第572話 エクストラモードを望む者
ガララ提督はエクストラモードになることを断った。
「しかし、ガララ提督がエクストラモードにならないと……」
「お前にはメルルがいるだろ」
「提督。みんな提督のために……」
「おめえらは黙ってろ!!」
仲間のドワーフたちの言葉を一喝するガララ提督は、久々に見る荒ぶりようだ。
最後に見たのはS級ダンジョンで、ダンジョン攻略の交渉をしたときだろうか。
セシルやメルルも困惑気味だ。
「……ふむ。やはりそうなるか。あとはアレン殿とガララ提督で話をつけてくれねえか」
ハバラクは土偶の横に胡坐を組んで座ってしまった。
(こうなることが分かっていたってことか。そう言えば、出発前に、ガララ提督と何か話をしていたな)
ハバラクにはガララ提督の意思が理解できているようだ。
「ガララ提督、お考えを聞いても? エクストラモードはたった1人しかなれないようです。あなたのモード変更のために皆、頑張っていたのですが……」
メルルやガララ提督の仲間たちを見ながらも、アレンが語り掛けることにする。
そうだそうだとガララ提督の仲間は頷いている。
「おれじゃねえって話だ」
「えっと、じゃあ……」
「ハバラクをそのエクストラなんたらにしろ。これから、神技やスキルが手に入るなら、お前のパーティーが強くなる奴選べや。当然だろ!!」
近くにいて腹に響くほどの声でガララ提督が叫んだ。
「えっと、もしかして、それで、報酬をメルルに渡してくれたとかそういう話ですか?」
「あ? やっと気づいたのかよ」
ガララ提督はやれやれと呆れる。
(今に始まった考えではなかったのか)
「アレン? 何の話よ」
「セシル。覚えているだろ。S級ダンジョン攻略報酬で出た石板をガララ提督がくれたよな」
S級ダンジョンの最下層ボスのゴルディノを倒した4つの報酬は4つのパーティーで分ける予定であった。
ヘルミオスのパーティーだけ怪盗王ロゼッタが自分のものにしたが、ゼウ獣王子もガララ提督もアレンたちに討伐報酬をくれた。
その時も、何故そうしたのか、どういう思いでくれたのかなんて聞くことはしなかった。
「俺はアレン殿たちなら魔王を倒せるって思ってるし、倒せなかったら、それは世界の終わりだとも思ってる」
どこかでアレンが家族に伝えた言葉をガララ提督が口にした。
「だから……負けた時のために」
「俺もヘルミオスもお前のための安全弁じゃねえってことだ。大いなる力のためには代償が必要だ。俺は何十年も大切な仲間や先輩、部下たちを失ってきた。全てを手にするか、全てを失うか、そんな戦いをしてんじゃねえのか! ああ!!」
ガララ提督の鬼気迫る表情と、溢れ出る声からは、これまで数十年の戦場での戦いへの思い。
S級ダンジョンで仲間を失った時も含めた全ての思いが詰まっているようだ。
(見透かされてしまってたのか)
アレンは自らの思いを改めて思考する。
魔王を倒すために、強くなるための冒険をしてきた。
ローゼンヘイムの魔王軍の侵攻の折では、ローゼンと交渉し、仲間たちを転職してきた。
S級ダンジョンではオリハルコンや初回討伐報酬を目指した。
現在は、神界で仲間たちと共に強化を図っている。
前世の記憶を引き継ぐアレンにとって、魔王と戦う前に、自分や仲間たちを強化するのは当然という考えが根底にあった。
だが、絶対に魔王を倒せるのか、確信が持てないまま神界までやってきた。
ソフィーやルーク、フォルマールを筆頭に、神の試練を超えて、更なるパーティーの強化をしていく予定だ。
アレン自身も武器を求め、創生スキルのレベルを上げていき、Sランク召喚獣の封印を解除していき、できる限り強くなっていく。
それでも魔王には勝てないかもしれない。
負ければ大切な家族も、これまで知り合ってきた大事な人たちも失うかもしれない。
村の要塞化を図り、妹のミュラや、父のロダンの転職を進めたのは、自分らパーティーにもしもの時があった時のための保険だ。
学園制度改革も大切な家族のためという面が大きい。
そのために、アレンとその仲間たちだけでなく、ヘルミオスもガララ提督も十英獣たちも神界に誘った。
これはただただ、何の理由もなく、このような行動に出たわけではない。
アレンたちが魔王軍に敗北した時、大切な者たちを守るための「保険」の意味も込めていた。
ガララ提督もヘルミオスも、アレンたちが強くなり、魔王軍を倒すことをずっと信じてきたようだ。
(提督もそのパーティーも、魔王を倒す、その一点のために使えってことか)
ガララ提督は仲間と共にアレンたちの強化のための捨て石になるつもりであった。
「アレンが、皆を信じさせてきたのよ。私もアレンなら魔王を倒せると思ってるわ」
「セシル……」
「そうですわ。アレン様、セシルの言う通りですわ」
いつもの表情とは違うセシルの重みのある言葉に、ローゼンヘイムを一度は滅亡寸前まで追い込まれたソフィーも強く頷く。
「強い武器が必要なんだろ。ここじゃ、ガイア様の神器は鍛冶に使うハンマーみたいだし、エクスタラなんたらもハバラクがいいに決まってるだろ」
(たしかに。俺が言うべき言葉だったな)
最初から、ハバラクにした方が良いのではという考えもあった。
特に、神器が大地のハンマーで、攻略に鍛冶職人の才能を必要とする。
ハバラクがエクストラモードになれば、武器の強化がこれまで以上に捗るだろう。
防具についてもエクストラモードのハバラクが強化してくれたから、助かる仲間の命もあるかもしれない。
ただただエクストラモードにするだけで良いなら、未だにノーマルモードのセシルやキールもいるが、セシルは魔法神を望んでいるし、職業には神の相性もある。
キールはどうやら、大地の神の神器は向かないようだ。
「分かりました。そこまで気を使わせて、申し訳ありません。では、ハバラクさんをエクストラモードにお願いします」
「おう、儂でいいんだな。やってくれ」
「申し訳ありません。お時間頂きました」
静かに待機していた土偶がゆっくりとハバラクに体を向ける。
『では、ドワーフ族のハバラクをエクストラモードにします』
モコモコ
「ぬ!?」
ハバラクの足元の地面の土が隆起して、全身を覆う。
経緯を見守っていると、土が崩れ、姿かたちの変わらないハバラクが出てきた。
裸で出てきたらどうしようかと思ったが、防具はそのままで杞憂だった。
『エクストラモードへのモード変更が完了しました。大地の迷宮の試練は続けますか? それとも地上に戻りますか?』
「続けます。まだ6時間以上ありますので」
『畏まりました。そちらの階段を降りて、次の階段を挑戦してください』
こうして、アレンたちは20階層で報酬として、ハバラクをエクストラモードにしてもらった。
更なる下層を目指してアレンたちは、階段を降りていく。
階段が近くにあったこと、宝箱よりも下層攻略を優先し、必要ならハバラクに強化してもらったスコップも使用した。
それからおおよそ6時間が経過する。
アレンは1人、全力で30階層を飛んでいる。
(おいおい、時間がないぞ! 鼠小僧のノリなのか。メルス! こっちから回り込んだぞ! なんだ、この迷宮は泥棒なんているのか。治安が悪いな!!)
『分かっている』
視界の近くにいないメルスは共有したアレンの意識に語り掛けてくる。
ダンジョンの横を曲がり、角の先の階層の通路部分を見ると人サイズのネズミが両手で扉を開ける鍵を抱え、両足で器用ながらも、すごい勢いで走っていく。
アレンたちは30階層で扉のある部屋を見つけたのだが、鍵がなかった。
ネズミの姿をした霊獣が通路をすごい勢いで走っており、両手には鍵を抱えていた。
店や宝箱だけではなく、鍵を持つ霊獣もいることを知る。
それから、追跡劇が始まり暫く経った時のことだ。
進んだ先に4つ角があるのだが、アレンが進む正面の通路からメルスが現れる。
『よし、手間を取らせおって』
『ピキー!!』
鍵は渡さないぞとまるで自分の物のように両手で抱える霊獣は、アレンとメルスのいない左右の道に逃げようとする。
「こっちは通さないわよ」
「こちらもです。観念しなさい」
セシルとソフィーもばっちりなタイミングで左右の通路から現れた。
「メルス、裁きの雷だ」
『分かった。悪は滅びよ!』
大層な言い方で、左右に現れたセシルやソフィーたち相手に身を硬直させた霊獣相手に、とっておいた覚醒スキル「裁きの雷」を放った。
『ピキャアアア!?』
全身を焦がし、一撃で霊獣を倒す。
「お! とうとうやったか。マジで焦ったぜ」
少し遅れてガララ提督たちやメルルが、取り逃がすまいとアレンたちの後方をサポートするように現れる。
焦げた霊獣が光る泡と消え、霊石と盗んだ鍵だけになったので手を伸ばして拾った。
(これで鍵部屋の霊獣を倒したら霊晶石とレベル1アップだ)
下の階層を目指すには時間がないので、30階層の鍵の間にいる霊獣を倒す選択をしたのだが、無駄に時間を削られてしまった。
「うし、急いで鍵部屋に行くぞ!」
アレンは鍵とその横にある霊石を拾うと、ミニ土偶の目が光る。
『時間です。入口に転移します』
「え? もうちょいで……」
無情にもアレンたちは24時間が経過し、言い終わる前に強制的に大地の迷宮入り口に転移した。
「ああ、終わっちゃった。でも、すごい。いきなり30階までいけるなんてやっぱりアレンはすごいよ!」
すぐにメルルが駆け寄ってきて、アレンの成果を称える。
「まあ、こんな感じだな。召喚獣の枠はもう少し調整が必要か」
(なんか異世界にきて、過去一に面白いダンジョンを見つけたな。あれだけ全力を出して30階層までしか行けないとか。早速改善策を考えて……。攻略パーティーの構成も考えないとだ)
アレンはメルルの返事そこそこに今回の初挑戦で見えてきた問題点や攻略法を考える。
しかし、突き刺さるような視線を向けられている先に視線を移す。
「もしかして、このままダンジョン攻略を進める気?」
今までにないセシルの真剣な口調に、ガララ提督たちも、アレンたちに視線を移す。
「え? それは……。まだ30階層だし」
一瞬考えただけでも10個以上の改善点があった。
その改善点の全てを試してもまだまだ99階層を行けるか分からないほどの、過去一の最高難度のダンジョンにアレンは、後ろ髪を全力で引かれている。
「だし?」
「いや、このままだとメルルたちは試練に」
「試練に? 私はその試練も受けることができていないって分かっている?」
「もちろんだ。仲間たち全員をエクストラモードにするに決まっているだろ。次はセシルだな」
(何だこの状況は? 俺なんか悪いことしたのか)
何か浮気がバレた旦那のような口調になる。
「みんなそれぞれの神の元で試練に挑戦しているわ」
「いや、キールとかもまだ……」
「私は絶対にエクストラモードになりたいわ!!」
「お、おう。そうだな……」
一切の反論も意見も与えない強い意思がそこにはあった。
エクストラモードを断る者、絶対になりたい者、様々いるなと思ったが、拳を握りしめて言い切ったセシルに、そんなこと誰も言えるはずがなかったのであった。
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