第394話 帝都パトランタ
アレンたちを乗せた船は海底から十メートル程度の位置を航行し始めて数日が過ぎた。
アレンはその間、転移して地上に戻ることなく船の中にいた。
「ルーク、朝から何をやっているのよ。それ楽しいの?」
アレンの仲間たちも随分水中に慣れてきた。
朝起きて、皆で時間を過ごす部屋にセシルが入ると、ルークが部屋の中で遊んでいた。
「うん、セシルもやってみるか?」
「いいわ。もうすぐご飯だからね」
結構広めの天井近くをルークがセシルたちに背中を見せながら、部屋の中をぐるぐると泳いでいる。
無重力のような浮遊感を楽しんでいるようだ。
そんなルークにセシルは朝食の時間になったら降りてくるように言う。
最初は綺麗で幻想的な海底の風景であったが、今では誰も見たりはしない。
どんな綺麗な風景も見続けたら飽きるものなのかと、速攻で飽きてしまったアレンは思う。
(さて、今月中に召喚レベル9にするぞ)
何日も潜水する巨大な船の中にアレンたちはいる。
その間、チームキールの皆と一緒に最下層ボスのゴルディノやアイアンゴーレムを狩ることはしなかった。
鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使えば、アレンたちが船の中からS級ダンジョンへ移動できる。
しかし、既に最下層ボスのゴルディノからいくつも貴重なアイテムを出している。
今は優先すべきは召喚レベルを上げることだとアレンは考えた。
メルスと2人3脚で今年いっぱいの12月までに召喚レベル9に上がると考えていたが、プロスティア帝国に行くことになった。
道中の間に集中して、召喚レベルを1日も早く上げてしまおうと考える。
ペロムスの廃課金商会でも全世界の魔石の買取が始まったところだ。
アレンたちがアイアンゴーレムを狩って手に入れた、武器や防具、魔導具などの貴重なアイテムは、アレン軍やヘビーユーザー島の住人の生活費だけに使われるわけではない。
世界中の魔石を集め、アレンの召喚レベルを上げるスキル経験値にしていく。
メルスには、休みなく魔力の種を作り続け収納に送り込ませている。
最近、メルスは遠くばかりを見つめている。
「皆様、おそろいですね、朝食をお持ちしました」
クレビュール王国の使用人達が朝食を運んでくる。
「おう!」
ふやけ始めたパンが皿の上で、ゆらゆら揺れた状態で使用人たちに運ばれてくる。
ルークが元気よく返事をして自分の席に着く。
全員が揃い、運ばれてきた朝食を摂ることにする。
「アレン。誕生日おめでとう。今晩はお祝いしないといけないわね」
「ん? ああ、ありがとう」
皆で朝食をとっていると朝からセシルからお祝いの言葉を贈られる。
今日は10月1日になり、アレンは16歳になった。
「まあ、そうでしたわ。アレン様、おめでとうございます」
ソフィーも思い出したかのように、セシルに続いてお祝いの言葉を送る。
ハイエルフは1000年以上生きるため、人族に比べたら「誕生日」というものをあまり意識していない。
「ん? アレンはいくつになったんだ?」
「16になったな」
「おお! 16か!! おめでとう!!」
ルークも皆の会話に参加する。
水中ですごい勢いで食べながら話すので、食事が水中に広がっていく。
水中だとこういう風に、水が汚れてしまうので、食事は静かにが海底食事のマナーらしい。
水中だと、空気中だと拡散しないものまで拡散してしまう。
だから、食事でもスープのようなものは出てこない。
水中を汚さないためにも、結構しっかりとした固形の食事が出される。
部屋には空気洗浄機ならぬ、小さめの浄水の魔導具が設置されている。
この魔導具で生活したときに出る水中の汚れを綺麗にするという。
何でも魚人の世界では必需品であるとか。
浄水の魔導具(大)をヘビーユーザー島に移住してきた魚人たちの住む、クーレの町に設置していたのはそのためだ。
水が汚れると不衛生になり、感染症などが発生する恐れがある。
魚人の世界ではとても貴重で、バウキス帝国から買っているという。
そのための外貨や魔導具を買うために必要だということで、取引の窓口としてクレビュール王国は存在するらしい。
なお、魚人になると水中の汚れも人族でいた時より、気にならなくなる。
これも魚人あるあるなのかもしれない。
「む? どうしたのだ?」
シアがアレンの表情の変化に気付いた。
16歳と答えた後、何か考えることがあった。
「いや、そうか、16歳か。俺の世界では16歳になると、母にたたき起こされて城につれて行かれるんだ。そんな16歳に俺もなったんだなって思ったんだよ」
「ほう? 16歳で城にか」
あまり前世の話をしないアレンが前世の話をした。
しかもそれは、随分突拍子もない話である。
シアはアレンが別の世界からやってきたという話を聞いている。
魔王討伐のために、創造神エルメアがその力を持って呼んだということも理解している。
この世界には、別の世界からの転移者とか転生者がおらず、逸話もない世界だった。
アレンも学園の書庫などで英雄伝などいくつか調べたが異世界からの転生者を思わせるような記述を見つけることが出来なかった。
随分突拍子もない話であるが、信じるに足る状況をシアは見てきた。
それは、邪神教の教祖を倒すため乗り込んだ浮いた島で、アレンと上位魔神キュベルとの会話だ。
あれほど会話が成立する状況、そして、邪神教の教祖グシャラとの戦い。
獣王との戦いもそうだ。
目的を明確化したヘビーユーザー島での開拓に住民の受入れ。
アレン軍の強化も、目的がはっきりしており、勇者軍との共同演習も全ては魔王討伐のためだ。
何のために城に呼ばれたのかシアはすごく気になる。
「ああ、俺の世界では、16歳になると魔王を倒してこいと王からお小遣いを貰って、生まれた街から出されるのだよ。ああ、皆が皆じゃないぞ。父が英雄だったんだ」
シアはもちろん、皆の視線が集まるので、押されるように続きの話をする。
言葉に出してみると随分ヘルモードな設定だと思う。
「おお、英雄の家系ではないか。魔王を討伐したという話であったな!」
シアにも、そして皆にもアレンは倒せなかった魔王はいないと言い聞かせてきた。
これは半分冗談であるが、倒せない魔王はいないということを知ってほしいという願いもある。
「ああ、冗談だよ、冗談」
「何を言う、隠すことではないぞ。この世界のことでなくても、誇れることではないか」
シアが胸を張れと言う。
(おっと、真に受けてしまったぞ)
アレンは前世の父のことを思い出してしまった。
ゲームばかりしている自分のために必死に働いてくれた父には、現世のロダン同様に感謝の念に堪えない。
35歳でこの世界に来てしまったが、父には静かな老後を過ごしてほしいと今でも願っている。
前世の父への思いが溢れてしまい、冗談で言うつもりであったが、思いのほか熱がこもってしまった。
「……前世の父親も英雄だったのね」
セシルが、アレンが父ロダンへの感謝の気持ちが強い理由がなんとなく分かったような気がする。
セシルも大きくなってきたからこそ、アレンの行動で分かってきたことがある。
アレンはとても家族を大切にしてきた。
それは、前世の記憶が繋がってきたからだということが、改めて知ることができたと考える。
「そうだな。俺と違ってな。セシル」
自らについては否定したが、前世の父親を英雄だとアレンは言う。
「アレンもなれるわよ。いや、もうなっているかしら」
ローゼンヘイムへの魔王軍侵攻を阻止し、邪神教の教祖も討伐している。
自分ではなれないというアレンに対して、どれほどの家系に育ったのかとアレンの仲間たちは訝しむことになった。
『ご乗船中の皆様、大変お待たせしました。日程通り本船は、まもなく帝都パトランタに到着します』
すると会話に割り込むように魔導具の船内放送が聞こえてくる。
こういった魔導具もバウキス帝国産で重宝している。
水の中でも使えるように改良した分、結構値が張るとクレビュールの王家から聞いている。
「帝都パトランタ? おお、すげええええ! 花の上に街があるぞ!!」
ルークが席から立ち上がり、窓の方に見るとそこには壮大な光景が広がっていた。
アレンも何々と窓の外を見る。
そこには直径100キロメートルにはなろうかという巨大な水晶花の花弁の上に作られた街並みであった。
この巨大な水晶花の上に100万人を超える魚人たちが暮らしている。
(ほうほう、プロスティア帝国の帝都はサンゴの上にあるのか)
細かいところまで聞いていなかったなとアレンは思う。
航行速度を減速させながら、アレンたちを乗せた船は、港へと移動する。
そして、巨大で太い鎖が船に縛られて流されないように固定されていく。
「さて、降りてもいいのかな」
帝都パトランタの港に無事到着したので、アレンたちは次の行動に移る。
船から降りたアレンたちは、属国であるクレビュール王国が、宗主国であるプロスティア帝国に船の荷を引き渡している現場に向かう。
「まったく、こんな時期に来おってからに……、おらもたもたするな。次の船がやってくるのだぞ!!」
そこでは、帝都パトランタで奉納する貢物をチェックする偉そうな役人が、何やら檄を飛ばしていた。
格好からも、見た目の態度からもこの港で随分な要職についているようだ。
今回、アレンたちは、プロスティア帝国に向かうために奉納する貢物を急ピッチで用意し詰め込んだ。
プロスティア帝国には帝都パトランタ以外にも大きな街はあるし、属国や属州も抱えている。
しかし、貢物をするのはプロスティア帝国の皇帝に対してだ。
帝都パトランタに全ての属国も属州も奉納しにやってくる。
帝都が納める各領からも年貢として税が納められる。
お陰で、この港にはひっきりなしに奉納するために船がやってくることになる。
(ほうほう、あいつがこの港の責任者かな)
役人が怒っているのは、無数の属州や属国、そして帝国のいくつもの領が奉納するスケジュールを無視してやってきたからだろう。
感情を露わにして、作業指示を飛ばす役人の高官の元に、アレンは悪い顔をして近づいていく。
「これはこれは、急ぎやってきたのにご対応して頂いてありがとうございます」
「む? 誰だ、お前は」
見ない顔だなとアレンの顔をジロジロと見ながら役人は言う。
「はい。私は特命全権大使のアレクと申します。今回の貢物の奉納にも立ち会わせていただきました」
(偽名も忘れずに使わないとね)
「……特命全権大使のアレクだと?」
誰だそれはと役人はさらにいぶかしげな眼で見てくる。
「はい、クレビュール王家に代わり、私が参上した次第でございます」
そう言って、帝都パトランタで奉納する貢物を管理する上級役人との会話が続いていくのであった。
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