第449話 ヘビーユーザーな人々

 魔法屋のカサゴマは、なんでも帝都パトランタ有数の魔法技師であった。

 キールから「何が何でも絶対にカサゴマという魚人を仲間にしてくれ。できれば急いでほしい」と言われた。

 特にアレンの仲間になる理由がないカサゴマだったが、キールの強い要望もあり本気で仲間に引き入れる方法をとることにする。


 アレンがカサゴマに最初に差し出したのは、今回アレン軍が倒した10万体にも上るAランクの魔獣、100体にもおよんだSランクの魔獣の素材の一部だ。


 Aランクを超える魔獣ということもあり、1体当たり売れば金貨数万枚から数十万枚にもなる。


 この魔獣の素材だが、現在もプロスティア帝国北部の海底に沈んでいる。

 魔石を除いた素材の価値の3割払うので、プロスティア帝国に解体をお願いした形だ。

 1体当たり数十メートルどころかSランクになると数百メートルに達するので、とてもじゃないがアレン軍にそんなことをさせている暇はない。


 アレン軍だけで全て解体しようと思ったら、1年じゃすまない時間がかかってしまう。

 冒険者ギルドに解体を依頼しても最大3割程度なので、相場と言えば相場だ。

 プロスティア帝国の復興費用にもなるのでと了承してくれた。


 残り7割になったが、全体の3割の素材をカサゴマに譲渡する契約を交わした。

 さらに、今後、アレン軍がプロスティア帝国と取引するものは全てカサゴマの商会を通すと伝えると、食い気味に了解してくれた。


 山の近くにはドワーフである魔導技師団ララッパ団長率いる魔導具工房と名工ハバラクを筆頭に鍛冶職人たちのいる鍛冶工房群がある。

 火の神に信仰があるわけでもないので、魚人のカサゴマはクーレの町ちかくに設けた湖近くに魔法具工房を設けることにした。


 アレンとしても最高の才能が最高の装備品を提供してくれる。

 これでも安いものだと思っている。

 アレンが工房を眺めているとカサゴマから声がかかる。


「ああ、残りのマクリスの腕輪はキールさんが既に取りに来たよ」


 頼んでおいたマクリスの腕輪はキールが回収したようだ。


「ありがとうございます。それで問題ないです」


 キールはマクリスの腕輪を強く求めた。

 恋が芽生えて、誰か渡したい相手がいたからではない。


 今回の魔王軍との戦いでアレン軍、ヘルミオス軍共闘戦線で数百人の死者を出した。

 魔神が13体、Sランクの魔獣が100体、Aランクの魔獣が10万体を相手にして、少ない方なのかもしれない。


 キールは1人でも多くの死者を蘇生して救おうとした。

 このマクリスの聖珠から作られる腕輪には「クールタイム半減」という効果がつくことがよくある。

 「クールタイム半減」の効果のあるマクリスの腕輪2つ装備したら、クールタイム1日が6時間になる。

 この効果を使い、魔王軍に殺されたが、遺体の状態がそこまで悪くなく蘇生可能なものを1人でも多く蘇生しようと試みた。


 アレン軍には僧侶系の才能がある者の中に、エクストラスキルがキール同様に、蘇生ができる者が3人ほどいる。

 キールを含めて蘇生が可能なものたちにマクリスの腕輪をつけて、なるべく早くエクストラスキルで蘇生をしようとした。


 結果、この1ヶ月で遺体に損傷の少なかった60人ほどばかり蘇生することができた。

 この人数が今回の魔王軍との戦いで救うことのできたアレン軍、勇者軍の全てだ。

 勇者軍であっても、分け隔てなく蘇生を試みるキールの行動に胸を打たれた兵も多いという。


 マクリスを召喚獣にしてからフィオナの手に渡る涙が1ヶ月ほどかかったのは、演奏の練習をしていたからだけではなかった。

 人命を優先するアレン軍の方針もあったからだ。


 キールは今なお、聖者の道を歩み続けている。


 今回アレン軍は魚人兵を2000人抱えることになった。

 魚人の特徴としては、バフ系の特技の職業と槍使いが多いということだ。

 なんでも魚人は剣や弓の才能よりも、槍使いの才能が圧倒的に誕生しやすい。

 水中で、弓矢は威力が減退するし、水中の魔獣は機動力があるので短い得物で戦うには適していない。

 長い得物の武器の才能が生まれやすいのは水の神アクアの加護によるものかもしれない。


【アレン軍の構成と特徴】

・獣人隊2000人、近距離での物理攻撃、斥候

・エルフ隊2000人、弓矢による遠距離攻撃、精霊による攻撃・回復・バフ

・ダークエルフ隊1000人、弓矢による遠距離攻撃、精霊による攻撃・デバフ

・ドワーフ隊200人、ゴーレム隊と魔導技師団

・魚人隊2000人、槍による中距離攻撃、バフ、


 魔法技師職人は魚人隊とは別に数十名確保する予定だ。


 なお、今回の魔王軍との戦いにより死んで欠員が出た場合、それぞれの本国から新たな兵が動員されることになっている。

 アルバハル獣王国、ローゼンヘイム、ファブラーゼの里、プロスティア帝国とは、人類存亡をかけた戦いに参加していることに理解を得られている。


 救える命は救うが、世界を滅ぼしにかかる魔王と戦うには割り切らないといけないこともあるとアレンは理解している。


 ペロムスがフィオナを次の場所に案内するので、アレンとセシルは2人の行動に付き合うことにする。


「このあたりはカールの町だよ」


「まあ」


 あまりパッとしないカールの町に話が広がらない。

 鳥Bの召喚獣に乗っているペロムスとフィオナの2人を見ながら、アレンは何かに気付いた。


「ふむ、これも新婚旅行の新たな形か」


「なによそれ」


 仲間たちは前世の記憶を持つアレンの良く分からない言葉を「アレン語録」と言う。

 アレン語録に乗っていない言葉に、アレンの後ろに乗るセシルが反応する。

 セシルは「新婚」という言葉にどこか食い気味だ。

 魔獣の多いこの世界は魔導船があっても新婚旅行という風習はないようだ。


「ああ、前世で結婚した2人はハネムーンとか言って、夫婦2人でハワイに旅行に行くものだ」


 35歳独身でこの世界に転生してきたアレンがざっくりとした前世の結婚観を語る。


「ハワイ?」


「綺麗な海に囲まれた島だ。空には浮いていないけど。そこで、2人でビーチの砂浜を駆けっこをするはずだ」


(行ったことないけど。ゲーマーは海外旅行しないからな)


 心の中で新たなアレン語録が生まれる。


「なるほど。ヘビーユーザー島もそんな感じってわけね」


 セシルは新婚旅行を色々誤解する。


 そして、セシルから「新婚旅行」について質問攻めに合う中、砂漠にあるドーム状の建物が並ぶムーハの町上空にたどり着く。


(そういえば、ルークをそろそろ里から連れてこないとな)


 ムーハの町上空を移動していると、砂漠の中にあるダークエルフの里ファブラーゼを思い出した。

 精神年齢8歳のルークは両親が恋しいのか、プロスティア帝国での活躍を報告したいのか、里に一時的に帰っている。


 そろそろルークを連れ戻しに里に行かないとなと思い出すと、牧場が見えてくる。


「ほら、あの牧場傍にある建物に調停神様がいるんだ」


「へ~、って馬小屋じゃない。なんであんなところに神様がいるのよ」


「そうなんだよね。見た目はなんか馬っぽいからだと思うんだけど」


 フィオナのツッコミにペロムスが調停神について説明をしてあげている。

 意気消沈してどこかにいなくなってしまった調停神ファルネメスは、数日後には馬小屋で何食わぬ顔で与えられた牧草を食べていた。

 ペロムスが指差す先の牧場を見ながらセシルが何かを思い出す。


「何も話してくれなかったわね」


「まあ、クレナには色々ヒントをくれたみたいだし。あれが限界だったかもな」


 調停神には、クレナに話してくれた竜神の末裔の話など詳しく聞きたかったが、『自らの目で見て、自らの決断で動きなさい』としか言われなかった。


 何かとても重い言葉だと思ったが、調停神からはそれ以上のことは何一つ聞くことはできなかった。


 そのまま火の神フレイヤの麓にある鍛冶や魔導具の工房群に到着した。


 ここは、アレン軍を強化するための貴重な工房群だ。


「失礼します。ここが名工のハバラク様の工房だよ」


「へ~。たしかに何かを打ち付ける音があちこちから聞こえるわ」


 工房内に入るなり、来客に気付いたハバラクがペロムスの元にやってくる。


「ああ、ペロムス市長、来ていたのか。この前は水晶の種、確保してくれてありがとうよ! もう少し水竜の牙がほしいところだが。できれば、早くって、えっと、ああ、どうも」


 名工ハバラクが食い気味に話をしているところ、視線に入らなかったフィオナが引いてしまって少し反省をしているようだ。


 今回の魔王軍を倒して手に入れた素材を取引に、プロスティア帝国の今年放出した水晶の種をいくつか買い付ける予定だ。


 また、普段手に入らないSランクの魔獣の素材が多くこれから運ばれてくると聞いて、ハバラクは居ても立っても居られないらしい。

 ペロムスを見かけるや否や、素材のことで頭がいっぱいになってしまった。


 その態度にセシルがため息を漏らす。


「この島にはヘビーユーザーしかいないのかしら」


 ヘビーユーザーとは、アレンから「1つの真理を求めるもの。全てを犠牲にしても極めようとする者」という意味があると聞いた。



「うむ。素晴らしいことだ」


 セシルの言葉にアレンが良いことだと言う。


 たしかに名工ハバラクは狂気の中にいるなとセシルは考えている。

 アレンが大量に運んでくるアダマンタイトやオリハルコンの塊、武器や防具、希少な素材を使って一日中、鍛冶を行っている。


 あまりに休みなく金づちを握るため、お弟子さんが休憩させるのが大変だと言う。


(やっぱり、鍛冶職人の叩く武器は違うからな)


 セシルの呆れ顔とは裏腹にアレンは感心している。


 この世界では、ダンジョンで武器を手に入れることができる。

 そして、武器屋でも鍛冶職人が叩いた武器を買うことができる。


 鍛冶職人のスキルには「鍛造」というものがある。

 インゴットや鉱物の塊を火入れして、武器に加工するスキルだ。


 ダンジョンで出た武器と職人が才能をもって鍛え上げた武器なら、職人が鍛え上げた方が攻撃力が高くなる。

 防具なら耐久力が高くなり、鍛冶職人の才能が上がれば上がるほど高くなる。


 オリハルコンの武器でいうと、名工ハバラクなら、インゴットから作った大剣は10000ほどの攻撃力がある。

 ダンジョン産はその半分の5000ほどしかない。


【鍛冶職人のスキル】

・鍛造は、インゴットや鉱石から、武器や防具を作る

・鍛錬は、武器の攻撃力や、防具の耐久力を上昇させる

・錬金は、武器や防具に、攻撃ダメージ上昇や物理ダメージ減少など効果を付加させる


 なお、才能が高いほど、それぞれのスキルの効果は良くなっていく。

 鍛錬と錬金には武器や防具とは別に素材が必要だ。

 より良い効果を求めると、水晶の種など相応の素材が必要になる。


 「鍛錬」「錬金」はスキルの発動が100パーセントではない。

 より硬い鉱物はスキルの発動を失敗する可能性がある。

 また、鍛錬と錬金は失敗すると武器や防具を失う可能性がある。


 ハバラクはエクストラスキル「必中打」という、一定確率で武器や防具を喪失する可能性をゼロにするスキルを持っている。

 クールタイムは1日だ。


 この結果、スキル「鍛錬」により、クレナが持つオリハルコンの大剣は攻撃力12000まで上げることができた。


 アレン軍の将軍級には、アダマンタイトやそれに準じた武器や防具を名工ハバラクがスキルの限りを尽くしたものを持たせている。


 ハバラクが欲しい素材をペロムスに伝え、ふんふんとペロムスはメモを取りながら真摯に話を聞く。

 どこでも頼られるペロムスにフィオナがまた1つ、印象を良くしているようだ。


 一言告げて、となりの魔導技師団のララッパ団長の工房に行く。

 工房に入ろうとするや否や、今度はアレンの元にララッパ団長が外に飛び出してきた。


「ちょうどいいところに来たわ、アレン総帥。頼まれてきたものができたわよ!!」


 挨拶をする間もなくアレンは工房の奥に連れていかれてしまった。


「なんなのよ。この島ってヘビーユーザーしかいないのかしら」


 工房の中に引きずり込むララッパ団長の行動にため息をつきながらセシルがつぶやいたのであった。

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