第259話 信仰の器

 アレンたちはいつものメルルの大好きなお酒を出すお店にいる。


「魔獣の外骨格から防具は順調に作れているみたいだ」


「そうですか」


 ソフィーは安堵する。

 その横でフォルマールが力強く頷く。


 アレンは少し前に、精霊神ローゼンから火の神フレイヤが神器を奪われたことを聞いた。

 神器を失い、徐々にこの世界へ火の神フレイヤの力が及ばなくなる。

 鉄くずのような武器や防具しか作れなくなり、魔王軍の侵攻は阻止できなくなるらしい。


 魔王軍は、人々を征服しない。

 何年もしないうちに全大陸で魔獣たちによる大虐殺が始まるだろう。


 アレンは精霊神からこの神器を奪われた情報はどこまで、誰にまで話していいのか聞いた。

 精霊神からは、吹聴しなければアレンに任せるとだけ言われた。

 精霊神ローゼンにとって、最も大事なのはエルフの安寧だ。

 そのためならという気持ちが強いのだろう。


 ローゼンヘイムの戦争で手に入れた物がある。

 それは100万体を超える虫系統の魔獣の外骨格だ。


 Bランク以上の魔獣で、軽くて丈夫なので防具に使える。

 竜系統の骨や腱は弓に、牙は矢じりに使える。


 膨大な量の魔獣を倒した素材を今のうちから加工してほしいとローゼンヘイムの女王に伝えた。

 ローゼンヘイムの復興がまだにも拘らず、優先して取組んでくれると快諾してくれた。


 グランヴェル子爵には鎧アリの巣の調査をお願いしている。

 アレンは鎧アリを殲滅しなくてよかったと思った。

 この鎧アリの鎧も頑丈な鎧に加工できる。

 多産で、短期間で大量の鎧アリを生むことができる鎧アリの女王のいる巣がどれくらいあるのか調査を進めている。


 中央大陸のギアムート帝国の皇帝にも、ヘルミオス経由で伝えて、国を挙げて対策を練るようにお願いをしている。

 数億人という世界最大人口を抱えるギアムート帝国の動きはとても大きいものになる。

 ヘルミオスには使用人を派遣し、ギアムート帝国の皇帝宛てに親書を送って貰うことにしている。


 きっと、これらの取組みが世界の人々の命を少し延ばしてくれるだろう。

 しかし、それにより何年延びるかは分からないと考えている。


(ただの延命療法なんだよな。解決策を考えないと)


 最もすべきことは延命療法ではなく、問題の抜本解決だ。

 問題の解決は神器を魔王軍の手から取り返すことだとアレンは考えている。


 アレンは前世の記憶、ゲームの記憶を元にこれまで問題解決の糸口を見つけてきた。

 しかし、今回の神器の件で分かったことは、相手側である魔王軍は何十年も前から綿密に計画を立てて行動している。

 

 1000万体におよぶ魔王軍の侵攻も作戦の1つに過ぎなかった。

 アレンが行動している裏で常に行動しているので、何もしなければ、後手に回る。

 前世のゲームのように魔王を無視して、近くのダンジョンでだらだらとレベル上げに勤しんでいれば、世界は滅びる。


 だからといってレベル上げも装備を整えることもしなくては、魔王軍とは戦えない。


「それにしても、こんなところでゆっくりしていていいのかよ」


 キールは不安そうにアレンに尋ねる。


(キールには、いや違うな。皆、俺も含めて誰しも家族がいる。不安になるのも無理はないか)


 家族思いのキールは心配症だ。

 火の神の神器が奪われた話を聞いてから元気がない。

 何年もしないうちに世界が滅びるかもしれないと聞いて、カルネル領にいる妹や使用人のことを思っているのだろう。


「たしかに、すべきことは多い。だからといって今から張りつめていてどうする? 休むときは休まないとな。それで言うと、して欲しいことはたくさんあるから手伝ってくれ」


「お!? あるのか? もちろんだ!」


 アレンがやろうとしていることは、これまで関わって来た人たちへの協力要請だけではない。

 これから同時並行でいくつもやろうとしていることがある。


 しかし、やることが増えてもアレンはS級ダンジョン攻略の目標は変えていない。

 もともとS級ダンジョンに来た理由は、仲間の転職と装備を整えることだ。

 そして、ダンジョン攻略時の報酬を貰うことにもある。


 魔神に苦戦する現状を打破するためにも、このダンジョンに通うことには意味がある。


「アレン君はすごいよね」


 アレンとキールの会話を聞いて、ヘルミオスがアレンを称賛する。

 今回の食事は、ヘルミオスのパーティーも一緒だ。


「何がですか?」


「その年でパーティーをまとめ上げている」


「いえ、まあ、なんとなくですよ。それで、ディグラグニに初回攻略報酬について交渉してくれましたか?」


「ああ、もちろん特別なものを用意しても良いって言ったよ。さすがアレン君だね。報酬は何を考えているの?」


「いえいえ、世界のためです。それに私たちが報酬を手にするとは限りませんので」


(よし!! 相変わらずのノリの良さだ)


 このS級ダンジョン1階層の中央には神殿がある。

 そしてディグラグニに仕えるドワーフの神官たちが、ディグラグニの世話をしている。

 これは精霊神ローゼンを世話をしていたエルフたちの構図に似ている。


 ディグラグニには、普通の冒険者では会うことさえ許されないが、勇者ヘルミオスは違う。

 勇者という立場は伊達ではない。

 正式に神殿に依頼すれば、ディグラグニに面会ができる。


 そして、ディグラグニに質問とお願いをしてほしいとアレンは頼んだ。


 お願いとは、最初に攻略すれば、特別な報酬が欲しいという内容だ。

 これは前世からのアレンの記憶から、初めての攻略は特別なものが貰えて当然だという考えからきている。


 このS級ダンジョンは前人未踏だという話を以前、獣人のウルから聞いたので、初回の攻略には特別な何かが欲しい。

 そして、何をくれるのかは、選ばせてほしいとディグラグニに対してヘルミオスにお願いをしてもらった。


 ディグラグニは「ええよ!」と二つ返事で快諾したとヘルミオスが教えてくれる。

 以前から聞いていた通りの軽い返事だ。

 ダンジョンマスターの威厳は一切感じられない。


「それで、神器はディグラグニも持っているって言っていましたか?」


「うん、持っているって言っていたよ。『エルメア様から貰えて超うれしい。ダンジョンマスター頑張ってよかった!』ってさ」


 その言葉に精霊神の眉間にしわが寄る。

 不快な話であったようだ。


「アレン、そんなこと聞いて何になるのよ」


「ん? セシル。神器とは何なのか分からないと、見つけようがないからね。なるほど、そうかそうか」


「だから、自分だけわかっていないで教えなさいよ」


 セシルが不満げに言う。


「例えば、ヘルミオスさんは神ですか? 少なくとも帝国全土から愛されている英雄ですが」


「え? 英雄と神?」


 何を言っているんだとセシルは思う。


「ヘルミオスさんはどうですか? このまま祭り上げられたら、何か神格化しそうですか?」


「いや、そんな感じはしないよ。アレン君どうしたの?」


「私は思うんですが、前にも言いましたが、神器とは信仰を集める器なんじゃないのかって」


 以前も名工ハバラクの工房で同じような話をした。


「信仰の器?」


「そうです。まさにその表現が一番近いと思います」


 アレンは信仰と神について考えてきた。

 それは、学園にいた頃、ソフィーが、信仰が神を生むという話からずっとのことだ。


 創造神エルメアは神になる資格のある者たちに神器という信仰の器を配る。

 配られたものたちは、それぞれが必死に信仰を集める。


 ローゼンもディグラグニもフレイヤも皆同じように信仰を集める。

 一定以上の期間とか、人数なりを集めた者が亜神を経て神に至る。


 神になってからも神なりに切磋琢磨して、信者を募り信仰を集めないといけない。

 神々は何もしなければ、神ではいられない世界なのだろうとアレンは考えている。


 たとえ、英雄と持てはやされていても、神に祈るように感謝称賛されても、ヘルミオスのように創造神エルメアから神器を貰っていないものは神にはならない。

 

「なるほど」


 ヘルミオスは納得しながら、精霊神を見つめる。

 その精霊神は瞬きもせずに固まったままだ。

 置物のように完全にフリーズしており、絶対に口にしてはいけない禁忌なのかもしれない。

 しかし、全身から冷や汗のようなものが滝のように流れている。


「しかしこれで、ディグラグニは魔王軍とは関係なさそうですね」


「まあ、最初から僕は違うと思っていたよ」


 今回の火の神フレイヤから神器を奪われる原因が、ディグラグニへのドワーフの信仰にある。

 一瞬、ディグラグニが魔王の配下で、ドワーフの信仰を集め、火の神フレイヤを弱体化させたのではとも考えたが違うという結論に至った。


 そもそも、この世界は信仰を神々が集める世界だ。

 魔王軍はそのルールに付け込んだだけとアレンは考える。


 神器がほしいだけなら、そこら中の神が持っている。

 ディグラグニも持っている。

 四大神の一柱の火の神フレイヤの神器がやばいと精霊神も言っている。

 世界中の火の力を支える神器にはきっと絶大な力があるのだろう。


「それは分かったけど、だからどうするのよ?」


 そんなことが分かったからといって、火の神の神器が取り返せるものだとセシルは思わない。

 他の仲間たちもなんでそんな話をするんだろうとアレンを見ている。


「ああ、まだはっきりとはしないけど今の仮説で、一つの可能性がそろそろ来る頃なんだよ」


「え? 何が来るのよ?」


 セシルは何を言っているのか分からなかった。

 いつも飛んだ話をするアレンだが、今日はいつになく飛んでいるとセシルは思う。


 アレンはこの問題解決のために前世の経験をフル稼働させている。


(そろそろ時間なんだが、ウルさん遅いな)


 アレンは壁に取り付けてある魔導具の時計を見る。

 今日はこの店で獣人のウルさんとこれから待ち合わせの予定だ。


 バァン!!


 アレンが時計を見ていると、強烈な音をたてて扉が開く。


 そんなに強く開くと扉が壊れるぞと、扉の方を見ると憤怒したライオンの獣人が立っていた。


(なんだろう。ゼウ獣王子がブチ切れている件について。怒って店に入るのがマイブームなのかな?)


 ウルではなく、ゼウ獣王子が前回に拍車をかけて勢いよく入ってくるので、自分の中で流行っているのかなとアレンは思う。


「ほう、ネズミどもが本当にいたぞ。皆、ゆけ」


「「「は!!!」」」


 配下と思われる獣人たちが武器を握りしめ、一斉に店になだれ込んでくるのであった。

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