第226話 新領主

 アレンたちの前に、首を落とされ息絶えた白竜が横たわっている。


「やったわね」


(何か最後に意味深なことを言っていたな)


「ああ、さて、ここからだな。皆も手伝ってくれ」


 セシルの言葉に応じてアレンは、これからの動きの指示を仲間たちにする。


「「「分かった」」」


 アレンは王都で買ってきた大きな皮袋を皆に持たせる。

 頭が分かれた首の部分から流れる血を回収するためだ。


(ドラゴンの血は薬になるらしいし。せっかく綺麗な状態で倒したんだから、余すことなく活用するぞ)


 今回白竜を倒す際に気を付けたことはなるべく無傷でということだ。

 セシルの小隕石、竜Bの召喚獣の怒りの業火、石Bの召喚獣の反射や全反射は魔獣を倒す上でかなり有効だが、魔獣の肉体を大きく棄損してしまうため、今回は使わなかった。

 お陰で少々手こずってしまったが、得られたものは大きい。


 首から勢いよく流れる血をアレンたちは回収していく。

 皮袋に入れた白竜の血は、魔導書の収納に流し込んでいく。


 結構な量が地面に流れ落ちてしまったが、迅速に対応したおかげで十分回収できた。


「それで、これを街に持って帰るのね。大丈夫なの?」


 白竜の体長は指揮化した竜Bと同等の大きさだ。

 しかし、体重は重量級で竜Bより重い。

 これを街まで運ぶと言う。


「多分大丈夫だ。ドラドラたち出てこい」


『『『おう』』』


 4体の竜Bの召喚獣を召喚し、両手足を掴んで運ぶように指示をする。

 指揮化した竜Bの召喚獣がいるため、4体とも兵化して1.5倍の大きさになったこともあり、ゆっくりと白竜の首のない体が宙に浮き始める。


「すげえな。こんなデカいのよく飛ばせるな」


 キールも驚いている。


(やはり、通常の物理的な重さとか、羽のサイズ以外にも召喚獣や魔獣が空を飛ぶための要因が何かあるんだろうな)


 前世の記憶があるアレンにとって、重さ数十トンになりそうな白竜を飛ばすには4体の竜Bの召喚獣の羽ばたきでは不安がある。


 しかし、フル装備で大斧と大盾を装備したドゴラを乗せた鳥Bの召喚獣も軽快に空を移動しているのを見ると、きっと何か不思議な力が働き空を飛んでいるのだろうと考える。


「キール、感心してないでお前はこれを着るんだ」


 アレンはA級ダンジョンの宝箱で手に入れた「豪華な服(男用)」を収納から取り出した。


「え? なんで俺が着るんだよ?」


「え? 新領主だからだよ」


 そう言って無理やり豪華な服を着せる。

 「まじかよ」と言いながらも全員で寄って集ってキールの服装を変えていくので成すがままだ。


「お、お前ら楽しんでいるだろ……」


「そんなことないぞ。さすが男爵だ。似合っているぞ。じゃあカルネルの街に行こうか!」


 アレンの言葉に、こんなに心のこもっていない「似合っているぞ」があるんだなとキールは思う。


 指揮化した竜Bの召喚獣に落ちている首を運ばせ、アレンたちはそのままカルネルの街へ向かう。


 重い荷物を持っているということもあり、何時間もかけアレンたちはカルネルの街上空までたどり着いた。


 巨大な白竜を、またまた巨大な複数の竜Bの召喚獣達が運んでいるということもあり、結構な騒ぎになっているようだ。


「どうするの、騎士や兵達も出てきたわよ」


「まあ、多少の騒ぎは仕方ないかな。白竜もほとんど原形を留めているし」


 既に外壁に囲まれたカルネルの街の中からも、白竜の姿が見える位置にいる。

 上空で留まるアレンたちを指さして騒ぐ街の人たちと、街中や外壁の上を移動する騎士や兵たちが良く見える。


 白竜もこれくらい離れていたら、首がないことが分からないのかもしれない。

 街にとっては、複数体のドラゴンがカルネルの街を攻めてきた形になっている。


「一応、ハミルトン伯爵には白竜討伐の日程は伝えてあるので、問題ないと思うけど」


 謁見以降にハミルトン伯爵、グランヴェル子爵と会った。

 ローゼンヘイムからやって来たルキドラール大将軍とフィラメール長老との顔合わせも兼ねてであったが、その際、色々な話し合いが行なわれた。


 そこで今後のアレンたちの行動についての話もあった。

 その中で、最初に伝えたのは、白竜は討伐するということだ。

 いつ討伐し、その後どうするかも伝えている。


 『では、迅速に対応しよう』とハミルトン伯爵からは聞いている。


「あら、ハミルトン伯爵が直接お出ましね」


「ああ、流石将軍と言ったところだな」


 カルネルの街の門前の空中で待機するアレンたちの下に騎馬隊がやってくる。

 その先頭を走るのはハミルトン伯爵だ。


 アレンたちは鳥Bの召喚獣にハミルトン伯爵の下に向かうよう指示をする。


「……本当に倒してしまうとは」


 目の前にやって来たアレンにハミルトン伯爵は話しかける。


「はい、なるべく損壊させずに倒しましたので苦労しました。これなら今後の領内での活動資金に十分当てられるでしょう」


「な、なるほど」


 ほとんど無傷の白竜の体と切り落とされた頭部をハミルトン伯爵は凝視する。

 苦労した、と軽い口調で話せる程度でこんなことができるのかという話だ。


 アレンは仲間であるキールを領主に戻す上で1つの問題があることを知っている。それは、領内にお金がないということだ。


 白竜がカルネル領側に移動し、数年が経った。

 これはミスリル鉱が取れなくなった日からの年月を意味する。

 100年以上かけて繁栄してきたカルネル領も、ミスリルが採れなくなり富は急速に枯渇していった。


 飢えて餓死者が出ているわけではないが、職場を失った坑夫などの領民は大勢いる。

 ミスリルで栄えた街なので、それに頼った経済が成り立っていた。

 一部はミスリルが採れるようになったグランヴェル領が引き受ける形にしたが、それも一部に過ぎない。


 これから、カルネル領はミスリル鉱の採掘を再開するわけだが、今日明日にというわけにはいかない。

 鳥Eの召喚獣に確認させたが、白竜に破壊された採掘場所がいくつかあった。

 再開にはお金が要るので、その資金として白竜の体を使おうというわけだ。


「予定通りですが、早くはありませんでしたか?」


「もちろんだ。新領主が今日着任することは既にカルネル領に通達をしている。これから街に入ってもらうぞ」


(相変わらず全然リフォルに似てないな。リフォルは母親似か?)


 ハミルトン伯爵は口ひげを蓄え、服を着ていても分かるマッチョな体だ。


 ハミルトン伯爵の配下の騎士がこれからの予定を教えてくれる。

 白竜の首から下はこのまま門の前であるこの場で解体される。

 首から上は一緒に街に入り、カルネルの街の民に広く見せることにする。


 白竜が討伐されたことを広く街の民に周知するためだ。


 アレンたちも騎乗して街に入るという話だ。

 騎士達が慌ただしく準備している。

 既に白竜の頭を置く台車は用意してくれているようだ。


(随分協力的だな。天の恵み1000個が効いたのか? いや協力的なのは今に始まったことではないな)


 王城内の政治に使ってくださいと国王に渡した10倍の天の恵みを、ハミルトン伯爵には渡してある。これでアレンたちが自由に動けるならということだ。


 アレンたちは伯爵と共に、長年にわたりカルネル領とグランヴェル領を苦しめた白竜を討伐した英雄として街を練り歩くらしい。

 「キールだけでいいです」と伝えたが「まあまあ」と笑顔で肩を強く伯爵に掴まれ、アレンたちの騎乗する馬が用意される。


 アレンは、白竜の首から下の部分は地面にゆっくり置き、頭の部分は大きな台車に乗せる。

 十分な大きさの台車を用意したはずだったが、白竜の頭が大きすぎてはみ出しているなと思う。


「じゃあ、キールはハミルトン伯爵と並んで、ドゴラはその後ろだな」


「お、おい、なんで俺の方が先頭なんだよ。アレンがリーダーだろ」


「いや、ドゴラはハミルトン伯爵の騎士だろ。これも騎士としての仕事だろ」


「な、なるほど」


「ドゴラ、いいなぁ」


 アレンがドゴラをうまく丸め込み、クレナが騎士の仕事をしているドゴラを羨ましそうに見ている。


「ああ、私たちの分と、開拓村の家族たちの分と、グランヴェル家の分として白竜のお肉をください」


「ん? もちろんだ。いや、取り分はそれでいいのか?」


 十分な量の白竜の肉を渡してくれると伯爵は約束してくれる。

 今回のドラゴン退治はただのドラゴン退治ではない。

 莫大な利益を生むミスリル鉱に住まう白竜を倒したのだ。

 その報酬に肉がいいとアレンは言う。


「もちろんです。あとはカルネル領の発展に使ってください」


「なるほど、グランヴェル卿に聞いた通りか。欲はないのだな」


 ハミルトン伯爵は困った顔をする。地位も名誉も金もいらない英雄ほど怖いものはないということを知っているからだ。



 そのまま、速やかにカルネルの街への凱旋が行われた。


「セシル。なんか、街に普通に入れたな」


「それって昔のことを言っているの? 私、あのときのこと思い出したくないわよ?」


 アレンはセシルに何年も前に攫われた話を振るが、そんな話をするなとセシルは言う。

 誰のせいで魔導船の上から落ちたと思っているのかとセシルがアレンを睨む。


 街に入ると詰め掛けた町民が進行の邪魔にならないように兵たちが必死に抑えている。

 大変だなと思いながらもアレンはキールを見る。


「あ、あの先頭にいる方が新しい領主様なのか?」

「そうなのか? まだ子供じゃないか」

「馬鹿、声が大きいぞ。後ろの白竜の頭を見ろ。英雄様が新たな領主としてやって来てくれたんだぞ」


(あまり、キールの親父のことを悪く言う人はいなさそうだな。まあ、暴君として君臨していたわけじゃないってことか)


 キールの父であるカルネル子爵はそこまで悪評ではなかったのかとアレンは思う。


 こうして絢爛豪華な服を着た新領主のキールは、白竜の首を携え、英雄としてカルネルの街に帰ってきたのであった。

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