第354話 邪神

「さてと」


(調停神はどこかへ行ってしまったしな)


 そう言って、アレンは窓から反転して神殿の室内に視線を戻すと、仲間たちやシア獣王女たちと視線が合う。

 シア獣王女や完全に元気になったルド隊長たちもこれからどうするのか相談したいようだ。


「それでどうするの?」


 セシルが皆を代表してアレンに問う。


「ちょっと探したいものがあって、この建物に動力源があるのか知りたい」


 一緒に探してほしいものがあると言う。


「え? 動力源?」


 アレンはこの島を動かしたいという。

 そうかと言って、皆協力してくれるようだ。

 激戦によって破壊されてしまった広間をくまなく探していく。


 まだ死霊系のいる下の階層も霊Aの召喚獣と獣人たちの物量戦で殲滅をする。

 最上階を目指すために邪魔な魔獣を倒しただけなので、魔獣の残党がそれなりにいた。

 全て倒し、個室や通路も含めて島を動かす動力室のようなものはないか確認する。


 そうこうして、入口のさらに下の階層である地下の1つの部屋にたどり着いた。


「こ、これは何だ?」


 シア獣王女が思わず声が出る。


「キューブ状の物体に似ていますね」


「キューブ状の物体?」


 シア獣王女は「キューブ状って何だ?」と思う。

 アレンは「乱数」など前世のゲーマー時代に使っていた言葉を結構使う。

 この世界にも似たような言葉はあるのだが、いまいちニュアンスが伝わりにくいことが多い。

 仲間たちには、概念と共に覚えてもらっている。

 アレンの良く分からない専門用語を仲間内では「アレン語」と言い、まとめられたものがアレン語録だ。


 なお、アレンに限らず、大規模なパーティーがパーティー内のみで理解できる隠語はあって当たり前だ。

 仲間にだけ伝わる作戦や、仲間にのみ共有されるべき情報は、時には仲間の生死を分けることもある。


 シア獣王女は、たまにアレンがよく分からない単語を使うが、さすがにSランク冒険者の率いるパーティーだから隠語が存在して当然だと思っている。


 地下1階の部屋は、それなりの大きさの広間になっている。

 その中央に、一辺数メートルはある巨大なキューブが台座のようなところに浮いている。


 その他よく分からない魔導具のようなものが辺りにいくつか置いてある。


「どうやら、ここが動力源で間違いないようだな」


「ええ、でもどうするの?」


「いや、この島を魔王軍の根城に落とせないかなと思ってね」


「「「は?」」」


 アレンはこの島を空高くに上昇させ、重力と質量に物を言わせて、魔王軍の根城に落とせばいいのではと考えている。

 これが魔王や魔神達にどれだけの打撃になるか分からないが、結構な被害を出せそうだ。

 たぶんこの浮いた島は、前世で恐竜を滅ぼした隕石くらいの大きさはありそうだ。

 限界まで高度を上げ、落下した威力によって魔王軍には是非滅んでいただきたい。

 そのために、この島を動かすための動力を探していた。


「そ、そんな勿体ない」


「ん?」


 ソフィーから思わず困惑した声が出た。

 何だとアレンが反応したので、皆の視線が思わずソフィーの元に集まる。

 特に感情をこめて言うことの少ないソフィーならなおさらだ。


「い、いえ。なんでもありませんわ……」


 何でもなかったらしい。


「えっと、ふむふむ。これは魔導具で間違いなさそうだね。ダンジョンに使っている物と同じようだ」


「ほうほう。ふむふむ」


 メルルが何らかの装置をべたべた触りながら、動かせるか確認している。

 その横でクレナが分かっている感を全力で出している。


「たぶん、魔導具だと思うから『魔技師』なら動かせると思う」


「魔技師か。バウキス帝国から何人か連れて来れないかな?」


 バウキス帝国はゴーレムと魔導具による巨大な空軍である魔導船部隊や海軍である艦隊を使って、魔王軍と戦争をしている。


 そのために、重宝されるのがミスリル級など各階級のゴーレム使いと、魔導具を専門的に動かす才能を持つ「魔技師」だ。


 魔技師はダンジョンマスターのディグラグニの作った魔導具を分析や解析をしたり、また、自分らでも模造品となる魔導具を作成する。

 魔導具の解析ができるので、魔導具っぽいこの島の動力源をいじって動かすことができるのではないのかとメルルが教えてくれる。


「提督にお願いしたら大丈夫かも」


 メルルはガララ提督にお願いしたら、協力してくれると言う。

 アレンはガララ提督にお願いするものに魔技師の手配を追加する。


「そうだな。さて、後、すべきは戦争に参加しないとな」


 現在、ローゼンヘイム北部と中央大陸北部で戦争中だ。

 アレンのお陰で現在それぞれ2万体の子ハッチが戦場を荒らしている。

 そろそろ戦況が決まりそうなので、応援をしたいと思う。


 まだ、この連合国のある大陸の邪教徒や魔獣を全て倒せていないが、それも時間の問題だ。

 王化による虫Aの召喚獣が優秀過ぎる。

 この大陸にも虫Aの召喚獣と親ハッチが生んだ3万体の子ハッチが魔獣の殲滅に当たっている。


(あとは、エルマール教国にも事態が解決したことを報告しないと)


『アレン。あとで少し話をしても良いか?』


「ん? あー今回のキュベルの作戦のことか?」


 アレンがこれからのことを考えているとメルスが口にする。

 何か言わないといけないことがあるようだ。


 エルマール教国に転移できる「巣」があるのだが、メルスが邪神教の教祖グシャラを倒した後も浮かない顔をしているので話を聞くことにする。



 ここは少し場所が変わってタムタムの中だ。

 操縦室に、皆で集まっている。


「それで、話ってなんだ?」


(というかシア獣王女も付いてくるんだな)


 クレビュールに「帰巣本能」を使って、2000人の獣人ごと送ってあげようと思ったが、シア獣王女がルド隊長、ラス副隊長と共に付いてきた。

 シア獣王女は今回の戦いで思うこともあった。

 戦いの総括のような会議をする雰囲気をアレンが出してしまったため、ここにまだ残ることにしたらしい。


『今回の一件だが。まずは、キュベルに先手を許してしまった』


「「「……」」」


 原始の魔神と呼ばれたキュベルに、ここまでのことをさせられたのは、自分が何も説明してこなかったことにあるとメルスは言う。


「そうだな。ちなみに今回の件は何を伝えたら先手を許さずに済んだのかな」


 どこか申し訳なさそうに言うので、メルスにあえて問う。

 今回の一件は創造神エルメアがもたらした勇者や英雄を倒す作戦であった。

 この作戦を事前に分かっていても厳しかったのではと考えている。


 事前に邪魔が入ると分かっているなら、邪魔が入っても構わない作戦を取るだろう。


 神殿に乗り込まず、相手にしないこともできた。

 その時は、この大陸の邪教徒による被害は数倍に膨れ上がっただろう。

 もしかしたら、同じことが全ての大陸で行われていたかもしれない。


(全ては可能性に過ぎないからな。というかメルスと話すようになって3ヶ月かそこらだし)


 短期間の間にメルスからは色々教えてもらった。

 今回の一件はそれなりの成果があったので、これ以上の反省は不要だとアレンは思う。


「相手が何をしたいのか分からないことがかなりつらいわね」


 セシルが今回の件に一番の問題について触れる。


(確かに。相手が何をしたいか分からないからな。ヒントのようなものはいくつもあるんだろうけど)


 魔王軍側は基本的に黙秘を続けている。


「キュベルは何で最後まで戦わなかったんだろう。あそこでキュベルも戦えば俺らを皆殺しにできたと思うんだが?」


 そう言ってメルスを見る。


『たしかに。殺すつもりがなかったか。生きていた方が都合が良かったのか。単純に目算が甘かったのか』


 あの状況なら、どれもあり得るという。

 たまたま、アレンの王化スキルが間に合って、ドゴラが火の神フレイヤと契約をした。

 これは奇跡的な確率であったと言ってもいい。

 アレンが生まれて1歳のころから、やり込みを狂気のごとくやってこなかったら、今回の一件に王化は間に合っていない。


 ドゴラが火の神フレイヤと契約できたことも圧倒的に大きい。

 攻防を極めて、逃げる判断もできるバスクの方が、グシャラよりも強敵であった。

 そのバスクを倒せるドゴラの誕生は奇跡と言ってもいいだろう。


「……」


 まだうまく動けないドゴラが背もたれに深く腰掛け目をつぶっている。

 何も考えていないのかもしれない。

 寝ているのかもしれない。


「ヘルミオスもバスクも結局は生きているからな」


 勇者ヘルミオスを殺さなかったのはキュベルであるし、バスクを魔神にしたのもキュベルだ。

 今回の騒動の中心にキュベルがいた。


(魔王軍は1枚岩ではないと? 何十万年も生きていた魔神が、ここ100年だかそこらのポッと出の魔王にいいように扱われているのが気に食わないとか。そもそも何故いいように扱える。いや協力関係にあるのか?)


 キュベルの行動のせいで、さらに魔王軍の行動が予想できなくなった気がする。


「あの真っ黒な炎は犠牲になった人々の命ってことでいいんだよな?」


 いくつも思考や可能性を探りつつ、メルスに今回の漆黒の炎について問う。


『そうだ。間違いないだろう。キュベルが持って帰ったのは、数百万の人の命だ』


「それだけの命を使えば、魔神が何体も作れるのか?」


 人々を殺すだけでなく集めていたのならその使い道があるのだろうと考える。

 真っ先に考えられるのが、アレンたちが苦戦しながらも戦ってきた魔神の存在だ。

 本来であれば、世界に1体いればいい方の魔神をここ数年、何体も倒している。

 明らかに増殖しているのは魔王軍の仕業であろう。


『命をどう使って魔神を作るのか知らないが、魔神1体当たり10万人の命に匹敵する。上位魔神なら魔神の10倍だな』


 信仰と命とは密接にかかわることだとメルスが教えてくれる。

 ただ、命を集めたからといって魔神を作れるのかと言ったら別の話だと言う。


(魔神を作るのって燃費が悪いのか? まあ、1体の魔神を恒久的に作るのと、炎そのものの力を得るのは別物だし納得だがな)


 漆黒の炎の力を得ていた上位魔神グシャラは不死身に近い存在になっていた。

 キュベルは祭壇から炎を1、2割かそこら残していったように思える。


 魔神を2体より、魔神2体分のステータスの方が圧倒的に強い。

 魔神を作る10倍の命が上位魔神に必要なことがそれを証明している。


 グシャラの不死身さは、漆黒の炎によるステータスアップがアレンたちの攻撃を上回っていたため、受けるダメージが極小になっていただけだろう。


「「「!?」」」


 納得するアレンと違って、仲間たちやシア獣王女たちは驚いているようだ。


「じゃあ、今まさに魔王軍は強化しようとしているということかしら?」


 セシルはどれだけの魔神が今回の一件で誕生するのか予想する。

 今の話が本当なら数十体の魔神ができることを意味する。


「ちなみに神界に攻めてきた魔王軍って魔神が中心だったと聞いているけど何体くらいだったか覚えているか?」


 メルスは神界に攻めてきた魔王軍と戦っている。

 構成は魔神、上位魔神、Sランクの魔獣などであったという。

 一番の構成を占めていたのは魔神であったと聞いているので、魔神の数は何体か尋ねる。


『ん? どういうことだ? そうだな。数百体はいたと思うぞ』


「「「数百体の魔神……」」」


 あんな強力な相手が数百体もいるという。


「じゃあ、魔神を増やす可能性は低いかもな。もしかしたら、魔王そのものを強くする事が可能であれば、そっちの方が納得いくかな」


『命を使って魔王自身の強化か。それも不可能ではないかもしれない』


 かなり難しいが、理から外れた魔王軍ならそれも可能かもしれないとメルスは言う。


「どういうこと?」


 何故魔神を増やす可能性は低いのかとセシルが問う。


「いや、こんな何十年もかけて、それだけの効果しか見込めないことするかな。魔王軍の戦力がそれだとせいぜい数割膨れる程度だし」


 これが魔王軍に、魔神が数体しかいない状況なら分かるとも言う。

 しかし、既に数百体の魔神がいるのに、どれくらいの魔神を作ることができるか分からないが、そこまでの魔神は増えないのではと考えている。


「そうね。なるほど」


 セシルも納得した。

 既にアレンたちは魔神相手ならそこまで苦戦せずに倒せる域に達しつつある。

 確かに一度に何十体の魔神を相手にすることはできないが、やりようはある。


『あと1つ知ってほしいことがある。これについてもどうやって、という話だが』


「うん?」


『可能性として、魔王軍は魔界を目指している』


「ほう?」


(魔界もある世界だからな。ん? 魔界はエルメアに封印されているんじゃなかったっけ)


 この世界は、神界、地上界(人間界)、魔界によってできている。

 その魔界は遥か昔に創造神エルメアと神々の力によって、入口は封印されている。


 その封印された先にある魔界には圧倒的な力を持つ魔神や魔族、魔獣たちがいるらしい。

 魔界との間の門の封印が解けると、魔界から魔獣がなだれ込み地上界は滅びると言われている。

 これは学園の授業の「創生記」なる授業で習った。

 創造神エルメアを信仰する1つの大きな理由になっているらしい。

 エルメアのお陰で人々は平和に生きているらしい。


『例えば、人々の命の使い道というのであれば、魔界の門を開く。もしくは魔界に封印された邪神を目覚めさせるのも考えられる』


 可能かどうかわからないとメルスは言う。


「「「邪神?」」」


「邪神? そんなのいたっけ?」


 アレンは邪神なんていたのかと思う。


『遥か太古の昔に存在した。肉体を分け、エルメア様によって封印されたが』


 メルスが邪神について話をする。


 邪神は創造神エルメアに匹敵するほどの力があると言う。

 太古の昔、メルスが生まれる前、神界と神々を滅ぼそうとした邪神は、エルメアと神々に倒され、その体をバラバラに分けられた。

 そして、二度とやってくるなと魔界に放り込まれているという。


「そ、そんなエルメア様にも匹敵する力があるなんて」


 ソフィーがメルスの話にぞっとしている。


「魔王軍の戦力向上に、邪神を得るため魔界に向かうと?」


『方法も手段がそもそもあるかも分からぬが、最も強化を図れる方法であるというのが神界の見解だ』


 封印を解くことも、邪神を復活できるかも分からない。

 そして、復活した邪神を扱えるとも考えられない。


 結局その日は何か結論が出たという話ではない。

 しかし、魔王軍は次の一手を必ずうってくる。

 アレンたちは常に前に進み続けねばならない。

 そういう話で会議は終わったのであった。

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