムとは言わないが、大地の迷宮の攻略を狙える時間だ。

 鍵もあるので、本来は戦わなくても良いのだが、かなりの確率で手に入る爆炎草は手に入れておきたい。


 店を強盗したなどで、「爆炎草」が手に入っていれば通過していたのだが、時間を優先したため討伐報酬を狙うことにする。

 

「階層ボスだね!」


『はい、頑張りましょう』


『ギャウ!!』


 メルルの言葉にタムタムとハクも力強く返事する。


「じゃあ、開けるわよ!」


 魔導袋はセシルが持っている。

 アレンは信用値が足りないため、「扉」の鍵を使用することはできない。


 扉の先で亜神級の霊獣が待ち構えているのであった。

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