第418話 若い商人

 アレンたちはもう1つの目的である耳飾りを見に行く。

 店主に見せてもらった水晶石のコーナーと違い、こちらのコーナーもかなり人が混んでいる。


(マクリスは、見た目もかなり重要視するらしいからな)


 歌姫コンテストは、歌唱力とかだけではなく、見た目もかなり重要だという。

 だから、星1の才能が星3の才能より評価されて、優勝することもざらにあるとか。

 その審査員だが、聖魚マクリス本人が担当するという。


 そういうこともあってか、耳飾りも含めたアクセサリーのコーナーにコンテストの参加者が殺到している。


 ここは大通り沿いの帝都パトランタでも有数の魔法屋だ。

 多くの店員を動員して、殺気立ったコンテストの参加者を接客している。


 水晶の種は2つしか手に入らなかったが、アクセサリー類は今、最も売れる時期のようだ。

 優勝者には栄華が約束されるらしい。

 金に糸目をつけない者たちが、優勝目指して自らを着飾る美しい服やアクセサリーを買い求める。


 帝都の人混みも、こういった大会参加者の需要に商人たちも大量に流入し、商売が活気づいていることも理由だ。


(なんか、おしゃれ度を競うコンテストを思い出すな)


 年に1回の大会のために必死にアクセサリーを選ぶ魚人たちを見て、前世でやり込んだゲームを思い出す。

 そのゲームでは、おしゃれ度を競うイベントがあった。

 おしゃれ度を上げて優勝しないとストーリーが進まない仕様になっていた。


 何を言っているのか分からないと思うかもしれないが、当時のアレンもわけが分からなかった。


 そのためにおしゃれ度の高い仲間に、おしゃれ度の高い職業を選び、おしゃれ度の高い装備を求めた記憶がある。

 なお、そのイベントが終わったらおしゃれ設定はストーリーの中から消え失せる。


「ちょっと、何、男が2人でこんな時に来てんのよ」


 アレンがこれかなと耳飾りに手を取ろうとすると、とあるオレンジ色の髪を腰まで伸ばした薄着の女性と手が被ってしまった。


「申し訳ありません。どうぞ」


「ふん!」


 オレンジ色の髪の女性に耳飾りを譲ることにする。

 相手からはさらに睨まれ、会釈の1つもないようだ。


「探しているの、こっちにあるみたいだよ」


 そんなやり取りをする中、ペロムスが鑑定スキルを使って目当てのものをいくつか持ってきてくれた。


「ほうほう? なんか、バスクが付けていたのよりしょぼいな」


(明らかに下位劣化版だ)


 形や大きさや光沢などがかなり質素に感じる。


「そう? でも攻撃ダメージを少し上げてくれるみたいだよ」


 そう言って、ペロムスは耳飾りを値段と共にあれこれ説明してくれる。

 貝殻、サンゴ、透明感のある鉱物など、いくつかの種類の耳飾りがあり、それぞれ効果が違うようだ。


【それぞれの耳飾りの効果と価格】

・攻撃ダメージ3パーセント上昇の耳飾り、金貨100枚

・攻撃ダメージ5パーセント上昇の耳飾り、金貨500枚

・魔法攻撃ダメージ3パーセント上昇の耳飾り、金貨100枚

・魔法攻撃ダメージ5パーセント上昇の耳飾り、金貨500枚

・クリティカル率3パーセント上昇の耳飾り、金貨100枚

・クリティカル率5パーセント上昇の耳飾り、金貨500枚

・毒防御の耳飾り、金貨100枚

・睡眠防御の耳飾り、金貨100枚


(なるほど、5パーセント上昇でも両耳に付けたら、これでも結構な強化になるな。もともと装備枠が空いていたところだし)


 効果は多種多様だが、アレン軍全員に装備させたら、随分な効率化が図れそうだ。

 S級ダンジョンで強化が図れるアクセサリーは指輪、腕輪、首飾りだ。


 ここにきて、2つ装備できる新たなアクセサリーの存在は大きい。

 アイアンゴーレムで狩りをしているアレン軍の皆に装備させて、どれだけの効率が図れるのか、どのような耳飾りの種類を装備させた方がいいのか検証をしたい。


 勇者軍とも合流を果たし、付与使いの部隊による軍の強化検証も進める中、地上では手に入りづらい新たなアクセサリーの入手はかなり大きいと考える。


(なんだろう。安っぽい言葉だけど、世界を1つにか)


 夢を見る年齢ではない35歳でこの世界に来てしまったが、そんな言葉が頭をよぎる。


 世界には多様な種族がいて、5大陸同盟という100に及ぶ国が共同で魔王軍と戦っているが、まだまだ世界は1つになれていないと改めて気付く。


 プロスティア帝国には、貴重な耳飾りに、バフ系のスキルを得意とする魚人も多い。

 その帝国だが、現在に至るまで魔王軍との戦いに協力をしていない。


 自らが前世の知識を携えて、この世界を回る意味のようなものすら感じる。


(さて、後は宮殿の情報ではこんなもんじゃないはずだけど)


 感傷に浸る前に、やるべきことがあるなと戦場となった店内に目を向ける。


「すみません、店主さん」


 話す相手は、さきほど先ほども水晶の種の話をしたカサゴ面の店主だ。


「はい、何でございましょう」


 眼鏡をかけたカサゴの店主はアレンの視線に上客の匂いを嗅ぎつける。

 店員に持ち場を任せて、アレンの対応をしている。


「このお店にあるのは、これだけでしょうか? もう少し良いものがあるのでしたら、ご準備できますか?」


「もちろんございます、そうですね。少し値が張りますがこちらなんていかがでしょう」


 そう言って、身なりの整ったアレンの体を舐めるように上から下まで見た店主は、カウンターの裏にあった耳飾りを取り出した。


「これは、すごいね」


「ほう、やはり鑑定が?」


「はい」


 ペロムスの鑑定に、店主は気付いたようだ。


【店主が取り出した耳飾り】

・攻撃ダメージ7%上昇の耳飾り、金貨1万枚

・魔法攻撃ダメージ7%上昇の耳飾り、金貨1万枚

・クリティカル率7%上昇の耳飾り、金貨1万枚


(ふむ、一気に値段が上がったな。それは指輪も同じだったけど)


 ステータス増加の指輪も、100上昇、500上昇から1000上昇で一気に値段が上がったことを思い出す。


 なお、アレン軍の活動により、指輪の値段は地上世界全体で見ても下がり続けている。


「なるほど。ふむ」


 耳飾りをゆっくりとカウンターに置き、アレンの態度が変わる。


「い、いかがでしょう?」


 厳しい目つきになったアレンに直視され、カサゴ面の店主がたじろいてしまう。


「ここだけの話だが、私は宮殿に知り合いが多くてね。『もっといいもの』がこの店に入荷してあると言う情報を掴んでやってきたのだが?」


 偉いんだよ感を出したアレンが『もっといいもの』を強調する。


「これは失礼しました。『どちら』をお求めで?」


 もしかして知っているのかと店主が、アレンのブラフか確認する。


「もちろん。『2つ』とも見せてくれないかね」


 カサゴ面の店主は、自分の背景を全て知っていると理解する。


 アレンたちは魚Dの召喚獣はもちろんのこと、プロスティア帝国の市場動向の調査を名目に、耳飾りなど、パーティーやアレン軍の強化のための情報を収集し続けた。


 そんな中で重要な情報を手に入れる。

 イグノマスが宮殿の宝物庫からかなり貴重な耳飾りを放出した。


 貴族たちを自らの軍門に下らせるための、資金調達の行動のようだ。

 骨とう品や彫刻など、貴族たちに直接渡した物も多かったようだ。


 しかし、貴族たちがそこまで強く求めていない耳飾りなどの装備品は、宮殿にも足を運ぶ御用商人に売却をしていた。


 宮殿から2つの耳飾りを買い取った御用商人が営む店が、この店というわけだ。


「実は、両方ともこれからオークションを考えておりまして」


 全て知っていることが、店主は分かった。

 しかし、宮殿から卸した2つの耳飾りは、これからオークション形式で売買する予定だと言う。

 オークションなら最もいい値で売れると店主は考える。


「値段によるのでは?」


「確かに。では少々お待ちを」


 そう言うと、店主は店内にいる警備の者の1人に視線を送る。

 すると、「何でしょう?」と反応しながら、2人で店の奥に引っ込んでいった。


 しばらく待つと、小さ目だが豪華で重厚な箱を2つほど抱えて持ってくる。


 アレンたちの前に置かれたのは2つの耳飾りであった。


 ペロムスは鑑定をする。


「すごいね。この2つで間違いないよ」


【ペロムスの鑑定結果】

・物理攻撃ダメージ10パーセント上昇、体力2000上昇、攻撃力2000上昇の耳飾り

・魔法攻撃ダメージ10パーセント上昇、魔力2000上昇、知力2000上昇の耳飾り


「念のために金額を言いますと併せて金貨240万枚になりますが、いかがしますか?」


(高けえよ。俺ら取引価格も知ってんだぞ。吹っ掛けてきやがって)


 店主は明らかに吹っ掛けた値段を提示してきた。

 アレンたちは、この2つの耳飾りが2つ併せて金貨60万枚で宮殿お抱えの商人の手に渡っていることは取引記録の帳簿を見て知っている。


(帝都パトランタには、あと4つ耳飾りが流れているしな。ペロムス出番だ)


 アレンたちが求める耳飾りはこの2つとは別にもう4つある。

 全て手に入れるつもりだが、今の価格で6つは流石に買えない。


 アレンは店主の言葉を聞いて、ペロムスを見る。

 出番だねと頷くと、ペロムスの体が、陽炎のように揺らいでいく。


「!?」


 ペロムスがエクストラスキルを発動したため、店主に緊張が走る。


「それは高いのではないですか? 随分歴史のあるお店のようですが、ぼったくりをするということですか?」


「ほう? ぼったくりとな。ではいくらで?」


 アレンよりも前に出てきたペロムスの言葉に、いくらで求めるか問う。


「よくて金貨60万でしょうね。もちろん2つでですよ。ああ、これは、店主が手に入れた値段でしたか?」


 その言葉にカサゴ面の店主の顔がゆっくりと変わっていく。

 自分の3分の1も生きていなさそうな商人が吹っ掛けてきたからだ。


「ふむ、何年振りかの挑戦者だの。だが、自らのスキルを口にするのは悪手じゃないかの?」


 店主が宮殿から買い取った時の金額をペロムスは言い当てた。


「今回の取引は余裕そうだったので見せてしまいました」


「ほう? 若い商人よ。その言葉、もう引っ込められぬぞ」


 ペロムスの言葉に、挑発を続けて受けていることを店主は知る。

 カウンター下に備え付けていた水たばこを一口大きく吸い、気持ちの高ぶりを落ち着かせる。


 目の前の、この成人したかどうかも分からない商人は、商人のエクストラスキルを発動してまで取引価格を言い当てた。


 これは宣戦布告とみていいだろう。

 誰に宣戦布告したのか教えるのも成功者である自分の務めだと店主は考える。


 帝都パトランタの大通りに店を開くのにどれだけの月日が流れたか。

 宮殿と交渉できる立場になるのに、どれだけのものを失ったか。


 店主の中でこれまでの半生が走馬灯にように流れていく。


 今の状況が剣の世界なら、歴戦の剣の達人相手に、名もなき若き剣士が腰に挿した剣を抜刀したことを意味した。

 それも自らの陣地、剣先の届く間合いの中での話だ。

 明らかに「安く買い叩くぞ」というペロムスの表情に、店主は全身の力が漲ってくる。


(任せたぞ。絶対に手に入れたい。ペロムスをこのためにプロスティア帝国に呼んだと言っても過言ではない)


 何か大事なことがあってペロムスがプロスティア帝国にやってきたが今は思い出せない。

 耳飾りの効果を知って、この2つの耳飾りを誰に装備させると効率がいいかの思考に移行する。


 なお、商人ペロムスのエクストラスキル「天秤」はものの価値が分かる。

 これは、単位を国にすれば、その国の国家予算が分かる。

 そして、対象を個人にまで絞ったら、対象個人が考える交渉価格が分かる。


 相手が商人であるなら、効果が続く1時間程度の間、細かい心情心理すら分かると言っても過言ではない。


 もともと知っている「金貨60万枚の取引価格を言い当てた」というブラフをかましエクストラスキルの効果を誤認させる。

 取引したときの価格を知ることと、今いくらで売りたいかを知ることは後者の方が遥かに有用だ。

 ペロムスには交渉のブラフは通用しない。

 そんなペロムスはカサゴ面の店主相手に取引を有利に運ぼうとする。


 店主と商人ペロムスの価格交渉が始まったのであった。

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