第436話 商人ペロムスの戦い②
この牢獄は魔獣も入れることができるのか、結構な広さをしている。
ペロムスが後ろを振り向くと人影がこちらを見ていた。
「ベク様ですか?」
一度息を飲んで、後ろの方に座る獣人に声をかけた。
両手足がなく、首を頑丈な鎖でつながれている状況であるが、こちらを見てくれたおかげですぐに分かった。
シアが自らのことのように教えてくれたベクの特徴があったからだ。
「我を知っているのか。そうだが?」
ペロムスが牢獄に入れられている中、虚ろながら静観していたベクが返事をする。
哀れな魚人だなと思っていたが、自らのことを知っているようだ。
「私も囚われてしまいました。皆さんベク様を探していましたよ」
そう言って、ベクが繋がれた牢獄の奥へ移動する。
ベクはどれだけ長いことこのような状況になっていたのか。
明らかに手足の傷口が腐り、腐臭を放っている。
「そうか。いや、そうだろうな。誰が探していたのだ?」
ベクとの会話が続く中、ペロムスは今一度シアの言っていたベクの話を思い出す。
シアから聞いていたベクの容姿は獣人というよりも獣そのものだと言う。
獣のような目つきも、全てを食らいつくす牙も近くで見れば見るほど聞いていたとおりだ。
現獣王であるムバは30数年前、1人の獣を生んだと言われている。
あまりにも獣に近いその容姿に、王城は騒然としたと言う。
新時代の獣王をムバが生んだと王城も王都もお祭り騒ぎになったとルド隊長が教えてくれた。
建国の祖であるアルバハル獣王国の国王は、獣神ガルムとの間にできた子の末裔だという。
半神半獣の建国の祖は、獣のような容姿に、獣のような強靭な肉体であったと言われている。
いわゆる建国の歴史なのだが、アルバハル獣王国では獣王子の容姿は獣に近ければ近いほど良いと言われている。
アルバハル獣王国があるガルレシア大陸の無数の獣人国家は、獣王家がガルムの血を引いた王族がたくさんいる。
たまにベクと同じように獣神ガルムの血を強く継いだ獣王族が現れる。
ベクが負け続けた獣王武術大会で戦ったブライセン獣王国ギル獣王子も、獣のようだったと言われている。
稀に獣神の血を強く引いた獣王がその国を強くする。
繁栄と衰退を繰り返しながら、いくつもの獣王国がガルレシア大陸に存在してきた。
ベクとギル獣王子が獣王武術大会で繰り広げた戦いを、「獣神の戦い」と獣人たちは誇りを持って語るらしい。
「えっと、シアが探しています」
誰が探しているかと聞かれたら、シアかゼウ獣王子しかいない。
ゼウ獣王子と答えるのはおかしいと正直にシアと答える。
「『シア』だと?」
シアと呼び捨てにしたことに、ベクは凶悪な牙を見せて反応する。
「申し訳ございません。シア獣王女様です」
ペロムスはアレンのパーティー「廃ゲーマー」に所属している。
当然、パーティーのメンバーは全員仲間だ。
各国の王族や貴族が多数いるおかしなパーティーだ。
平民であり、開拓村の村長の息子でしかないペロムスは、特に王族なのでソフィー様やシア様と呼ぶようにしていた。
シアはそれを反対し、敬称はいらないと言い出した。
ペロムスが有能な商人であると認識すると、その行動は顕著になった。
草食系のペロムスはシアが苦手だが、基本的に呼び捨てで呼ぶようにしていた。
シアと呼び捨てにするのは、シアの圧力に従った感じだ。
「そうか。シアか。それで、イグノマスは地上への侵攻を開始したのか?」
ベクは今一度、ペロムスの全身を確認し何かを飲み込むように考え込んだ後、今の状況を確認する。
「いえ、まだでございます」
そう言って、こそこそと会話を続ける。
看守の魔族の2人は話していることには気づいていたが、騒がしくもないのでほっておくことにする。
「そうか。ああ、大会もまだであったな」
「はい。大会は明日に控えています。何とか脱出しないと」
ペロムスは状況を改めて確認する。
まず、ここはどこか分からないが、空気はあるようだ。
たとえ魚人から人族に戻ってしまってもすぐに死ぬことはないように思える。
しかし、大会以降、自らをシノロムは実験に使うと言っていた。
またキュベルやシノロムがやってくると、自らの命運が尽きるのは明白だ。
連れてこられたときに窓のようなものがまったく見当たらなかった。
この牢獄の壁についても同じだ。
いったいどこなのか分からない。
目の前に縛られたベクは人族を忌み嫌っている。
もしかしたら、人族に戻ったら自らに対して敵対するかもしれない。
凶悪な牙に鋭い目つき、獣王武術大会の覇者である目の前の獣人にボコられたらすぐに昇天してしまいそうだ。
最後にキュベルとシノロムの会話が気になる。
倉庫の中で「転移先を移動する」とか「聖獣石の準備ができたのか」とか言っていた。
魔王軍が明日何かするのは明白だ。
そこまで考えたところで、ペロムスはベクを今一度見つめる。
ベクの知る情報も提供をしてほしい。
「帝都パトランタには邪神が封印されているらしい。余の血はその封印を解除するのに必要だと言っていたな」
この時ペロムスもベクがシノロムに騙されてこの場にいることを知る。
「邪神の復活。では、聖獣石というのは?」
「聖獣石? それは知らぬな」
シノロムは聖獣石がどうのという話を自らにしていなかったと言う。
「脱出しないと。止めないといけない」
奪われることのなかった道具袋を看守に見えないようにチラチラと確認する。
この一見変哲のない道具袋は魔導具技師団のララッパ団長に作ってもらった特注の魔導具袋だ。
【魔導具袋に入っているもの】
・アダマンタイトの短剣(攻撃力2000)
・金の豆100個
・銀の豆100個
・天の恵み200個
・魔力の種200個
・命の葉200個
・香味野菜50個
・指輪、首飾りステータス増加各種
・水と食料10日分
・火起こしの魔導具と松明
・魔導具の時計
・そのほか生活用品など
「諦めてはおらぬのだな。そうか、シアも来ているのか」
「はい。脱出の方法を考え、好機を待ちましょう」
看守には聞こえないよう小さくささやいたペロムスの言葉にベクはゆっくりと頷いてくれた。
***
監獄に入れられたまま翌日の朝7時を回った。
ペロムスは昨晩から閉じ込められ落ち込むふりや、助けてほしいと懇願するふりをして看守の反応を確認し続けた。
『ちょっと、飯を食ってくらあ』
魔族は何を食べるか知らないが看守が1人、牢獄が設置されたこの部屋から出ていく。
「あ、あの、僕らもお腹が空きました。昨日も何も出てこなくて……」
ベク曰く食事は本当に最低限、死なない程度にしか出てこないらしい。
『あ? てめえは黙ってろ。自分の立場が分かってねえようだな!!』
残ったもう1人の魔族の看守から罵声を浴びせられる。
ひとしきり罵声を浴びせられ、ペロムスの顔に改めて絶望を浮かばせたところで、もう取り合わねえぞと言わんばかりに下を向いてしまった。
看守の油断した態度を確認するとペロムスはゆっくりと奥にいるベクの元にいく。
「それでは始めましょう。天の恵みを使います」
看守は2人だが、休憩や食事などでたまに1人になる。
まもなく7時だ
大会は9時から始まると聞いている。
脱出のチャンスは刻一刻と少なくなっていく。
ペロムスがほとんど誰にも聞こえないほど小さな声で行動の開始を宣言する。
魔導具袋から出した天の恵みが光る泡と消え、失ったベクの両手足がメキメキとすごい勢いで回復する。
「こ、これは、真なのか!?」
作戦を聞いていたが、それでも半信半疑であった。
これだけの回復薬はエルフの霊薬しかベクは知らない。
「指輪を装備させます。手を出してください。首にも首飾りを。これで首に繋がれた枷は断ち切れそうですか?」
ペロムスは攻撃力5000上昇の指輪2つ、攻撃力3000上昇の首飾り1つを装備させる。
ミスリル製の分厚いものが首にかけられ、地面に固定させられている。
ベクの攻撃力を上げ、力任せに枷を外す作戦だ。
『おい貴様ら、何をしている!』
そう言って、魔族の看守が鉄格子の鍵を開け始めた。
「急いで、枷をちぎってください!」
「ふん!」
バキバキ
ベクは短い鎖で地面に繋がれた状態から当たり前のように立ち上がった。
鎖はその力に耐えられず、音を立ててゆっくりと引きちぎれ始めた。
そのタイミングで慌てて1人になった看守が中に入ってきた。
『馬鹿め!!』
看守は手に持っていた何かをちぎれそうになる枷に向けた。
「え?」
「な!? う、動けぬ……」
ズウウウウン
もうすぐ引きちぎれそうになりそうなところで、首に巻かれた枷に電流のようなものが走った。
そして、力なくベクは倒れてしまった。
意識があるが痺れて動けないようだ。
『流石シノロム様、安全装置をつけていてよかったぜ。て、てめえ!!』
千切られる寸前で安全装置が起動して、ベクをマヒ状態にした。
「ひ、ひぃ!!」
看守の渾身の拳がペロムスの腹に決まった。
牢獄のミスリル製の鉄格子に叩きつけられ、嗚咽しているところを何度も何度も、バッキバキの筋肉質な看守が踏みしだく。
『死ねやおら! シノロム様には、暴れたので仕方なくって言っておいてやるよ!!』
グシャ
グシャ
「ぎゃあああ!!」
硬い床が粉砕されるほどの、地面と凶悪な足の間で何度も叩きつけられ、叫び声と共にペロムスから意識が遠のいていく。
一歩また一歩死に近づく中、最後に頭に過ったのは、フィオナの笑顔だった。
まだ自分には見せたことが一度もないフィオナの笑顔を見るためにプロスティア帝国にやってきた。
もうすぐ、聖珠も手に入れる。
生きて帰って会いたい人がペロムスにはいた。
命が削れられる中、勇気が湧き上がってくる。
落ち着いて何をすべきか考えるペロムスと違い、看守はようやく違和感に気付く。
なぜ、こんなヒョロヒョロの魚人を殺せない。
確かに虫の息だが、こんな魚人なぞ、最初に殴り飛ばして鉄格子に叩きつけところで殺せたはずだ。
「な、なんだその装備は!!」
ペロムスのボロボロになった役人服の下に、S級ダンジョンの最下層で手に入れた魔獣の皮製の金貨数千枚もする防具が見える。
ペロムスには防具と装飾品によって圧倒的な耐久力があった。
意識を失わないよう、必死になりながらも、魔導具袋から香味野菜を取り出した。
自分が死にかけたからといって天の恵みを使っても意味がない。
今使わないといけないのは香味野菜だ。
香味野菜が光る泡となって消えていく。
効果の対象者であるペロムスとベクの体がかすかに光った。
メキメキ
マヒ状態から解放されたベクが無言で立ち上がり、今度こそようやく枷を首からも土台から引きちぎった。
「はは、僕たちの勝ちだ」
ベクの様子を見て血まみれの顔でペロムスが勝利を宣言する。
『な!! き、貴様!!』
ベクは拳に力を籠める。
「ぬん!!」
振り向きざまの看守の横顔に裏拳が決まる。
看守の頭は首元で分かれ、監獄の壁に勢いよくぶつかり爆散する。
看守の騒ぎに、食事に行ってきたもう1人の看守が部屋に戻ってきた。
『貴様ら何をしている!! うおおおおおおおおお!!』
筋肉を躍動させ、騒ぎを聞きつけたもう1人の看守が鉄格子の中に入って、襲い掛かってくる。
「ふん!!」
天井の高い牢獄の宙に飛んだかと思うと、ベクは回し蹴りを炸裂させる。
今度は上半身が胴体から分かれて、鉄格子に勢いよく当たり肉片が四散する。
下半身は上半身を失ったことを分からず、数歩歩いたところで、食べた内容物をぶちまけた。
「す、すごい力です。目にも止まらなかったですよ」
この力でまだ武器も防具も装備していない、ベクの圧倒的な力に驚愕をする。
「いや、この素晴らしい指輪と首飾りのお陰だ。だが、余の力は全力ではないか……。何かその道具袋に食料はないか?」
アルバハル獣王国でもそうそうにないS級ダンジョンの最下層で手に入る指輪と首飾りだ。
体力も全快しているが、何か力を失う原因のようなものが感じられる。
どうやら何ヶ月も最低限のものしか口にしておらず、力が十分に入らないことが分かった。
手足が戻り生を実感すると腹をさすりながら、空腹を覚える。
「ぺ、ペロニキと申します。ベク様、ど、どうぞこれを」
とりあえず偽名で名乗ることにする。
ペロムスが魔導具袋に入れていた大きな干し肉の塊を渡した傍から、獣のような口でバリバリと平らげる。
「ほう、素晴らしい魔導具袋だ」
ただの道具袋ではないことをそこで理解する。
「はい。友人からもらいました」
「良き友人だ」
一見道具袋に見せるあたりも素晴らしいと思う。
そんな魔導具袋を用意する仲間はきっと優秀なのだろう。
ペロムスのほかにも、シアには優秀な友人がいることについて一瞬表情に出した。
かなり長いこと、大した食事も与えられず閉じ込められていたのか、食べれば食べるほどベクの目つきに闘争心が戻っていく。
結局魔導具袋に入れていたほとんどの食糧を、ベクは胃の中に収めた。
ペロムスは魔族の肉片や内臓の散らばるスプラッタな状況でよく飯が食えるなと思う。
「お水もどうぞ」
「うむ。これで全力が出せそうだ。どうあれ、我は必ず礼をする。ペロニキよ」
ペロムスが出した革袋からごくごくと水を飲み、ベクは力の回復を確認する。
気力に満ち、戦えることを実感しているようだ。
なお、昨晩の間に答えろと言われたので、ベクが獣王太子の任を解かれているという話はしている。
「そちらについては、脱出してからでお願いします」
窓もないが、ここに来るときによく分からない装置のある部屋から出てきたことを覚えている。
ダンジョンでもよく見た転移装置があったので、逃げるならそこだろう。
「そうであったな」
『な!? 皆の者、贄が逃げたぞ!!』
看守とは別の魔族に異変に気付かれてしまった。
かなりの足音がやってくることが分かる。
「では行くぞ、ペロニキよ。先陣は任せよ!!」
「はい、脱出しましょう!!」
体力も気力も回復したベクが力強く行動を開始する。
ベクの掛け声とともに、ベクを先頭にペロムスと2人で魔族たちの元へ突っ込んでいくのであった。
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