第248話 来店③
剣聖ドベルグが転職したいと言うと精霊神ローゼンは少し待てと言った。
そんな中、店の扉が勢いよく開く。
「で、どいつがアレンという奴だ?」
「あの方です」
(ん? 彼は以前に助けた狼の獣人だっけ?)
いきなり店に入って来たライオンの獣人の後ろにいる狼の獣人にアレンは見覚えがある。
2階層でビービーに襲われたパーティーにいたウルという名の狼の獣人だ。
ライオンの獣人に問われ、ウルはまっすぐアレンを指差す。
「ほう?」
アレンを見てそう言うと、筋肉がパンパンに張った肩を揺らしながら、ライオンの獣人が真っ直ぐこちらにやって来る。
(お? やんのか? 表出ろや)
アレンはライオンの獣人にメンチを切る。
「これはアルバハル獣王国のゼウ獣王子。お久しぶりです」
ヘルミオスはやって来たライオンの獣人と顔見知りのようだ。
座ったまま挨拶をする。
「む? 中央大陸の英雄か? 戦争に駆り出されていると聞いたが、もう戦争は終わったのか?」
(王子だと。ゼウ様とか呼ばれているが、この獣人は獣王国の王子なのか?)
「戦争は我ら同盟側の勝利ですよ。獣王陛下はご健在ですか?」
不遜な態度のゼウ獣王子に対して、ヘルミオスが笑顔で対応する。
「ふん、健在だろうよ。ヘルミオスよ。お前をギアムート帝国の皇帝の前で、地に伏させた時から変わらぬよ」
(ん? 地に伏させた)
「おお、それは何よりです」
何か不穏な会話のような会話であったが、ゼウ獣王子がアレンの方にさらに歩み寄る。
「そうか中央大陸の英雄の仲間であったか。それで、俺の同胞らを助けてくれたのはお前か?」
「20日ほど前の件でしたら私です」
問われたのでアレンが答えることにする。
「代わりに襲われたと聞いたが、よくビービーから逃れることができたものだな」
「まあ、そうですね。それで何でしょうか?」
ビービーから逃げることができることについて、楽だったとも、大変だったともアレンは言わない。
「獣人を助けたのだ。余が同胞らの替わりに礼をしに来た。何でも礼を催促に行くと聞いてな。それで何を望む?」
(お? 冒険者を助けたら王族が礼をするぞと言いに来た感じか?)
アレンはこの店に入った時に獣人が自らのことを見て、店を出て行ったことに気付いていた。
この獣王国の王族は不遜で暴力的な見た目と違い、思ったより義理堅いのかもしれない。
「そうですね。ん~」
アレンは真剣に考える。
「申すがいい」
直ぐに回答が来なかったので、ゼウ獣王子がさらに礼の内容を促す。
「すぐには思いつかないです。貸しでいいですか?」
「な!? ゼウ獣王子様になんてことを」
後ろでウルという獣人がアレンの言葉に震え始める。
アレンは今すぐには礼が思いつかないので、思いついたら礼を催促に行くぞと言ったことになる。
「ほう、理由を聞こうか?」
「正直に言いますと、王族がいらっしゃるとは思ってもいませんでした。せっかくの王族からの礼なので、もっと困った時に助力いただきたいです。ダンジョンを攻略中なので」
「攻略だと。ギアムート帝国はとうとう本腰を入れてダンジョンの攻略に来たのか?」
ダンジョンの攻略と言う言葉に、ゼウ獣王子はヘルミオスをさっきより強い視線で見る。
「いや、私らは違いますよ」
ヘルミオスは否定する。
「そうなのか? まあ良い。では、思いついたら余のところに来るのだな。余の居場所はその辺の獣人にでも聞けばよい。ヘルミオスもまたな」
「はい。ゼウ獣王子様も何かあればご相談ください。私達は共にありますので」
「ふん」
(共にってなんだ?)
それだけ言うと、ゼウ獣王子は配下たちを引き連れ店を出て行くようだ。
店の中にいた獣人もお見送りをしに、店の外に出て行ってしまった。
「アレンってよくどこの国の王族とも平気で話すわよね」
セシルが聖騎士と言う単語を伏せて、ジト目で言ってくる。
「まあ、別によその国の王族だし。忠誠を尽くす理由もないからな」
「いや、自国の王にも忠誠を尽くしているようには見えなかったぞ」
キールが、自らを貴族に戻すためにとった、謁見の間でのアレンの行動を思い出す。
そんな会話をしながらクレナやドゴラは、ゼウ獣王子がいなくなったので、モリモリと食事を再開する。
ヘルミオスの仲間たちは、アレンを見ながら、聞いていた通りなのねと驚きの目で見ている。声に出して言うので、何をヘルミオスから聞いたのかと思いながらも食事にありつく。
「それで、地に伏したって何ですか? ヘルミオスさんは獣人に負けたって話のように聞こえましたが」
「うん、君と学園で試合をする前の年だったかな。現獣王と5大陸同盟の会議の中で試合をすることになってしまってね」
「え? 獣王と試合をしたってお話ですか?」
アレンはゼウ獣王子とヘルミオスの会話で気になったことを質問する。
「そうそう。それで手も足も出ずに負けてしまってね。いや~あの時は恥ずかしい思いをしたよ」
自分が負けた話をヘルミオスはヘラヘラとしながら言う。
何でも会議の席で魔王軍との戦いで常勝のヘルミオスを「世界の英雄」だとギアムート帝国の皇帝は発言をした。
自国の英雄を称えることは、自国の国力を誇示することになる。
それに待ったをかけたのが、バウキス帝国とアルバハル獣王国だった。
あくまでも「中央大陸の英雄」であって、「世界の英雄」ではない。
バウキス帝国にはガララ提督がいる。
そして、獣王国には余がいるぞと現獣王が言ってきた。
力を疑うのであれば、試合をすればいいのではとギアムート帝国の皇帝が言うので、5大陸同盟の各国の国王等の国家元首が見守る中で、ヘルミオスと獣王が試合をした。
「それで手も足もでなかったと」
「そうそう、あの後、なぜ負けたんだと皇帝にこっぴどく叱られてしまったよ。ひどいよね」
ほぼ一方的な敗北で痛い目にあったのに叱られるなんてひどいよと、笑いながらヘルミオスは言う。
(おかしいな。王族なら星1つの才能しかないはずなのに、なぜ勇者は負けたのだ? ん? もしかして、王族が星1つなのは人間だけの理ってことなのか?)
アレンはそうなんですねと相槌を打ちながら、ヘルミオスが負けた理由を考える。
何か、ヘルミオスの話を聞いて世界の理に近づいたような、さらに遠くなったような不思議な気がしてくる。
「獣王は対人戦に特化した強さを持っていたと」
「そうなるね。まあ、言い訳じゃないがそういうことだね。僕じゃ捉えられなかったよ」
(なるほど、素早さ特化の特性は獣王も同じと。それにしても、勇者を超える素早さか)
「ねえ、アレン。どういうことよ?」
「たぶん、獣王のステータスは対人特化型で素早さとかが他のステータスに比べて高いと。それに比べてヘルミオスさんは平均的なステータスをしているからかな。当たらなければ、勝てないよ」
(勇者がバランスタイプで器用貧乏なのは常識だからな。それにしてもバウキス帝国も止めに入ったってことは)
「うんうん、そんな感じかな。アレン君は鑑定スキル持ってそうだね」
バウキス帝国のガララ提督もヘルミオスに匹敵する力があるのだろうと予想する。
あくまでもゴーレム込みの強さであろうが、バウキス帝国最強なのは伊達ではないのだろう。
その試合の時いなかったアレンが、ヘルミオスの戦いについて分析するので、皆の視線がアレンに集中する。
少なくともバウキス帝国や獣王国と違い、ここにいる全員が数ヶ月前のローゼンヘイムでの戦争で、アレンが何をしたのか知っている。
ヘルミオスより一回りも若そうなのにと脅威の目で見つめる、ヘルミオスの仲間もいる。
「最後の言葉も気になりますね。何かゼウ獣王子をお助けしますよと聞こえましたが」
「ああ、う~ん」
話すべきか勇者が躊躇っているように見える。
「え? まあ、別に聞かせたくない話なら無理に聞かないですよ」
(ギアムート帝国の政治的な込み入った話か?)
「いや、そうだね。アレン君にはお世話になっているからね。それにラターシュ王国の人が多いから、話しておいた方がいいのかな。僕は言って良いことと悪いことの線引きが苦手なんだけど」
ヘルミオスは剣聖シルビアを見つめながら言うので、シルビアが軽く頷いた。
「アレン君には話しておいた方がいいわよ。多分手助けをしてくれるわ」
(助けるとは言っていないが、なぜそう言い切れる)
シルビアは話をしておけと言う。
「アルバハル獣王国の獣王がもし崩御すると、獣王国が中央大陸に攻めて来るって言われているんだよ」
「は!? ヘルミオスさん、何を言っているのですか。5大陸同盟はどうするのですか?」
アレンは何を言っているんだと声を上げてしまう。
「もちろん。獣王の地位に就いたベク獣王太子がきっと破棄をするだろうね。魔王軍が攻めてきた時に乗じてね」
「ど、どうして? 何故そうなるのでしょうか?」
セシルが声を詰まらせながらもヘルミオスの話が本当なのかと、同じくギアムート帝国から来たヘルミオスの仲間を見るが、誰も疑問に思っていない。
当然の事実のようだ。
「学園ではそのような話を聞いたことがありませんが、過去にも攻めて来たことはあるんですか?」
「魔王軍が攻めて来てからはないかな。ただ、獣王国が独立してから1000年は経っている。その間に何度も獣王国が攻めて来たことはあるって話だよ」
獣人たちはギアムート帝国からひどい差別と待遇を受けていた。
迫害を受けてきた、その時の積年の恨みは1000年経った今なお生き続けているという。
そして、時の獣王が号令をかけ大軍を集め、報復を仕掛けに中央大陸に攻めて来ると言う話だ。
「ラターシュ王国の人って言っていたのはそういうことですね」
「え?」
セシルは分からなかった。
「そういうことだよ。もし攻めてきたら中央大陸の下3分の1は攻め落とされると思うよ。魔王軍と2方面の戦いになるからね」
(ああ、分かった。なるほど。そういうことか。だからこんな弱小国家が帝国の隣で存在し続けていたのか)
アレンは長年にわたって抱いていた疑問が1つ解消される。
「何よ。アレン、何が分かったのよ」
「たぶん、ラターシュ王国は獣王国に攻められた時、帝国民を守るための防御壁としてこの1000年間存在し続けたんだよ」
ラターシュ王国は中央大陸の南側に存在する国家の1つだ。
中央大陸の北側3分の2ほどはギアムート帝国だ。
ギアムート帝国は自国を守るための防御壁に小国であるラターシュ王国を存在させてきた。
ラターシュ王国が攻められている間に、自国の軍を動員する時間を稼ぐことができる。
「じゃあ、ヘルミオスさん。ゼウ獣王子が次期獣王に就任すれば、それは回避されると」
「そうなるね。ギアムート帝国としてはゼウ獣王子がいいって話かな。あとは戦姫を推す声もあるけど、今のベク獣王太子が獣王にならなければいいって話だね」
(助けた同胞のために礼をしに来るくらいだからな)
ギアムート帝国はゼウ獣王子を推し、ベク獣王太子を危険視しているようだ。
「戦姫?」
「現獣王の末子だけど、人格にも戦いにも優れた獣王女がいるって話だよ。僕は会ったことないんだ。そういえば、最近耳にしないね」
勇者と言う立場であっても、獣王国に踏み入ることはできないらしい。
そして、その戦姫と呼ばれる獣王女は現在生きているのかさえ不明だという。
(この世界は平和な仲良しの国で出来ているわけではないと。エルフとダークエルフの件もそうだったな)
ダークエルフだった魔神レーゼルについて思い出す。
アレンは、魔王がいるこの世界は随分混沌としていることを知ったのであった。
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