第356話 戴冠式①
キールが後方の階段から枢機卿に連れられて上がって来る。
後方に設けられた20段からなる階段を上り、台の上までやって来ると白い法衣に金の刺繍のあるいつものキールが10万を超える民の前に姿を現す。
「あ、あのお方が新しい教皇か」
「何十万という魔獣の群れを一掃したそうだ」
「神は我らを見捨てていなかったのか」
誰一人「見習い」という言葉を使っていない。
どういう風に皆に伝えられたのかとキールが若干切れそうだ。
そんな眉間にしわが寄った顔も街の人々には見えない。
ここには、キールが魔獣に囲まれたこの街に突如として降り立ち、金色に輝く法衣をまとい人々を救う姿を目に焼き付けた者も多い。
新たなる救世主の誕生に誰もが喜んでいるようだ。
この台はテオメニアにある神殿を模している。
上がってきた方とは逆にも民に観覧用の階段があり、階段の手前でキールは枢機卿に跪く。
「では、新しい教皇見習いに創造神エルメアの祝福を!!」
「はい」
枢機卿が生前の教皇が被っていた冠を、跪いているキールに被せてあげた。
割れんばかりの感謝の言葉がキールの元に届いてくる。
「ありがとうございます!」という救われた者たちの思いがキールに届き、キールの目にも熱いものが溢れてくる。
「そうか。こういうことなのか」
カッコいいポーズを全力で断り、尻が少し焦げてしまったドゴラが広場を見つめている。
ドゴラはこの状況に既視感がある。
それはS級ダンジョン攻略の際に、ダンジョンの入り口の建物の前に集まった群衆の視線だ。
皆がディグラグニやカッコいいポーズで決めるメルルやガララ提督などのドワーフを見ていると思った。
役に立てなくて、その場にいることがとても辛かった。
しかし、今はここに平然といられるのは、自分の中でそれだけのことをしたと言う自負があるからだ。
感謝や羨望の視線を浴びるキールを見て、これが答えなのかと単純に思う。
そして、これからもっと活躍して、自分の力で人々の視線を集めて見せるとニヤリと笑ってみせた。
『ここからということであるな』
「ああ、そうだな」
神器カグツチを通して、火の神フレイヤの言葉にドゴラは答える。
火の神フレイヤはこれ以上何かをするようにとは言わないようだ。
使徒がその使命を胸に宿したことが神器カグツチを通して伝わったからだ。
枢機卿が今後の人々の心の持ちようについて説いていく。
5分、10分と続く中、アレンは話が長いなと思う。
これでこの大陸の件は一件落着か。
次は転職して、とアレンは魔導書を使って次にやることを整理し始めた。
その時であった。
「創造神エルメア様は全てのものに平等です。ですので……」
(大体分かったから。巻きでお願いね。エルメアすごいすごい)
そんな中、枢機卿の話を聞かずに、神兵の警備を掻い潜って階段に上がる手前まで駆け付ける者がいた。
「平等なんて嘘です。わ、私たちグシャラ聖教は迫害を受けています!!」
子供を抱きかかえる母親が、群衆の集まる広場の中で、大声で絶叫した。
ニールの街で行われている希望に満ちた戴冠式が、子供を抱える母親の絶叫で様相が一変する。
教都テオメニアの高台に続く神殿を模した張りぼての上からキールと枢機卿が母と子を見る。
「な、なんだ?」
キールは何が何だか分からない。
跪いたままだったので、そのまま階段の下を覗き込む。
「キール様、お助け下さい! こ、子供に十分な食料を!!」
命を懸けるほどの母親の叫びだった。
「な!? このような時に何をしている? 神兵たち、直ぐに動かぬか!!」
新しい教皇見習いを決める大切な儀式だ。
任期のない教皇の戴冠式なので、数十年に1回しかない。
枢機卿は階段の下に並ぶ神兵に声を掛ける。
子供を抱きかかえる母親の腕を無理やり掴んで、この広場から連れて行ってしまうようだ。
連れて行かれながら、必死にキールに対して何かを叫んでいる。
「待て! 母親から手を離すんだ!!」
キールは広場に聞こえるほどの大声を出して、母親を掴む神兵を制止する。
そして、輝く教皇の冠をかぶったまま、キールは階段を降りていく。
「おお、教皇様が降りてこられるぞ!」
「このような若さで、この国をお救いになられたのか」
「教皇様、教皇様。ありがたや、ありがたや……」
「教皇じゃない! 教皇見習いだ!!」
20段からなる階段を上がった所にいたため、かなり小さく見えていたキールが、下に降りてきたので人々はざわつきながらも感動する。
冠も被ってしまったため、見た目は完全に教皇だ。
「教皇様……」
母親が階段から降りてきたキールに感動する。
「それで、どうしたんだ? って、あれ? どこかで見たなって、あ~、あの時の……」
キールは、アレンが「邪神教の信者はいますか?」と叫んだとき「邪神教ではありません!!」と返事をした母と、その母親に抱きかかえられていた子供であったことを思い出す。
既に神兵は掴んだ腕を離しているので、キールの元に母と子供が駆け寄る。
階段を下から5段目辺りまで降りた所で、母親が階段を駆け上がってきたため、結構広い範囲までその様子が見える。
キールの法衣の裾を掴んで、何かを必死に訴えている。
キールは必死に訴える母の声に耳を貸すことにする。
アレンたちもキールの後ろまで階段を降りて、その様子を窺う。
(なるほど。この状況でエルメア教の信者を優先したということか)
アレンはキールに必死に訴える母親の状況を理解した。
ここには教都テオメニアや近隣の村や街から避難してきた大勢の民がいる。
元からニールの街に住んでいた者たちもいる。
経済が寸断された現状で、食料の配給が十分に回っていないようだ。
まだ救難信号をニールの街が全世界に出して1カ月かそこらしか経っていない。
各国の支援の手が入るのはもう少し先だ。
ローゼンヘイムも食糧支援を行ったが全ての人間が満腹になるほどには及ばず、第二弾、第三弾の食糧支援はこれからというところだと女王から聞いている。
しかし、それはこれからの話で、配給が足りずやせ細っていく子供を持つ母親にとっては今起きている問題だ。
アレンが枢機卿を見ると、枢機卿は気まずそうな顔をする。
どうやら、現状を把握していたようだ。
ローゼンヘイムからの支援によって食料はそれなりにあるが、今後の配給計画のため配給量を少なくした。
各国とも疲弊しており、今後の確実な支援が約束されているわけではないからだ。
そして、少ない配給はエルメア教の信者を優先した。
その結果、今回の発端を起こした邪神教グシャラを信仰していた人々への配給を後回しにしてしまったとか、かなり減らしてしまったということだろう。
「何卒、何卒お助けを。わ、我が子だけでもお願いします!!」
そう言って階段に頭をつけ、懇願する母親の子供は1カ月ほど前に見た時より痩せているように思えた。
キールの脳裏に学園に入ったころ、まだアレンたちと出会う前、幼い妹や使用人たちのやせ細った頬や腕を思い出させる。
それを見たキールは、ゆっくりと広場を見る。
そして、大声で叫んだ。
「他にいるのか? 救済を求めるものはいるのか! グシャラ聖教の民はいるのか!!」
すると一か所に集まった区画で人々が恐る恐る手を上げる。
どうやら、邪神教の信者たちは一か所に集められているようだ。
困窮した表情の信者が5千人はいるようだ。
キールはこんなにもかと思う。
数百人程度ならカルネルの街にでも連れて行く判断もできたが、この人数ではと思う。
アレンたちは全力で救済した。
お陰で邪教徒という魔獣にならずに済んだ信者が大勢いた。
キールはアレンを見る。
アレンに預けた資産なら5000人程度の食料を出すなどわけがない。
枢機卿に言って配給量を増やすように指示をした方がいいのか。
しかし、どれも解決になるのかという表情をキールはしているし、アレンもそうだ。
信仰や人々の思いは複雑に絡んでいるからだ。
エルマール教国もクレビュール王国もカルバルナ王国も、今回の一件は魔王軍の手によるものだ。
そして、邪神教教祖グシャラが魔王軍の手の者だったことは公表している。
それを信仰していた邪神教の信者たちの救済を進んでする国はどれだけあるのか。
アレンがどうすることが正解か、検討する中さらに母親はキールに必死に訴えている。
どうも食料だけでなく、怪我をした時の教会の利用も制限されているという。
信仰の対立が今まさに大きくなっていっているようだ。
その結果の10万人を超える群衆が見る中の教皇見習いに対する命懸けの陳情だ。
手を上げた区画からは助けてほしいという懇願の目を向けられる。
そんな区画を厳しい目で見る者もいる。
「アレン様」
「ん? 何だ?」
「引き取ったらよろしいのでは。私たちにはあの島がございます」
「え?」
ソフィーが声を掛ける。
あの島とは後で「魔王軍本拠地破壊計画」に使おうと思ったあの浮いた島のことだ。
既に、ガララ提督とは連絡がついて、数名の魔技師のドワーフを派遣してくれることが決まっている。
「はい。あの島でしたら十分に住めるかと」
「もしかして、あれこれ考えてくれているのか?」
「もちろんです。そのためには人手も必要です。あとでお時間をください」
ソフィーはアレンの「魔王軍本拠地破壊計画」の話を聞いた時、結構ショックを受けていた。
「せっかく世界を覆うほどの乗り物が手に入ったのに」とブツブツ言っている。
(あれ? これが正解じゃないのか? 仲間たちに助けられてばっかりだな)
困窮した邪神教の信者、浮いた島、消耗しきったドゴラ、信者が欲しい火の神フレイヤ。
何かピースが全て重なり1つの絵がアレンの中で完成されていく。
そして、自らの考えで動き始めたソフィー、ここ一番で大活躍を見せたドゴラを見る。
仲間たちに助けられた今回の邪神教の一件であったと思う。
「そうか。そうだな。ならばやることは1つだな」
「はい。よろしくお願いします」
アレンの思考が固まったので、全てをアレンに任せてソフィーは下がった。
ソフィーが島に住まわせようという一言にアレンは一つの可能性に気付いた。
困窮し、迫害を受ける異教徒たち。
恐らく、ここに5000人いるなら、この大陸全土で1万人以上いるのではと考えられる。
邪神教の信者は柱が上がったこの大陸の4箇所から伸びている。
あの島なら何万人だって人が住める。
ここからベストな解決策を思い描く。
話しかけるお方は、お1人しかいない。
アレンは後ろにいるドゴラの方に歩みを進める。
ドゴラが何だよと訝し気に見るが、用があるのはドゴラではない。
「フレイヤ様」
アレンは小声で、ドゴラの背中に背負われている神器カグツチに恭しく話しかける。
神器カグツチはドゴラの尻を焼いた後は、すっかり熱が冷めて、赤みは消え完全な鉄の色をしている。
神力という神の力が足りずに、神器カグツチに熱を持たせることも出来なくなっている。
『む? なにようだ?』
アレンの言葉に反応してくれたようだ。
火の神フレイヤは、神界にある神の神殿にいるらしい。
神器カグツチを通信機として使うことができるようだ。
「もしも、1万人の信者がいれば、神器カグツチはどれだけの威力が出ますか?」
「お、おい。おいおいおいおい!」
キールがアレンの吹っ飛んだ提案を理解した。
『ほう? それはどういう意味だ?』
何を言っているのか火の神フレイヤは分からなかった。
「ここにはどうやら、祈る神のいなくなった救済を求める人々が大勢いるようです」
『そ、それは真か!!』
アレンの顔がみるみる悪くなっていく。
そして、囁くように火の神フレイヤに提案するのであった。
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